第19話 時代の変化を待ち望む。



「まさか…!」


 いち早く気が付いた一人が小さく声を上げ、仲間に耳打ちした。

 四人は驚きの声を上げ、そして一礼をする。


「…なに?」


 アンジェは状況の展開についていけず、両者を交互に見ていた。


「オータ様とは知らずご無礼をお許し下さい」

「そういうの面倒やなあ。もうええから立ち去るんやな」

「しかし」

「さっさと行け」


 オータの目がすっと眇めたのを見て、四人はあえなく元来た道を踵を返して走り去って行った。

 それを見ながらアンジェはオータを見上げた。


「……ありがとう、ございます」


 お礼で間違ってないよね…。そう思ったせいか、少し小さな声でアンジェは言った。

 お偉い兵士様たちが頭を下げるのだからきっと偉い立場の人なのだろうから、敬語で。


「いえいえ、特別何もしてへんから」


 オータはにこにことアンジェに近付いた。


「お名前は?」

「…アンジェ……」

「アンジェちゃん、か。ほな…」


 オータは挨拶でも言おうとしたのか口を開いたが、言葉は途中で遮られた。


「アンジェ先生!!グエン先生とトミー先生呼んできたよ!」


 どうやら騒ぎの最中、一人で学問所に戻り二人を呼んで来たらしく、大人二人と子供一人が丘を駆け上がってきた。


「アンジェ、無事か!?」


 尋ねたものの、様子を伺えば子供の言っていた内容と状況は変わっているようだ。


「トミー、グエン!大丈夫よ。この人が助けてくれたの」


 二人はアンジェがそう説明した男をじっと見て、お互いに目配せするとグエンとトミーは間に割って入りアンジェを背中に隠した。


「これはありがとうございます。彼女に代わって私からもお礼申し上げます」


 グエンは眼鏡の奥で目を細め、誰も寄せ付けないような張り付いた笑みを向けた。それがどう言う態度なのか分からないアンジェではなかった。


「ちょっ…グエン?」

「宮廷騎士の中でも国王陛下の覚えもめでたく昇進目めざましい騎士オータ様がこんな所に何か用でも?」

「トミーも…!」


 トミーが他人に対して嫌味な口調を使うなんて珍しい事だ。アンジェは二人に対してあげた抗議の声を飲み込んだ。

 だのにオータはおよそ邪気のなさそうな笑顔のままぽりっと頬を掻いた。


「別に。たまたま遠乗りに来たら好みの美人が男に絡まれてたってだけやで?」


 オータは一旦言葉を区切った。


「情報屋のお兄さん」

「…」


 グエンが片足を一歩後ろに引いて体を斜めに向き直る。いつでも動けるように。


「心配せんでも俺はあんた達についても闇夜の月に関しても、どうこうするつもりはないから。それより…」


 つっとトミーとグエンに近付いて二人の顔を見比べた。


「………どっちかがアンジェちゃんの恋人なん?」

「はっ?」


 なんや容姿はええし、頭良さそうやし、勝てるって言ったら力比べ位しかあれへんな…。どないしよ。


「この二人は幼なじみってだけで、そう言うんじゃないから!断固否定だから!」


 二人の間を割って入ってアンジェは顔を出して勢い良く言った。


「そんなに否定しなくても良いのではないか…?」

「良いけどお前キツいよな…」


 三人のやり取りを聞くなりオータはまるで太陽みたいな明るい笑顔をぱっと浮かべた。


「良かった!そんなら俺が恋人に立候補してもかめへんよな?」


 オータは手の平を自分の服の表面でゴシゴシと拭き、汚れていないか確認をするとアンジェの手をむんずと掴んだ。


「俺はオータ。一応、宮廷で働いてますから、奥さんには家に居てもらっても家族は養えると思います。家名はすでに兄が継いでいるんで嫁姑問題はご心配なく。ちなみに趣味は遠乗り。いつでも駆け付けますから。ほなヨロシク」

「…はあ……」


 閉口するアンジェの後ろでお腹を空かせた子供達が騒ぎだす。これを幸いとアンジェはオータの手を振りほどいて子供達の方に戻った。


「さ、さあ帰りましょ。ほらトミーとグエンも!それじゃ失礼します」


 オータを残してアンジェは皆を促した。

 そんな中わんぱく小僧ミナトが振り返り、思いきりあっかんべえをする。

 幼いナイトは得意げにアンジェと手を繋ぎ、オータは小さく吹き出した。


「闇夜の月なあ…。なんやえらい騒ぎになっとるな…」


 オータは呟きながら愛馬の待つ草むらに戻った。

 一方トミーとグエンは、


「どう思う?」

「あの騎士は変わり者のようだな。だが衛兵達の様子を考えると、王宮は民を力で抑えようとしはじめているらしい」

「ああ、力づくでしか何ともならないのなら、王宮の最期は間近に来ているのかもしれない」

「時代が変わるか」


 それとも力で抑えつけられて終わるか。

 トミーとグエンは背中に面したオータの気配を感じながら、何か時代の変化が訪れる気配をも感じていた。





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