【最終二十七話】「さようなら、アラン君」
「……おはよう、アラン君……」
都内S区にあるマンション805号室。会社員女性、守屋美希・通称ミキちゃんはベッドから身を起こし、腰を伸ばす。
(アラン君の記憶がある……と言う事はまだ……)
数日前、淫魔イザベラに告げられた魔力汚染による同居タイムリミットの存在を知ったミキちゃんと同居人の淫魔アランが交わした取り決め。
『アランがここを去る時、2人で過ごしたこれまでの日々の記憶を完全に消す』
これが完遂されていないと言う事に安堵感と哀しみを覚えつつもアランが寝ているクローゼットを見ていたミキちゃんは体の違和感をおぼえる。
「あれっ、何か背中がこそばゆいような…… ? ズボンがもぞついてる…… ?」
ミキちゃんはベッドを降りて、パジャマを脱ぐ。
「きゃああああああ!!」
「ミキさん!?」
ミキさんの悲鳴で飛び起きたアランはクローゼットから飛び出す。
「あっ、アラン君。これは、これは何? 私、どうしちやったの?」
パジャマを脱いでショーツ一枚で洗面台に立ち尽くすばかりのミキちゃん。
その背中からは立派な黒い翼が生え、お尻には薄いスペード型のモノがついた黒い悪魔の尻尾、そして頭の左右にはヤギの巻角ががっちりと固着している。
「なんて事だ…… ミキさん、とにかく座りましょう!」
ミキちゃんを支えて立ち上がらせたアランはゆっくりとリビングに向かう。
『アラン、魔界警察の特殊インシデント対応部隊がそこに向かっている、お前は守屋さんの安静状態を極力維持しろ。キアラは魔力吸出を続けつつ有事に備えてくれ』
「ありがとうございます、ギルド長」「了解しました」
人間界で魔界上位種族たるサキュバスクイーン転生爆誕と言う最悪の事故案件発生をアランから受けたリリスギルド長は魔界スマホ経由でアランとキアラに指示する。
「うぐっ……えぐっ……」
魔力の生体浸蝕作用により、淫魔族の上位種・サキュバスクイーンとなってしまったミキちゃん。
それによる急激なバストアップと全体的な体格大型化で手持ちの服が着れなくなってしまい全裸にバスタオルをお風呂巻きしただけのミキちゃんは、意思に関係なく勝手にピコピコ動く尻尾に黒い羽、重い巻角のせいでスマホネックになってしまう辛さと恥ずかしさのあまりすすり泣く。
「アラン君、ごめんね、ごめんね……こんな事になっちやって。私が引き留めなければ……こんな大事にならなかったのに」
「ミキさん、気にしないでください。間もなく魔界医療部隊が到着し、治療開始します。……とにかく落ち着いて、安静にしてください。」
「うん……」
泣きじゃくるミキちゃんをはアランの胸に顔をうずめる。
「キアラ、そっちはどうだ?」
アランは白い翼に光輪を持つ天使モードになり、サキュバスクイーン・ミキの魔力制御と魔力吸出処置を行っていたキアラに問いかける。
「キアラ……?」
「……」
光輪と白翼が消え、そのまま白目を剥いて気絶したキアラは床にどさりと倒れる。
「キアラ!」「キアラちゃん! うっ……ううっ……」
「ミキさん!」
サキュバスクイーン・ミキの膨大な魔力吸出処置に耐え切れず意識を失ったキアラに駆け寄ろうとしたアランに覆いかぶさったミキちゃんはアランの両腕をものすごい力で押さえつけ、急な発熱のあまり大粒の汗をかきながら荒い息を吐く。
「アラン君、逃げて……早く!! あっ……ああっ!!」
『魔界暗器! ドレッ……』
覚醒したての飢餓状態サキュバスクイーンが発動させた固有能力『生命吸殺奪(ライフイーター)』で魔力と生命力を一滴残らず搾り取られてミイラ死すると言う最悪の事態を回避すべく、アランが魔界暗器を使おうとしたその時……サキュバスタイーン・ミキは意識を失ってアランの上に倒れこむ。
「これは……どういう事だ?」
静かに寝息を立てだしたミキちゃんの下から這い出したアランはミキちゃんが膝で踏みつぶしていた紫色の小袋に気づく。
「これは、あの時おばばさんにもらったお守り……いや、それどころじゃない!!」
アランはほぼ裸のミキちゃんをベッドに寝かせ、風邪をひかないようにそっと布団を掛ける。
「ミキさん……ごめんなさい、そしてさようなら」
「……アラン君?」
次にミキちゃんが目を覚ますと、外はもう真っ暗になっており白い月光が部屋に差し込んでいた。
「私、確かアラン君を……押し倒して、体が熱くなって……ええと」
いつの間にかいつものパジャマに着替えていたミキちゃんは慌てて洗面所に向かう。
「尻尾も羽も……角も無い!! アラン君、アラン君!!」
真っ暗なワンルームマンションの明かりをつけたミキちゃんの眼に飛び込んで来たもの。
それはちゃぶ台の上に用意されていた肉じゃがとだし巻き卵、千切リキャベツ&豚肉の生姜焼き、味噌汁とご飯。そして4つ折りにされた一枚の紙だった。
『ミキさん、この書置きを読んでいるという事は魔界医療部隊による緊急魔力吸出治療が完了し、無事に意識が戻ったと言う事でしょう。医療部隊によると、ミキさんのこの半年間の記憶はあまりにもイメージが強すぎるが故に消すのは出来ないとの診断が下され、出来ませんでした。ごめんなさい。
……ミキさんと一緒の生活は本当に色々な事があってとても楽しかったです。
僕とキアラは魔界に帰ります。さようなら、本当にありがとうございました』
「……いただきます」
朝から何も食べていなかったミキちゃんはお皿のラップを剥がし、まだほんのりと温かいご飯を手に取る。
「美味しい、美味しいのに……」
焼き加減も味付けも最高の豚肉の生姜焼きとご飯をミキちゃんはほおばる。
「なんで涙が止まらないの?……どうしてなのよぉ!」
答える者もいないワンルームマンションでミキちゃんはうぉんうぉん泣き叫びながら夕食を無理やり喉に押し込んでいくのであった。
【ミキちゃんちのインキュバス 完】
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