第17話 未来を案じ、
夜が明け昼間になれば、三人は学問所の先生だ。
貴族の子女のみが城や邸宅におかかえの家庭教師を雇い教育を為す時代、町や村の子供達の多くが、文字の読み書きすら知らない。
また学問所のほとんどが、そこに通うのには多額の金銭を必要とした。
無料で読み書きを教えてくれる公的な場所が一つだけある。
聖殿だ。
だがそれも、貴族達が多額の寄付と共に子供達を通わせてしまう為、枠はなかった。
彼らの将来にとって、聖殿との円滑な付き合いと、そこで出会う同世代の貴族の子供との繋がりは、大きな意味を持ち、将来の地位を左右する物であるからだ。
そんな中、全ての子供達に学ぶ機会を与えようと、知り合いが自己資金を元に学問所を開き、三人はそこで学問を教える事となった。
ここに通う子供達の家は皆、生活するのがやっとで、授業料は家で採れた野菜で支払われたりすることもしばしばある。
それでも三人の給金がちゃんと支払われるのは、この学問所を創ったベコニアの資金力に他ならない。
ベコニアは中年で人の良さそうなふっくらとした女性だ。
ベコニアの親は資産家で多額の遺産を彼女に残したが、彼女自身はは独身で資産を継がせる子供もなく、結果、慈善事業を始める事となったのである。
「だってお金を持ってあの世に行けないじゃない?」
ベコニアはよくそう言っては笑い、ここに通う子供達が自分の子供なのだと、幸せそうに微笑んだ。
ベコニアは街の外れにあった誰も住んでいない廃虚を改装して学舎とした。ベコニア自身は学問を教えていないのだが、毎日そこの台所を使って子供達のお昼ご飯を作るのが楽しみで、休む事なく通っていた。
毎日一番のりで着くと、鍵を開け窓を開け放ち、空気を入れ替えるのが日課だ。
皆が来る頃には玄関に立ち、掃除をしながら、一人一人に挨拶をするのだった。
「おはようアンジェ先生」
「おはようございますベコニアさん」
そのベコニアの次に早く来るのはアンジェだ。
他愛ない挨拶を交して、本日の予定などを報告する。二人だけだが職員会議みたいなものだ。
「そうだベコニアさん。グエンが帰ってきました。今日は二人ともこちらに来ると思います」
「まあ。じゃあお昼を余分に用意しなくてはね。昨日親御さんから芋を頂いたから、皆で食べましょう」
ベコニアはころころと笑う。その横で、また授業料代わりの頂きものである事を悟ったアンジェだったが、ベコニアにつられるように微笑んだ。
暫くすると子供達が来て、学問所は賑やかになる。
それから、子供達に囲まれながらトミーとグエンがやって来る。その時の顔はちゃんと先生の顔をしているから不思議だ。
「トミー、海行こうぜー」
「こぉらミナト!先生ってつけろよな」
「だってトミーはトミーって感じじゃん。グエン先生みたいなのを先生ってんだ」
「…ふっ…日頃の行いの違いだな」
「っせえ」
そういやあさ、とミナトと呼ばれた少年はトミーを見上げた。
「ゆうべも闇夜の月が出たんだってさ」
ミナトはどこか得意気だ。
「何嬉しそうに言ってんだよ」
「だって義賊だぜ!かっけー」
義賊と言う意味を分かっているのかは甚だ疑問だと思いつつ、グエンはミナトに尋ねた。
「何故お前は昨夜闇夜の月が出た事を知っているんだ?」
「母ちゃんが言ってたんだ。今朝からずっと、王宮の衛兵たちが闇夜の月の事、聞いて回ってるって」
「へぇ?」
ミナトは口をへの字に曲げて拳を握る。
「あいつら闇夜の月を捕まえるつもりなんだぜ」
ミナトがあまりに闇夜の月を贔屓するからトミーは思わず笑ってしまった。
「お前なあ、一応、闇夜の月は泥棒だぞ。泥棒するのは悪い事だろ?捕まえるのは当たり前だ」
「えー、だって悪い貴族をこらしめてるのに?」
「悪い貴族をこらしめてても、泥棒は悪い事だからな。間違ってもマネしたいとか言うなよ」
「悪い貴族が弱い人をいじめるのは捕まえてくれないのに」
「だからと言って悪事を正当化してはいけない」
「はーい」
「よろしい。ほら、アンジェ先生が呼んでるぞ。午前中は野山の絵を描くんだろ」
「うん、じゃあな」
少年は二人に手を振ってアンジェが呼ぶ方へ走っていった。
「王宮も必死だな。民衆の支持率は闇夜の月に軍配は上がってる。いい加減黙っていられないだろう」
「奴が簡単に捕まるとは思えないが…。俺達は俺達で衛兵どもになんくせつけられないようにしないとな」
「…特にトミー。お前は情報屋で目をつけられてるからな」
「文屋で目をつけられてるお前に言われたくないね」
二人は顔を見合わせてクッと小さく笑った。
笑いつつも二人はベコニアや子供達に火の粉が掛らないようにと思うのだった。
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