第5話 夜が更けていく

 完全に閉じこめられた、ジョンソンさまに閉じこめられた。

 日が暮れていく。日が暮れていく。


「先生のね、死体の背中に12って書いてあったのこれは……」

「地雷を持ち込めるような奴は何だってもってこれるに、機関銃だって、ロケット砲だって……」

「ジョンソンの壁にうちのクラスの名前があって……」

「今日の夜十二時までに、三十二人殺して、三人だけ解放するって……」

「デスゲーム物みたいに殺し合いをさせるために武器を……」


 噂が毒のようにクラスをむしばんでいった。

 涙がぽつりぽつり机に落ちていくのをみて、ああ、また私は泣いてるよと思った。

 クラスの殆どの人は自分の席に座ってヒソヒソと話をしている。

 辺りが暗くなってきた。なるみちゃんが席を立って電気のスイッチを押した。


 カチッカチッカチッ。


 電気がつかなかった。なるみちゃんは諦めて席に戻った。

 茨城さんが教室に駆け込んできた。


「ちょっと、誰か来て」


 ぞろぞろと教室を出て行った。

 水飲み場で浜田さんが嘔吐を繰り返していた。


「み、水を飲んだとたんに……」

「水のタンクに毒を……」


 わ、私さっき水飲んじゃったんだよ。どうしよう。どうしよう。


「私、さっき飲んだけど、なんともないけど」


 なるみちゃんも一緒に飲んだんだっけ。


「水道のパイプに残った水は安全なのですよ。タンクに毒を入れたのでしたらね」


 理科の得意な鈴木君が蛇口をひねった。水は最初透明で、すぐに白濁した色に変わった。鈴木君は水の匂いを嗅いだ。


「アーモンドのような匂い。青酸系みたいですね」


 浜田さんはうわごとを言いながら、しばらくして動かなくなった。

 水が飲めなくなった瞬間に、私は冷たいコーラが飲みたくてたまらなくなって、つばを飲み込んだ。


「どうしてっ! どうしてあたしたちがこんな目にあうのっ!! あたし達が何をしたっていうのよっ!!」


 吉永さんが大声を出して叫んだ。静かな廊下にウワンウワン反響した。


 バリンッと外側の窓ガラスが一枚割れた。吉永さんの頭の横に冗談のように矢が刺さっていた。

 私は大声で叫んでしゃがみ込んだ。

 みんなもしゃがみ込んだ。

 事態を理解してない鈴木君がぼんやりと立っていた。


「え、なんですかみんな?」


 窓ガラスの割れる音がまたした。鈴木君の頭にも矢が生えた。

 吉永さんと鈴木君が壊れた人形みたいにドタリと廊下に倒れた。

 私は叫び続けた。


「やっぱり対面の校舎だ」

「ボウガンですにー」


 なるみちゃんが後ろから私をだきすくめて、口を塞いだ。私は涙を流しながらなるみちゃんの手の中へ叫び声を吐き出し続けた。


「盗聴?」


 小声で洋介君が三橋君に聞いた。


「されてるっぽいですにー」


 三橋君が小声で返した。

 私たちはアヒルのようにしゃがみながらぞろぞろとクラスに戻った。


 どんどん教室が暗くなってきた。

 怖いよう怖いよう。


「火を起こしたらどうかしら、火事になったら、消防車がくるわ」


 なるみちゃん! それだ。


「だめだ、俺たちは閉じこめられてる。火事が拡がったら焼け死ぬだけだ。それに、この校舎は東棟と体育館に挟まれてるから、外の人に発見されるのはそうとう燃え上がらないと……」


 駄目なのー?

 窓の外を見た。そろそろ月が上がってくる時間。

 今日は雲が多いので、昇ったか、まだ昇ってないか解らないけど、この情況で月に魅入られたら危険すぎる。直視しないように気を付けないと。


「明日になれば先生も生徒も登校してくるから大丈夫だ」


 洋平君がそんな事を言う。

 一晩真っ暗な教室に居るのは怖すぎだよ。


 八時になった。

 スマホを持っている子がときどきチェックを入れるけど、依然どの会社の端末もアンテナが立たない。


「広範囲にアンテナを壊したのか」

「基地局を爆破した事も考えられますにー」


 三橋君のしゃべり方はどうにかならないものかな、気持ち悪い。

 色んな知識が豊富な所は凄いんだけど。

 なるみちゃんがコツコツと長いマグライトで上履きをかるく叩いていた。

 しくしくと泣いてるのは長谷川さんだろうか。私も泣きたいよ。

 高田君が机に手をついてぶつぶつなにか言ってる。


「なんで、おかあさん探しに来ないのかなあ」


 ほんとだよ、なんでお姉ちゃん学校に探しに来ないのだろう。これが不思議だ。


「ジョンソンさまの不思議な力でなあっ! 俺たちは拐かされてなあっ! ここは違う世界だからっ! 誰も探しに来ないんだっ!」


 いやああああ。そんなのいやあああ。


「蒲田、落ち着け」

「ジョンソンさまの言う通りになあっ! 言うとおりになあっ! 三人だけにならないとなあっ! 百年、千年たってもなあっ! ずっとずっと夜の国で俺たちはあっ! 待ち続けるんだああっ!!」

「蒲田!!」


 洋平君が蒲田君を怒鳴りつけた。


「三人だけになるとなあっ! いつのまにか今日のお昼にもどってなあっ! き、木内とかっ! 佐山とかっ! 鈴木とかっ! がみんな生きていてなあっ! ああ夢だのかってなあっ! 夢だったのかってなあっ! 木内が生きていてなあっ! そうして、そうして」

「蒲田だまれっ!!」

「夢なんだよお、洋平。これは夢なんだお。だって、木内が死ぬはずないじゃんよう。佐山だって、鈴木だってさあ。夢なんだよおお」


 蒲田君が泣き崩れた。

 洋平君は蒲田君の肩をぽんぽんと叩いて、落ち着け気持ちは分かるからと慰めていた。洋平君はいつもは妙な悪戯とかして大喜びして、すぐ要らない事をして先生におこられたりしてるんだけど、友だち思いで、やっぱり偉いなと思った。


 高田君が立ち上がった。

 斧を担いで、吉村君、遠藤君を呼んで教室から出て行こうとしてるみたい。

 そんな事も解らないぐらい、もう教室は真っ暗だ。


「高田、どこ行くんだ?」

「うるせえっ! なんでもかんでもお前に断らなきゃいけねえのかっ。なるみと鏡子のケツばっか追っかけてるナンパ野郎がつけあがんなよっ!!」

「なんだと、てめー」


 うわー、喧嘩はやめてよお、洋平君。

 ドカンと高田君が机を蹴飛ばした音がした。おい行くぞと言って高田君は仲間二人を連れて出て行ってしまった。

 ふう。喧嘩にならなくて良かった。

 だけど暗いなあ暗いなあ。

 お腹が空いたなあ、喉が渇いたなあ。

 小銭はあるから昇降口に降りればコーヒー牛乳でもリンゴジュースでも何でも飲めるのになあ。

 出れるのが三人なら、私となるみちゃんと洋平君が他のみんなを殺しちゃえば……。

 ぶるっと身震いをした。鳥肌が立っていた。何考えてるのよ私は。

 暗いのがいけない、あたりが暗いからこんな馬鹿な事を考えるんだ。

 電気がつかないのがこんなに怖いとは思わなかったよ。


 とろりとした闇の中で時間が過ぎていく。

 わたしは少しうとうとしていた。

 私の席の後ろで、なるみちゃんと洋平君がひそひそと相談していた。


「いま何時?」

「九時半」

「ジョンソンは何時動くと思う?」

「十二時前かな。こっちが闇に参ってしまったころに動くと思うぜ」

「じゃあ、十一時頃みんなを起こして相談しようか」

「いまは寝ておけ」

「……うん」


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