小鳥が運ぶは無垢の白

とろめらいど

プロローグ

 赤子が生まれた。背中に羽根の生えている子供だ。母親もまた背に羽根を生やし、出産の痛みにその羽根を羽ばたかせている。飛び立てば苦痛から逃れられると信じているかのようだ、と羽根など持たないごく普通の人間たる男は思った。

 生まれたばかりのこの生き物は猿と人間と鳥を混ぜ合わせただけの姿をしていて、いくつかの宗教で語られる「天使」によく似ている。聖なるものとして語られる存在の誕生は案外生々しいものだ。

 この天使めいた生き物に携わって長い男は汗に曇った眼鏡を外してレンズを拭いた。

「無事に生まれて良かった」

 心からそう思っている声色だった。実は、この赤子の翼は他と比べてやや小さすぎるようだと男は気付いたのだが、口には出さなかった。

「可愛い子だね」

 髪はまだ産毛に過ぎないが、淡い水色をしているのが分かった。母親と同じ色合いだ。空の色によく似ている。まだ息の荒い母親は男の腕を掴もうとした。咄嗟に避けてしまった男は申し訳ない気持ちになりながら口元に耳を寄せる。真っ白な羽根を惜しげも無く振り乱し、まき散らしながら彼女はか細い声で言う。

「お願いがあるのです」

「何だろう。言ってみて」

 舞い散る羽根の向こうで母親の唇が動いた。

「どうかこの子に……」

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