第16話 アニカ強化計画2

「よくこんなに運んで来れたわね……!」


 アニカが目の前に置かれた、五本の耐魔樹を見て引く。


 メイネがアンデットに運ばせて隠れさせた後、アニカたちを呼んだので、どう運んだのか想像もつかないのだろう。


「いやあ流石だね」


「お前さん最高だなっ!」


 ルイは、メイネの奇行にも慣れたもの。


 横で火小人ドワーフの好々爺が豪快に笑う。


「なんか見つかった」


 シュレヴのことは話さないでおこうと思ったが、嘘を考えるのもめんどくさかったのでメイネは適当なことを言う。


「でもこれだけあれば十分だわ! ありがとう!」


 アニカがメイネに抱きつこうとして避けられる。


「あとはがんばってね。私はやりたいことができたから」


「当たり前よ! ロトナもパパも驚かせてやるんだから!」


 メイネは手をヒラヒラと振って村の外へ。


 アニカは袖を捲って、ルイと火小人ドワーフと共に作業に取り掛かった。






 それから、およそ二ヶ月が経ち、ついにアニカたちが試作品を完成させた。


 試し打ちを見てほしいとのことで、少し村から離れた川辺にメイネも呼び出された。


「どうっ!?」


 それを着用して胸を張るアニカ。


 メイネはぽかんと見つめた。


 全身をぴったりと覆う黒いスーツ。


 十四歳にしては発育の良い体の線がくっきりと浮かび上がり、アニカのスタイルの良さが際立つ。


 首にはチョーカーが付けられていた。


「なんか……いやらしい」


 胸と尻をチラチラ見ながらメイネが呟く。


「? どこがよ!? それよりもこれを見なさい!」


 いまいちピンときてないアニカが右腕を見せる。


 そこには、円形の装置が付けられていた。


 ちょうどアニカの腕の幅と同じくらいの直径だ。


「なにそれ」


「良くぞ聞いてくれたわ! これを、こうするのよ!」


 アニカが円形の装置に黒い管を繋げた。


 更に黒い管の先。


 そこに繋がっていたのは、前衛的な形状の巨大な兵器。


 砲身を包む無骨な筐体。


 そこから前後に砲身が伸びたような形状で、上下で二又に分かれていた。


 前方は真っ直ぐ伸び、後方は斜めに開いている。


 前方は射出する魔力の軌道修正と加速の為。


 後方は兵器の重心の安定、また微力だが後方にも魔力を放出することで反動を軽減する為の形状だ。


「んんっしょっ!」


 筐体の上部と側面に取り付けられた持ち手を掴み、力一杯持ち上げる。


 とても少女に持ち上げられる重量には見えないが。


「おお! 様になっとるのう!」


 火小人ドワーフが顎髭を撫でながら笑う。


 自身の設計した兵器の晴れ姿を見れるとあって上機嫌だ。


「後は上手く撃てるかどうかですね」


 ルイが担当したのはスーツ。


 今のアニカの姿を見て、物足りなさを感じていた。


 なるべく早く兵器の試運転をするため、今回はデザインより機能を優先せざるを得なかった為だ。


 だが、試射が上手くいけばデザインを凝る方へ作業を移せる。


 火小人ドワーフもルイも成功を祈っていた。


「いくわよっ!」


 アニカが全身から大量の魔力を放出する。


 その魔力はスーツに閉じ込められ、唯一の逃げ場である右腕部分に繋がれた管を通り、兵器へと巡っていく。


 魔力が巡り、筐体が光を放ち始める。


 砲身部分に魔力が収束し、エネルギーが電気の様にバチバチと弾けていた。


「いぃっけえぇぇぇぇぇっ!」


 掛け声と共に側面の持ち手をガシャッと引く。


 すると、兵器から超高密度の魔力が放たれる。


 熱を持ったエネルギーは、接していない筈の大地を溶解させる。


 川を分つ様な飛沫をあげながら、対岸の岩石に超速で直撃した。


 それは岩石を溶解させ吹き飛ばし、アニカがエネルギーの供給を止めるまで、木々を焼き払った。


「うそーん……」


 メイネがその凄まじい火力にドン引きする。


「だーっはっは! これでこそロマンよのう!」


「僕は悪くない、作り手は悪くない。いつだって悪いのは用途を誤る使用者の方だ」


 大満足な火小人ドワーフと、震えながら己を正当化するルイ。


「これこれこの火力ぅ! これならプテラ畜生共を葬り去れるわ!」


 アニカがハイになってヤバい目をしている。


 完全に狂気だった。


 メイネは関わらない様にそっと、その場を後にした。






 それから更にニヶ月ほどでアニカの装備が完成した。


 二ヶ月で試作品がほぼ完成していたにもかかわらず、更に期間を要したのには訳があった。


 アニカと火小人ドワーフがあれやこれやと付け足したからだ。


 おかげでアニカの装備は異次元の機動力と対応力を手にした。


 ボディスーツの上から胸元までの丈のジャケットを羽織り、右の肘に装甲、左手には機械的なデザインの籠手。


 太腿と膝を守る装甲に、これまた機械的なデザインの靴を装備していた。


 靴の外側には小さな取手の様なレバーが二つずつ張り付いている。


 全て黒と赤を基調としつつ僅かに白を差した配色で統一されている。


 ルイも装備のデザインを考えたことは無かったらしく、機能性を阻害しない様に工夫するのが難しくも有り楽しかったと、誇らしげだった。


「さあ、帰るわよ!」


 新装備に身を包んだアニカが張り切って言う。


「やっと贅沢三昧できる!」


 メイネも喜んでいる。


 一日しか屋敷で暮らしていないのに、その暮らしの為に四ヶ月も人馬ケンタウロスの村に滞在したのだ。


 旅に出た筈が、気付けば戻ってきて以前と同じ暮らしをしていた。


 もう早く部屋に引き篭もって、アニカのお金で贅沢したくて堪らなかった。


「おうおう、暴れ散らかしたれい!」


 火小人ドワーフは早く装備を実戦使用して欲しい様だ。


「僕の宣伝も頼むよ!」


 第二の広告塔を見つけてルイもほくほくだ。


「任せなさい! その内またメンテナンスに来るから、その時はよろしく頼むわ!」


「ばいばーい」


 別れの挨拶を済ませ、二人は帰路についた。






 サブレに乗ったアニカとメイネ。


 後に続くバリバリとアレボル。


 もう少し、と駄々を捏ねたメイネだったがアニカに叩き起こされたためか寝ぼけ眼を擦っていた。


「もうちょいのんびりでよくない?」


「何言ってんのよ。私たちがいない間にもプテラの襲撃が何度もあった筈。直ぐに戻って備えるべきだわ」


「あの雷の人に任せてれば、なんとかなるんじゃん?」


 メイネはカノン家の庭で対峙したジークを思い出す。


 リキ曰く雑兵である異形のプテラなら複数同時でも倒せるだろう。


「ジークが強くても一人しかいないんだから、手の届く範囲に限りはあるわ。私たちがいればもっと手を伸ばせるでしょ!」


「そんなにうじゃうじゃ出てくるもん?」


「出現頻度が段々増えてるのよ。裂け目が同時に二箇所で現れた例もあるわ。」


「うげー」


 メイネが顔を顰めながら、プリンを食べる。


「だから早く帰りたいのに。寄り道なんてしたくなかったんだから!」


 人馬ケンタウロスの村を出て初めに見つけた村に行きたいとメイネが譲らなかったのだ。


 メイネ曰くプリン村。


 一体どれだけ食べるんだという程のプリンが、サブレのサドルバッグに詰め込まれている。


「あんませかせかしてると大事な時に疲れて動けなくなるよ」


「別にせかせかしてないわ! ロトナがだらだらしすぎな……んむっ!?」


 メイネがアニカの口にプリンを突っ込む。


「……美味しいじゃない」


「寄ってよかった?」


 挑発する様にニコニコとアニカの顔を覗き込む。


「ふん!」


 アニカは顔を晒す。


 そうして道なりに進んでいると、何やら人の声が聞こえてきた。


 遠目にみたところ、馬車が襲われている様だ。


「うわ、なんかいるんだけど」


「見過ごせないわ!」


 関わりたく無さそうなメイネだったが、アニカが飛び出してしまった。


 飛び出す直前に靴のレバーをあげたことで、踵部分から後ろ向きの排出口の様なものが露出している。


 魔力を放出するとそこから魔力が放たれ、反動でアニカが前方に飛んでいった。


 アニカ発案の強引すぎる高速移動だ。


 それを聞いた火小人ドワーフは腹を抱えて笑い転げ、ノリノリで作り上げた。


 この靴は作成よりも、アニカが使いこなすのに時間が掛かっていた。


 しかし、天性の運動センスを持っていたアニカ。


 今では己の一部の様に使い熟せるまでになっていた。


「いっちゃった……」


 メイネはぽけーっ、と遠ざかるアニカの背中を見ていた。






「ったく、さっさと寄越しゃこんなことにゃならなかったのによ」


 膝を折り歯を食いしばる男の首筋に湾刀が添えられていた。


 周囲には男の護衛だったと思わしき亡骸が血の海に沈んでいる。


「それは然る高貴なお方に献上するものだ! 山賊風情になどくれてやるものか!」


「言ってくれんじゃねえか……っつかこれなんだよ?」


 山賊は大きな樽に足を乗せて爪先で叩く。


「言っても意味がないだろう。馬鹿には価値の分からんものだ」


 ヘラヘラしていた山賊の目つきが変わる。


 湾刀で男の耳を切り落とした。


「っぐあぁぁぁぁ!」


 激痛にのたうつ男を冷淡に見下ろす。


「片耳と喉は残してやる。それ以外は必要ねぇよな」


 質問に受け答えする為に必要な最低限の器官。


 それ以外を残すつもりはないらしい。


「もう一度だけ聞いてやる。あれは、なんだ?」


 山賊が男を足で仰向けにした。


「くたばれ、馬鹿野郎」


 絶対絶命の男は尚も憎まれ口を叩いて笑う。


 表情を消した山賊が湾刀を振り上げた。


 その時だった。


 拘束で飛来したアニカの足が山賊の腹に突き刺さり、土煙を上げて吹き飛んだ。


 他の山賊たちが狼狽える。


 吹き飛ばされたのが山賊の頭領だったから。


「あら? あいつ何処かで……」


 山賊の顔に見覚えがある様な無い様な。


 呟きながら靴のレバーを下げる。


「あ、あなたは、カノン辺境伯のご令嬢では?」


 アニカが飛んできたことに驚いていた男が、その顔を見て目を見開く。


「私をご存知?」


「もちろんです。私は王国第六騎士団のアーロと申します」


 男が早口で名乗る。


「王国騎士が何故こんなところに?」


 カノンの西方にはアイアール大森林と村が幾つかあるだけだ。


 訳もなく王国騎士が訪れる様な場所では無い。


「それは……大変貴重な資源が見つかったとしか……申し訳ありません」


 アーロが頭を下げる。


「言えないならいいわ!」


 アニカとアーロが話していると、遠くで山賊が立ち上がった。


「まだ立てるのね」


「気をつけて下さい、奴は元々王国第八騎士団で団長を務めていたハイモという男です。素行の荒さが目立つ男だったのですが、消息を絶ったかと思えばこんなところで山賊に身を落としていたとは……」


「王国騎士団は何やってんのよ!」


 既視感の正体が分かった。


 王城で見かけたことがあるのだろう。


 今は所属していないとはいえ、騎士団内部の揉め事と言えなくもない。


 アニカは、王国騎士団長になるほどの力を持った山賊をカノンにのさばらせていることに怒りを覚えた。


「め、面目次第もございません……」


 頭を下げるアーロから冷や汗が出ている。


「いいから下がっていなさい」


「ですが……」


 貴族家のご令嬢に戦わせる訳には、とアーロが食い下がる。


「その体で何が出来るのよ!」


「盾になるくらいは!」


「いらないわ!」


 アニカが突っぱねていると、ハイモが近づいてきていた。


「おいおい、ガキが飛んできたかと思えばどこぞの貴族の娘じゃねぇか。てめぇを人質にして金でも強請りゃ遊んで暮らせるなぁ」


「馬鹿な男ね。後の事も考えたら? 逃げられる訳ないじゃない」


「馬鹿馬鹿うるせぇな! 金だけ受け取ってテメェを返さなければいいだけの話だ」


「それが出来ると思っているから馬鹿なのよ!」


 再三馬鹿と言われたハイモの額に青筋が浮かぶ。


「っし、やめだ。テメェは殺す」


 ハイモの手に赤の魔導書が現れる。


火弾ファイア・バレット!」


 先端の尖った炎の弾丸が放たれた。


 大抵の火魔術師が覚えるのは火球ファイア・ボールという丸い炎を射出する魔術だ。


 それとは異なり、ハイモの残虐性を表した様な撃ち抜くことに特化した形状の魔術こそが、ハイモが評価され騎士団長まで上り詰められた所以だ。


 火球より威力が高く、鎧さえ貫通する破壊力。


 必殺の弾丸がアニカを撃ち抜こうとした。


 しかし、アニカは火弾を右の手の甲ではたいた。


 目の前を飛ぶ羽虫を払うように。


 火弾が逸れ、地面に当たって散った。


「……は?」


 ハイモが唖然とする。


「この俺の魔術だぞ! そんなんで弾ける訳ねぇだろ! 火弾ファイア・バレット!」


 何かの間違いだともう一度魔術を行使する。


「魔術だから、よ!」


 結果は変わらず。


 アニカが火弾をはたき落とす。


 ボディスーツはアニカの魔力を逃さない為のものだが、当然外側からの魔力も通さない。


「テメェまさかイリーガルか!? 何の魔術だか知らねぇが、これは止めれんのか! ああ!」


 ハイモが距離を詰め、アニカに湾刀を振るう。


「半分正解!」


 アニカは予め左腕の籠手を捻り、湾刀に掌を翳す。


 アニカが魔力を放出すると籠手から魔力の塊が放たれ、衝撃波となって湾刀を破壊した。


 降ろされた籠手の掌部分は開き、中に排出口が埋め込まれていた。


「な、何なんだよテメェは!?」


 何が起きているのか分からない。


 謎の力によって尽くを潰されたハイモにはアニカが得体の知れない怪物のように見えていた。


「賊に名乗る名などないわ!」


 アニカが跳躍し、ハイモの顔面を籠手で掴む。


「おやすみなさい!」


 アニカが渾身の魔力を放つ。


 衝撃波が直接、ハイモの頭部で炸裂した。


 ハイモの体から力が抜け、アニカが手を離すとその場に崩れ落ちた。


 アニカが来てからどうすればいいか分からず動けていなかった山賊たちが後退る。


「逃げようとした奴からボコるわよ!」


 山賊たちの足がピタリと止まった。


「何してんのよ! さっさと捕まえなさい!」


「は、はい!」


 アニカが指示を飛ばすと、我に返ったアーロが山賊たちを拘束していく。


 アニカがそれを見ていると、サブレに乗ったメイネが追いついてきた。


 プリンを食べているメイネに、アニカはジト目を向ける。


「わざとゆっくり来たわね!」


「そっちだって新装備試したかっただけなんじゃないの?」


「ち、違うわ! 私はカノン家の娘としてーー」


「馬車が悪者って可能性もあったくない?」


 遮ってメイネが言う。


「……へ?」


 考えもしていなかった様だ。


「馬車がなんかを盗んで逃げてる犯人で、それを取り返そうとしてたかも。なのにカノン家の娘さんはいきなり蹴飛ばしてたね」


 プリンを食べながらお小言を一つ。


「そ、そんな訳ないわ!」


「浮かれてたんじゃない?」


 普段のアニカなら、そこまで短絡的な行動を取らないだろうと思っての言だ。


「……かもしれないわ! けれど従者なら褒めてくれてもいいんじゃないかしら!」


「従者だから、悪い子にはちゃんと注意しないと」


 ここぞとばかりにアニカを責める。


 朝早くに起こされたり、四ヶ月も人馬ケンタウロスの村に付き合わされた意趣返しだ。


「そんな時ばっかり……!」


 アーロが山賊を縛り、そんなことを言い合う二人に目を向け、


「ぬおぁぁぁぁ!」


 サブレを見て腰をぬかした。

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