【第二十話】「ミキちゃん's カントリーロード 2 【前編】 白猫少女と怒れる女帝」
都内S区にあるマンション、508号室。
「雄大ねぇ……」
「まさに自然の神秘ですね」
夕食後のリラックスタイムだった会社員女性、守屋美希・通称ミキちゃんと同居人の淫魔アランは録画済みの旅行番組『金山かおりの欧州紀行・スイスの旅』が映し出すアルプス山脈の雄大な光景を見ていたその純白さにコメントを失う。
『モリヤミサコ様よりお電話です! モリヤミサコ様よりお電話です!』
二人が雄大な自然に浸っていたそんな時、守屋家のFAXがトーキーと共に鳴り響く。
「お母さん? 一体何なのよ……」
ミキちゃんはテレビを止め、FAXに向かう。
「もしもし?」
『ミキ、久しぶり! 元気にしてる?』
「うん、まあ。元気よ?」
『それは良かったわ! 実はね、この前パパの仕事で取引先さんが早めのお中元を持ってきてくれて……ナベシマちゃんにどうぞって言うから何かと思えば、何と超高級猫缶と猫おやつ詰め合わせセットだったのよ!』
「へえ、そうだったのね」
『それでこの前ジェニファーさんと話した時に聞いたんだけど……あなた二匹目の猫ちゃんを飼い始めたそうね? キアラちゃんって言う白猫なんでしょ?』
「うっ、うんそうよ……裏の駐輪場で段ボールに入れて捨てられていたの」
二週間前の事を思い出したミキちゃんはひとまず話を合わせる。
『あらまあ可哀そうに! ミキは本当に優しいのね! もしよければだけど……ナベシマにもらった猫缶と猫おやつをおすそ分けしてあげたいから今週末どう? パパもテレビゲームに興奮してテレビバシバシする猫ちゃんズって聞くや否や剛やミキが昔やってたテレビゲームを出してきてスマホで調べながらテレビに繋ぎ始めてるし……どうかしら?』
「にゃあ、あらぁん(ミキさん、どうしましょ?)」
白ソックス黒猫に化けて電話台に飛び乗り、話を聞いていたアランはミキちゃんに問う。
『その声はアランちゃんね!? 美佐子おばあちゃんですよぉ!』
「アランはOKって言ってるけど……キアラはぐっすり寝ているから返事は明日でもいい?」
『もちろんよ! キアラちゃんにも聞いてね!』
その数日後、K県Y駅前のロータリー。
「ミキ! 久しぶりだなぁ」
「お父さん!」
Y駅前のロータリーにロールスロイスを停め、週末帰省する娘を待っていた『守屋司法事務所』の個人事業主にしてミキちゃんの父、守屋 弘樹(もりや ひろき)は猫二匹が入った大きな猫キャリーを抱えて駅から出て来た娘に手を振る。
「大荷物で大変だったろう……おお、キミがキアラちゃんか! はじめまして、じいじですよぉ!」
「きぁん!(はじめまして、ミキさんのお父様!)」
アランと共に仲良くキャリーケースに寝ころぶ細身の美白猫はミキパパに元気よく答える。
「アランちゃんも大きくなったねえ……じいじを覚えてますか?」
「あらぁん!(もちろんです!)」
アランも元気よく答える。
「さて、母さんも待ってる事だし行こうか! 猫ちゃんズは後部座席だよな?」
ロールスロイスのトランクに娘の荷物を積み込み、後部座席に乗り込んだ娘が隣に猫キャリーケースを固定したのを確認したミキパパは住宅街に向けて走り出す。
「アランちゃんにキアラちゃん、いらっしゃい!」
司法書士事務所にして守屋夫妻の住む住宅街の一軒家。
その畳の間で猫キャリーから出され、緊張気味な二匹の猫達を大歓迎するのはミキちゃんのお母様・守屋 美佐子だ。
「あらぁん! にゃおん!(ミキさんのお母さま、お久しぶりです!)」
「きあっ、きあらぁぁぁん!(はじめまして! ジャム美味しかったです!)」
「まあ本当に美人さんねぇ……ジェニーさんがメロメロになるのも納得だわ!」
座った美佐子ママの腰や足にすりすりするアランと膝に座って見上げてくるキアラ。
二匹の人懐っこさと甘えん坊っぷりに美佐子ママは身も心もとろけそうになる。
「ぶにゃぁぁぁぁお? にぎゃあぁぉぉぉん?」
そんな中、ものすごい唸り声と共にリビングからミキちゃんに抱きかかえられて来たのは守屋家最強の哺乳類にして頂点に君臨する女帝・ナベシマだ。
「ナベシマ、どうしたの? 何がそんなにイヤなの?」
ミキちゃんは抱っこされてもなお不機嫌に唸り続けるナベシマに戸惑う。
「そうなのよお、しばらく前からそんな調子で…… リビングで美味しい猫缶を出しても食べようともしないのよねえ」
ミキちゃんの腕からするりと抜け出したご機嫌斜めのナベシマはぷりぷりしながら愛用の座布団に向かう。
「まあいいわ、私達もご飯にしましょ!」
「あらぁん、にゃあん(お久しぶりです、ナベシマさん。彼女は僕の友人の淫魔キアラです)」
人間達が食事で離れて3匹の猫が残された畳の間。
座布団の上で毛づくろいするナベシマに黒猫アランは挨拶しつつ白猫キアラを紹介する。
「きあぁ、きあらぁ(はじめまして、ナベシマさん。サキュバスのキアラです)」
キアラもテレパシーでナベシマと意思疎通を図る。
(白い小娘、お前もインマなのかい? 驚いたね、こりゃ)
予想に反して機嫌が良く、テレパシーで返答してきたナベシマは毛づくろいを止め、キアラをぐいと引き寄せ、その匂いを確かめつつ毛づくろいしてやる。
(よく来たね、と言いたいところだが……修羅場で歓迎してやれないんだ。済まないねぇ)
「きあぁぁん、きあぁ(そっ、それはどういう意味ですか? ナベシマさん?)」
ナベシマに首ホールドされ、全身をふすふす嗅ぎまわられるキアラは鼻息のくすぐったさを堪えつつ尋ねる。
(あれは数日前の事だった……あたしは下男に夕餉を持ってまいれと命じるべく隣の『りびんぐ』と呼ばれる部屋に行ったんだ。そしたら、ヤツが居たんだ! ああ、思い出すだけでもおぞましいヤツがすぐ近くに居るなんて!!)
ナベシマも恐れる何か……アランとキアラに緊張が走る。
(かつてここから追放されたヤツは四角で灰色でピコピコうるさい耳障りな音を出し、日に刺さる光を出し……そしてミキの寵愛を奪った悪魔だ。そして……ああ、思い出すだけでイライラする!!)
座布団に爪を立てだしたナベシマの言わんとする事がわからないアラン猫とキアラ猫は顔を見合わせる。
(……しかたない、猫の大先輩として後学のために教えてやろう。ついて来な)
座布団を降りたナベシマはリビングに向かう。
「う一っ、ふしゅぅぅぅぅ(あれだ、あいつだよ!)」
全身の毛を逆立て、瞳孔全開の戦闘態勢に入ったナベシマが見つめるもの。
それはミキパパが猫達にテレビバシバシさせようと用意していた灰色の四角くて薄いボディの昔のゲーム機、ジョイステーション1と段ボールに入ったゲームデイスクだった。
(あいつは昔、あたしの可愛いミキの寵愛を奪ったのみならず不愉快な音と光でアタシを苦しめた。その報復として奴の餌となるキラキラした丸い物を本気で噛んでやったらミキと下僕共は可哀そうなあたしのお尻ペンペンして数日間牢屋に放り込んだんだ……さてはあいつ、アタシに復讐すべく地獄から舞い戻ってきやがったな!)
『女帝ナベシマも恐れる何か』の正体と過去の守屋家で何があったのかをある程度理解した二匹の淫魔猫達はわざわざ用意してくれたミキパパさんには申し訳ないと思いつつもナベシマ姐さんとの良好な関係維持のためガン無視する事を決めたのであった。
【完】
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