第3話 5月15日(月)の放課後(part1)~見られていた女の子姿~

☆☆☆☆○○○○



 謎の三人デートをした翌日の月曜日。この週からテストが始まるため、実は先週からテスト週間に入っていて部活動などはお休みになっているのですが、おモテにならない男の子たちは例の部屋に集められていました。ちなみに、招集するのは決まってサトウくんです。


「くそっ。なんだったんだ、あの会は……! 女子が一人たりとも来ていなかったではないか!」


 みんなが集まった瞬間に、サトウくんが声を荒げて発します。

 最後に入ってきたタナカくんは素知らぬ顔でスーッと定位置であるロッカーの上に移動しました。


「……五人もいたんだ。一人くらいウチのことを好きになってくれる子がいるんじゃないか、ってちょっと期待してたのに……っ」


 そう嘆くのはスズキくん。彼は苦い表情をしながら黒板に物騒な文章を書き綴ります。


「まったくだぜ!? あれじゃあなんのために日曜にわざわざ外に出たのかわかったもんじゃねぇ……!」


 イラついているのはタカハシくん。


「でもまさか、全滅だなんて……。思い通りに行かないものだね」


 溜息と同時に肩をすくめるイトウくん。


「だああああ! 彼女! 彼女がほしいぃ!」


 頭をガシガシと掻き回して天井を見上げながら泣き喚くヤマモトくん。


 タナカくんは彼らの様子を見て、昨日見た光景と合わせて「やはり、上手くいっていなかったんだ」という確証を得ました。



 こうなることは先週、この話が出てきた時からタナカくんにはなんとなく想像がついていました。何故なら、


 サトウくんの妹は理想が高そうだったし、

 イトウくんのお姉さんはイトウくんにしか興味がなさそうだったし、

 タカハシくんの義妹のフカボリさんはタカハシくんとは口も利かないようだし、

 ヤマモトくんの幼馴染のシメさんは友だちが多い人なので彼女の予定があるだろうし、

 スズキくんの家を占拠しているヤマナシさんに内弁慶であるスズキくんが「合コンみたいなことをするから来い」などと言えるとは思えなかったからです。

 あと、ワタナベくんのお母さんは連れてこれたとしても倫理的な問題が生じますから。


 結果は大方、タナカくんの予想の範疇はんちゅうに収まったためタナカくんは彼らの話にもう興味を持っていられません。欠伸を一つして、タナカくんはスマホを弄り出しました。



 数十分ほど、六人は「どうやったら彼女ができるのか」について話していたようですが、そこで不意にワタナベくんがあっと声を上げました。


「もっちゃ、もっちゃ……。――あ。そういえば昨日、こんなものを撮ったよぉ?」


 ワタナベくんがスマホで撮ったという写真を他の五人に確認させました。


「……。おい、ワタナベ。なんてものを見せるのだ。こんなものを見せられてもイラッとしかせんぞ?」


 ワタナベくんのスマホの画面に映っていたのは、一人の少女と思われる人物が一人の少年の手を取って歩く後ろ姿を収めたものでした。如何にもカップルっぽいその画を見た彼女いない歴=年齢のサトウくんは怪訝な表情をします。


「そうだそうだ! サトウハルトの言う通りだ! 今すぐ消せって! んなもん見てたっていいことなんかねぇぞ!?」

「ふふふ……! 画像消したらそこに映ってる二人も消えてくれないかな? 神様、どうかその二人が呪われますようにっ!」

「つうか、なんでんなモン撮ったんだ? カップルなんて撮ったって何もいいことなんてねぇだろ? なのに……」


 ヤマモトくん、スズキくん、タカハシくんが続きますが、一人だけ、イトウくんがあることに気づきました。


「! ねえ、ちょっと待って! この男の子のパッとしない後ろ姿って……! これってコバヤシくんじゃない!?」


 イトウくんの言葉を受けて、サトウくん、スズキくん、タカハシくん、ヤマモトくんはもう一度画面を覗き込みました。四人は、そう言われると段々そう見えるようになってきました。


「そうだ! このどこにでもいそうなオーラはコバヤシがもつ雰囲気そのものだ!」

「ってことは、その手を引っ張ってるのってイチジクさんってこと!? ちょっとロリっぽいセンスだなって思ってたけど、あの子が着てるんならなんでもアリかも! くう……! 正面から見たい!」

「……いや、違ェんじゃねぇか!? イチジクさんってコバヤシより背高ェんだぜ!? コバヤシは確か160センチくらいで、イチジクさんは164センチあんだよ! でも、写真の子は150センチくらいしかねぇ! 俺っちの目測では151センチ! 別の子だ!」

「え!? それってまずくない!? コバヤシくん、彼女いるのに他の女の子とこんなに親しそうに手を繋いでちゃ……!」

「これ、イチジクさんに見せりゃ、アイツと別れさせられるんじゃねぇか!?」

「むふふぅ! いい写真でしょぉ?」


 コバヤシくんが浮気をしているのではないか、という話で盛り上がっていくサトウくんたち。彼らの声が徐々に大きくなっていったため、「何を話しているのだろう?」と、彼らの方を見たタナカくん。そうすると、タナカくんはワタナベくんと目が合います。ワタナベくんはタナカくんの元にやってきて画像を見せながら言いました。


「ねえねえ、これ、どう思うぅ? 決定的な浮気現場の証拠かなぁ?」


 言われて見て、タナカくんは目を見開きました。

 激写されていたのは夕刻のとあるファミリーレストランの店の前。黒のジャケットと黒のスラックス、落ち着いた色合いのスニーカーを履いた少年の手を取って先を行く黒を基調としフリルをふんだんにあしらったゴシックロリータファッションに身を包んだ人物のツーショット。その女の子に見える格好をした人物が誰なのか、タナカくんは一瞬にして理解できてしまったのです。

 だってそれは、自分だったのですから。


 タナカくんが何も言えないでいると、ワタナベくんはタナカくんがこうなっている理由を勘違いしました。


「……あ。君には見せない方がよかったかなぁ? 君はコバヤシくんと仲が良かったみたいだしぃ。友だちのこんな秘密は知りたくなかったよねぇ。ごめんねぇ?」


 ワタナベくんは、コバヤシくんのいけない秘密を知ってしまったことにタナカくんが動揺していると解釈したようです。


「けどよー、いけすかねぇよな、コバヤシの奴! あんな可愛い彼女がいるのに他の女にも手を出すなんてよォ! 可愛い彼女ができたからって調子に乗ってんじゃねぇのか!?」

「あ! この写真使って脅すっていうのは!? この写真の子、紹介してくれなきゃこのことをイチジクさんにばらすってさ! ワンチャン、彼女になってくれるかも!?」

「けどなぁ、アイツのお下がりってのはなぁ……。まあ、どう考えてもアイツは終わりだな。浮気してたんだから。はっ! いい気味だ!」

「まさか、コバヤシくんがそんなことをしてたなんて……。人は見かけによらないね」

「まあ、我々を裏切った奴だからな。その身が滅びようがなんとも思わんが。……それにしてもこの写真の子、顔は見えないがそこはかとなく可愛い雰囲気を醸し出しているな。どこの誰だ? どこかで似たような感覚を持った記憶があるのだが……」


 他の五人はコバヤシくんに対して怒りを覚え、「写真の子を紹介させて恋人になれないか」とか、「イチジクさんと別れさせて自分のものにできないか」みたいなことを話し出しました。

 これは大変です。コバヤシくんもイチジクさんもこのゴスロリ少女(?)の正体を知っていますから大丈夫だとは思いますが、この六人に一部分だけ切り取られて噂にされたとしたら、その大事な部分が欠けている噂によってコバヤシくんとイチジクさんの関係にひびが入ってしまうことがないとは言い切れません。

 タナカくんは二人の関係を壊したくはありませんでした。だから、打ち明けました。


「……それ、僕だから……」


「「「「「「――っ!?」」」」」」


 タナカくんの告白に、サトウくんたちは一斉にタナカくんの方を見ました。視線が集まったことに、タナカくんは居たたまれない気持ちになります。


「こ、これ、タナカ、なのか!? た、確かに髪型が一緒だ……。ということは、お、お前、やはり実は、女だったのか!?」

「……やはり、ってなに? 無理やり着せられた、それだけだから……」


 サトウくんが「タナカは実は女性なのではないか」と疑いました。タナカくんは女の子のような容姿をしていますが、サトウくんが言うようなことはありませんのできっぱり丁寧に否定します。しかし、タナカくんのその言葉はあまり意味を成しませんでした。


「おい、タナカ! 前々から思ってたんだ! この際だからはっきりさせてやる! お前、本当は女なんじゃないのか!?」


 タカハシくんも「タナカは実は女性なのではないか」と疑っていました。


「……だから、違うって。こんな見た目だけど、違うから……」

「そ、そこまで言うなら服を脱いでみろよ! そうすりゃ、嫌でも納得させられるだろ!?」


 その疑いようは強くて、タナカくんがどんなに否定しても信じてくれませんでした。

 「服を脱いで証明したら信じてやる」――その言葉にタナカくんはぶるっと身体を震わせます。タナカくんは過去にいろいろあって、この言葉がトラウマになっていました。けれど、今回はタナカくんの手に、コバヤシくんとイチジクさんの未来がかかっているのです。荒くなりそうな息を噛み殺しながら制服に手を掛けたタナカくん。ですが、タナカくんが服を脱ぐのはスズキくん、ヤマモトくん、イトウくんによって止められてしまいます。


「た、タナカくん! ストップ、ストオオオオップ! 脱がなくていいから! もし仮に男だったらショックが大きすぎる! そんなの、もう夢を見られないじゃないか! 妄想でタナカくんとヤルのが生き甲斐なのに! だから、タカハシくん! 余計なことはしないでくれるかな!?」

「……ええー……」

「そうだぞタカハシリク! 余計なことすんな! 何も知らなきゃ、タナカは女の子で通せるんだよ! 俺っちも何回夜に世話になったことか……! これで万が一男だった、なんてことになったら、立ち直れなくなる! 今まで俺っちは何してたんだ、ってことになるだろうが!」

「……うわー……」

「タカハシくん。オレも賛成できないな。タナカさんは女の子なんだから、服を脱がすなんて……。そんなことをしたら、オレは君を軽蔑するよ」

「……」


 スズキくん、ヤマモトくん、イトウくんの三人に至っては「タナカは実は女性なのではないか」と疑う段階をとうに過ぎていました。既に「タナカは実は女性」と位置付けていたのです。タナカくんは三人の中にある自分像を図らずも知ってしまってドン引きでした。


「ええ? タナカくんって女の子なのぉ? ……確かにこの学校、水泳の授業ないもんねぇ。身体測定とかは個室で一人ずつだしぃ。それにタナカくん、トイレに行ってるところ見たことないしねぇ。……あれれぇ? ってことは、嘘をついて学ラン着てるってこともあるのかぁ。タナカくんじゃなくてタナカちゃん?」

「……」


 三人がおかしなことを言うからワタナベくんもタナカくんの性別を疑い出しました。タナカくんは呆れてものが言えません。目が冷めたものに変わっていきました。

 ちなみに、タナカくんは学校にいる間に催した時はわざわざ離れたところにある使用者が極端に少ないトイレまで行っていました。これはタナカくんが男子トイレに入ると女子(見た目)が男子のトイレに入ってきたと騒ぎになるからです。これは体育で着替える際も同様です。


「お、おい、テメェら! やっぱりここではっきりさせとくべきなんじゃねぇのか!? まさかの確率を引き当てた時のことを考えてみろよ! こいつを彼女にできるってことを保険にしてたのに、いざその時になって実は男でした、なんてとんだ笑いものだぜ!?」

「……」


 タカハシくんが言っていることを聞いてタナカくんは感じました――タカハシくん、スズキくん、ヤマモトくんの三人はタナカくんが女の子であってほしいと願っていて、もしその通りであるなら自分と付き合ってもらえるはずだ、とさも決定事項のように捉えている――と。あと、もしかしたらこのイケメンのイトウくんも彼らと同類なのかもしれない、とタナカくんは疑いました。

 そして、タナカくんの性別にはこだわっていないようですが、違うベクトルでヤバい発想になっている人物が、サトウくんです。


「おい、タナカ! この服を着ているとこを生で見ることはできないか!? 自分の目の保養になってくれ!」

「……うへぇ」


 「彼らと同類だとは思われたくない」と、タナカくんは強く思いました。

 「どうして自分はこんな集まりに入れられているのだろう」と、タナカくんは一年前の自分を呪いました。あの時、素直に付き合った人がいないと答えていなければ、こんな枠組みに押し込まれずに済んだのではないか、と思わずにはいられませんでした。招集に応じなければ裏切り者と判断され嫌がらせを受ける羽目になるので、今となっては抜け出すことも叶いませんが……。


「……帰る」


 五人(現段階ではワタナベくんは除外)の考えが気持ち悪くて、タナカくんはそそくさとその場を去ろうとします。


「あ! ちょっと待てよ、タナカ!」


 しかし、教室から出ようとしたところでガタイのいいタカハシくんに腕を掴まれてしまいます。力量差がはっきりとしていて、タナカくんでは解くことができません。


「……は、放し――ひゃっ!?」


 タナカくんの力ではタカハシくんに敵わないことは確実で、そのことはタナカくんも予測できていました。それでもこの場所に居たくはなくて、タナカくんは強引に振り払おうとします。すると、予想外のことが起こりました。突然、パッと腕を離されたのです。そんなことが起こるとは全く想像していなかったタナカくんは勢い余って教室のドア付近に置かれていた掃除用具入れに使われていたであろうロッカーに身体をぶつけてしまいました。反動でロッカーの扉が開きます。



――ゴトッ。



 その中から布状のものを撒きつけて立てられていた棒が倒れてきました。

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