第18話 敵

 三日寝込んで体調が良くなったアニカ。


 それから数週間おきに出現するプテラを倒す日々。


 メイネはアニカの暴走を止めることはせず、気の済むまで戦わせた。


 撃ち漏らしや、魔力欠乏で倒れたアニカを運ぶだけ。


 それ以外の時間は部屋に引き篭もり、悠々自適に過ごしていた。


 そんなメイネが頬杖をつき、アニカに不満そうな目を向ける。


 アニカが真剣な表情で話に来る時は、決まって面倒なことに付き合わされるから。


「それで、ここ最近のホロウが現れた場所を整理したら、デニウ山を中心にしていることが分かったわ」


 アニカがいくつかの印が付けられた地図の一点を示す。


 カノンから南東にある山岳地帯だ。


 ホロウとは、プテラが現れる裂け目の呼び名だ。


「よかったね、出てくる場所が分かってたら備えやすいし」


 何だそんなことか、とメイネ。


「調査に行くわよ!」


「今日のパンは一段と美味しいね」


 告げられたアニカの言葉。


 メイネは聞こえていない振りをしてクロワッサンを食べる。


「すぐ行くから支度なさい」


「こうやって食べるのもいいよね」


 メイネがクロワッサンをカフェオレに浸して口へ運ぶ。


 どちらも相手の話を聞こうとしない。


「私はもう荷物纏めたからロトナの手伝うわよ」


「……嫌!」


「わがまま言わない」


「……何日かかる感じ?」


 メイネが恐る恐る聞く。


「そんなの分からないわ」


「二日で帰るなら」


「はいはいじゃあ二日調査したら帰りましょう」


 そんな気などさらさらないアニカが適当に話を合わせる。


 そしてメイネの旅支度の殆どをアニカが済ませ、二人はデニウ山を目指した。






 ホロウが出現する際に生じるエネルギーの余波で荒れた森を進む。


 無理矢理引き抜かれた木々が倒れ、不自然に捻れたものまである。


「ここで発生したのは間違いなさそうね」


 その惨状を見たアニカが、ここがホロウの出現場所であることを確信する。


「もう二日経ったよね」


「二日調査したらね」


 デニウ山へは、サブレに乗って飛ばしても二日かかった。


 メイネは、約束が違うと文句を言う。


 しかしアニカは言葉巧みに言い負かす。


 話しながらアニカが魔力収束砲を構えた。


「やっぱり、人里に降りてきたやつ以外にもいるわよね」


 アニカの視線の先には兵隊ソルジャーが四体。


 何度も交戦することで、暴走も控えめになったアニカが最低限の魔力を放つ。


 そして四体の兵隊ソルジャーを薙ぎ払った。


「真ん中にプテラの巣があったりして」


「気持ち悪いこと言わないで」


 メイネは冗談っぽく言ったが、あり得るだけにタチが悪い。


「この調子で出てくるなら、ロトナも頼むわよ」


 アニカは強いが、その戦闘スタイルはあまりにも魔力消費が多い。


 魔力総量の多さを押し付けて、常人には考えられない戦い方をしている。


 それ故、持久戦には向かない。


 にもかかわらず開幕から魔力収束砲を放ったのは、それ程にプテラが憎いから。


 まだ、完全に自制出来てはいないようだ。


「はいほーい」


 メイネが間延びした返事を返して進む。


 サブレに乗って暫く進むと、突然枝が飛び出してきた。


男爵級バロン……」


 サブレが飛び退く。


 枝が伸びてきた方向には、樹木が四肢を持った様なプテラがいた。


 木々に擬態できる体は、森の中だと更に脅威度だ。


 アニカが睨みつける。


「ロトナ、お願い」


 必死に怒りを抑えつけ、メイネに託す。


 メイネの手に青の魔導書が現れる。


水竜の怒りタイダルウェイブ


 大量の水が高く立ち昇り、一切合切を飲み込む悪魔の腕の様な白波が現れる。


 大波は男爵級バロンを喰らい、その体をへし折る。


 水に浮かんだ体が地面に叩きつけられ、上からのしかかる波で男爵級バロンが砕けた。


「ロトナの魔術って規模がおかしくないかしら?」


「ラッキーなんだよね」


 メイネとアニカはその後もプテラを倒し続けた。






 翌日、プテラに踏み荒らされた森を進むと、デニウ山の麓で洞窟を見つけた。


「あやしいわね……」


 アニカの感が告げていた。


 何かあると。


「崩れたら死んじゃわない?」


「ロトナはそれくらいで死なないでしょ」


「何だと思ってる?」


 ズンズンと歩いていくアニカ。


 メイネが嫌々ながらついていく。


 サブレとバリバリは、洞窟に入るには大きすぎるので待機。


 メイネ、アニカ、アレボルの二人と一体で洞窟へ踏み込んだ。


 何もない空間に、カツカツと高い足音が響く。


 先行させたアレボルに持たせた松明の火が、洞窟内部をゆらゆらと照らす。


 洞窟は入り口から下り坂になっており、地下へと続いていた。


「なんもないね」


「今のところはね」


 洞窟内を警戒して見回す二人。


 これといって変わったところはなく、静かなものだった。


 しかし中々終点に辿り着かず、少しずつ不安が募る。


「随分長い洞窟ね」


「ずっと下に行ってるけど、今どのくらいなんだろ?」


「さあね、けれどこんな長さの洞窟って自然に出来るものかしら?」


「なくはないんじゃない?」


 アニカは貴族令嬢故に洞窟に入ったことなどなかった。


 お転婆といえど勝手にカノンを出る様になったのは、メイネと出会ってからだ。


 だから比較は出来ないが、ここまで広い洞窟があるのかと疑問視する。


 そうして歩いていると、壁に白い光源が見られる様になった。


「これってきのこ?」


 メイネが光源をまじまじと見る。


「そう見えるけれど……光るきのこなんてあるのね」


 アニカも顎に手を当てながら、不思議そうに見る。


 更に奥へ進むと、大きな観音開きの扉が二人の道を塞いだ。


「いよいよって感じだわ……」


「こんなとこに住んでる人いるのかな?」


 洞窟に入る前から怪しいとは思っていたが、ついに怪しさが限界突破した。


「開けてみましょう」


「アレボル、お願い」


 アレボルが扉に手を掛ける。


 扉を引くと、軋む様な音を上げながら開いていく。


 そして扉の中を見たメイネが口を押さえた。


「なによ、あれ……」


 アニカも息を呑む。


 白い光源で照らされた部屋に映し出された異様。


 真っ白な人の形をした何かが、少女を後ろから抱いている。


 片の上から回された白い手が、少女の胸の辺りで交差する。


 白い頭からは二本の管が伸び、少女の頭部に突き刺さる。


 意識がないのか、瞳から光を失った少女の口からは白い光がドロドロと溢れていた。


 白い光は床に当たると消えていく。


 悍ましい何かとしか形容のできない光景。


 思わず足を止めたアニカ。


 対照的にメイネは前に出た。


 何故なら。


「……ルー、ちゃん?」


 瞳から光を失った少女に生えた狼の耳と尻尾。


 四年前までは毎日の様に顔を合わせて遊んでいた幼馴染のルプス。


 忘れたくても、忘れられる訳がない。


「ルーちゃんだよね?」


 メイネの声が震える。


 一歩一歩、辿々しい足取りで近づく。


「ロトナ、知ってるの?」


 メイネの様子からアニカが悟り、控えめに聞く。


「幼馴染なんだ……」


 アニカは目を見開く。


 幼馴染がこんな状態になっていたメイネの気持ちを想像して胸が締め付けられた。


 メイネがルプスに触れる。


「ッ!?」


 その瞬間、メイネの頭の中に何かが流れ込んでくる。


 しかしその情報量の多さを処理しきれず、脳が揺さぶられたかの様な錯覚を覚えて蹲る。


「ロトナ!?」


 アニカが駆け寄って背中を摩る。


 メイネの呼吸が荒くなり、何かがせり上がって来ているかの様に苦しむ。


「ロトナ!? 大丈夫!? ねえ!?」


 メイネに声を掛けるアニカ。


 添えた手にぐっしょりと汗がつき、メイネの体に何が起こっているのかと混乱する。


 メイネは言葉を返す余裕もなく、嘔吐した。


「……え?」


 それを見たアニカが怖気立つ。


 メイネが吐き出しているのは、ルプスが吐き出しているものと同じドロドロの白い光だったから。


 吐き終えたメイネの唇から唾液がつーっと落ちる。


 汗が滴り背筋が大きく上下する。


 荒い息遣いのメイネが、震える手でアニカの腕を掴む。


 アニカはその時、メイネの苦しそうな顔を初めて見た。


 だからこそ放っておけなくて、メイネをそっと抱き寄せて軽く背を叩く。


「大丈夫。落ち着いて、深呼吸して?」


 アニカが手本を見せる様にゆっくりと息を吸って吐く。


 少しだが、メイネの呼吸がそれに近づき、落ち着きを取り戻していく。


「はぁ……はぁ……」


 メイネが涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔でアニカを見つめる。


「あ、りがと……もう、だいじょぶ……」


 とてもそうは見えないが、メイネはアニカの体から手を離し、手で膝を押して無理矢理立ち上がった。


「何があったのよ……?」


「わ、かんない。頭の、中にいろんな、景色が浮か、んで、気持ち悪くなった……」


「いろんな景色?」


「わかん、ない……」


「そう……」


 アニカはもっと詳しく聞きたかったが今は控えておいた。


「おや? こんなところにネズミが入り込むとは」


 不意に背後から聞こえてきた男の声。


 二人に悪寒が走り、振り向く。


 そこにいたのは、長い白衣を纏ったデッサン人形の様な存在だった。


「あんた何者よ!?」


 アニカが声を張り上げて誰何する。


「それはこちらの台詞ですが。ここは大切な場所ですので」


 仰々しい口調の木人。


「あんたがプテラを呼び出してるの!?」


「いえ、あれは結果として寄ってくるだけです」


 この木人が原因かと思われたが違うのだろうか。


「ルーちゃんに何したの!?」


 メイネが口を挟み木人を睨む。


「ルーちゃん……?」


 木人が態とらしく首を傾げたが、ルプスの方を見て思い至ったようだ。


「ああ、それのことですか。サトギリが消した村に天使の接続者としての適性が高い者がいたので頂きました」


 木人の語る言葉は、メイネとアニカにはわからぬものが多かった。


 だが分かったものもある。


「消した村……?」


 メイネから怒気を孕んだ声が漏れる。


「ええ、何でも彼にとって危険な存在が現れた可能性があるとかで。なんと言ってましたっけ……そうそう確か、死霊魔術師」


 それを聞いて、メイネは心臓を掴まれた様な気持ちになり体が強張る。


「死霊魔術師が怖いから、魔戦狼人ワーウルフの村を襲ったってこと……?」


「そうですそうです。聞けば魔戦狼人ワーウルフとは面白い存在ですね。歪められた魂から生まれた新たな種族。私たちが高次に至る為の手段とも重なります」


 木人は、魔戦狼人ワーウルフの村を襲ったことなどどうでもいいかの様にペラペラと語り出す。


 それが不愉快で、メイネは気付けば手足を狼化させて木人に飛びかかっていた。


 しかし地面から人間のアンデットが現れてメイネを阻む。


「アンデット……」


 アニカが呟く。


 人間の中でも死霊魔術師の悪評は語り継がれており、アニカもそれは知っていた。


「アレボル!」


 メイネが叫ぶと、アレボルがアンデットを蹴り飛ばしメイネの道を切り開く。


 だが更に無数のアンデットが這い出る。


 一掃しようとメイネが青の魔導書を取り出す。


「待って! そんなことしたらここが崩れるかもしれないわ!」


 冷静さを欠いたメイネをアニカが止めながら、籠手の衝撃波でアンデットを吹き飛ばす。


「でも、あいつに逃げられる!」


 アンデットの隙間から覗く木人が余裕そうにネクタイを締め直す。


「おお、怖い怖い。戦闘は不得手ですので、引かせて頂きます」


 くるりと振り向いて木人が洞窟の出入り口へ向かう。


「逃がす訳ないでしょ!」


 メイネは全身を狼化させて、結晶に死霊改竄チェンジ・アンデットを発動。


 暴竜レクスの骨で出来た二又の槍でアンデットを薙ぎ払う。


 そして木人に近づこうとしたところで更なるアンデットが現れる。


「っ!?」


 それは魔戦狼人ワーウルフのアンデットだった。


 メイネも話したことのある、優しいおじさんだった。


 振るおうとした槍が止まる。


「ロトナ!?」


 無防備にも、襲われそうになっているメイネの元へアニカが駆けつけた。


 襲いかかる魔戦狼人ワーウルフのアンデットをアニカが吹き飛ばす。


「……あっ」


 メイネが追いかけて伸ばした腕をアニカが掴む。


「知り合いなのかもしれないけど、あれはアンデットよ! やらなきゃやられるわ! 無理なら他のアンデットを倒しなさい! 魔戦狼人ワーウルフは私が倒すから!」


 そう言ってアニカが魔戦狼人ワーウルフのアンデットに向かっていく。


 メイネは心ここに在らずで、言われるがままにアンデットを倒す。


 アレボルもアンデットたちを次々と倒していくがきりがない。


「痛っ!」


 アニカの頬をアンデットの爪が掠り、一筋の傷が付く。


 魔戦狼人ワーウルフは種族的に身体能力、魔力が共に高い。


 アニカも人間としては相当高い身体能力を持っているが、完全武装した今でも油断すれば命取りだった。


 メイネはアニカが傷つくのを見て、自分の頬を両手で叩く。


「私も、ちゃんとしないと!」


 気合いを入れて駆け出す。


 アンデットを薙ぎ倒しながらアニカの元へ駆け寄り、二人が背を合わせる。


「やっと調子戻った?」


「いつもどーりだけど!」


 アニカはアンデットの頭部を吹き飛ばし、メイネは両断していく。


 二人の息が切れ始める。


 それでも絶え間無く襲いかかるアンデットをひたすらに倒し続けた。


 アニカに生傷が増え、魔力が尽きかけているのか攻勢が弱まる。


 群がるアンデットたちを、メイネが慌てて斬り裂く。


 やがてアンデットも底がつき、何とか窮地を乗り越えた。


 息が上がった二人。


 足の踏み場もない程に屍が散らばる。


 メイネは槍を支えに、アニカは壁に手をついて何とか立っていた。


「逃げられた……」


 悔しそうに歯噛みするメイネ。


 そして向き直り、見つめるのは変わり果てた幼馴染の姿だった。


「助けるから……!」


 メイネは自分に言い聞かせ、決意する。


 死霊魔術師となってしまった今、もう共には過ごせないかもしれないけれど、やっぱり、大切な幼馴染だから。

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