第20話 嫉妬02

──なんて答えればいいんだ……。


 レインが返答に困っているとアレンは少しだけ話題を変えた。


「レイン、君はリリーのために3万を超える大軍を瞬く間にそろえた。誰にでもできることじゃない。それだけ、人々に慕われている証拠だ」

「……それは、父ロイドの威光であってわたしの力ではありません」


 レインは正直に答えた。すると、アレンは小さく首を振る。


「ロイドがどれだけの実力者だろうと、君自身に魅力がなければ誰も協力しないよ。民も兵士もそこまでバカじゃない。みんなは君に『ウルド国の未来』を感じたんだ。だから、協力を惜しまなかった」


 アレンはレインを評価しながら続けた。


「君みたいに若くて優秀な人物が貴族院の議員になってくれるなら、僕はすぐにでも皇位につける。ゆくゆくは僕が皇帝で、君が宰相と貴族院議長を兼任する。どう? 夢のある話だと思わないかな?」


 楽しそうに語るアレンは本気とも冗談ともつかない口ぶりだった。ただ、危うい会話であることに変わりはない。アレンは「皇位を簒奪さんだつする」と言っているに等しい。レインは背筋に冷汗が流れる思いだった。



「そのように恐ろしいことを仰らないでください」

「恐ろしいだって!? 君が言うの?? あはは……あははははは!!」



 レインが慎重に言葉を選ぶとアレンは愉快そうに笑い始めた。そして、血色のよい赤い唇を歪ませる。



「ねぇ、レイン。嫉妬に駆られた君がリリーを見つめる瞳、あの瞳こそ恐ろしかったよ。悪意を内包した恐ろしさを秘めていた。君はリリーとリヒャルトに害意を抱いたはずだ」

「……」



 どのような方法を使ったのかは知らないが、アレンはレインの心境に気づいていた。レインはギクリとして身体が固まり、全身から血の気が引いてゆく。アレンはレインの沈黙を肯定ととらえて頷いた。



「焦らなくても大丈夫。僕は問題事にするつもりはない。むしろ、感心したんだ。僕やリリーの権威にひれ伏す奴らは今までに大勢見てきた。けれど、牙をこうとした人間は皆無かいむだったからね……さすがは砂漠の狼」



 嬉々ききとして語るアレンはどんどんと饒舌じょうぜつになってゆく。その姿からは皇太子としての威厳が感じられない。代わりに、例えようもない狂気がにじみ出ていた。



「次期皇帝である僕と手を組めばウルド国はさらに大きくなる。それに、リヒャルトやケラー……気に入らない大貴族たちだって簡単に粛清できる。そもそもが、自己の利益と権威ばかりに執着する傲慢な連中だ。僕は彼らがどうなろうと構わない。レインが皆殺しにするなら、僕の手間が省けるくらいさ」



 アレンはゆったりとした動作で両手を広げた。



「何から何まで思いのままだ。君が貴族院議員になるなら……リリーとウルド国の繁栄、その両方を得ることができる」

「……」

 


 レインは少し考えるそぶりを見せたあと、おもむろにアレンの瞳を見つめた。



「もし、わたしが貴族院議員になるとして……わたしはアレン皇太子殿下のご恩をどのように返せばよいのでしょうか? アレン皇太子殿下の経済的、または軍事的援助でしょうか?」



 会話の内容に危険性を感じたレインはアレンの提案に興味があるふりをした。そうしないと後日、粛清の対象にされそうな気がしていた。レインの返答が嬉しかったのか、アレンは身を前に乗り出して声をひそめた。



「簡単だよ。僕のために『たった一人』を暗殺してくれるだけでいい」

「……それはどなたですか?」

「それは……」



 レインは名前を聞くのが怖かった。暗殺の対象者によっては結婚どころではなくなる。こめかみを流れる冷や汗が頬を伝うころ、ようやくアレンが口を開いた。



「君と家族のきずなを感じたら、そのときに教えるよ。貴族院議員の件も、そのときに答えてくれてかまわない」

「……わかりました」



 レインはホッとして緊張が解けるのを感じた。すると、アレンが立ち上がって握手を求めてくる。



「レイン、君と話せてよかった。また、話そう。今度は兄弟として」

「光栄です、アレン皇太子殿下」


──この手を握れば、もう後戻りできなくなる……。


 レインは不安を抱えながらもアレンと握手を交わす。アレンの手は人の温もりを感じさせないほど冷たかった。レインは複雑な心境を悟られないようにアレンを見る。レインにはどうしても確認したいことがあった。



「アレン皇太子殿下、最後に一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「もちろんだよ。君は僕の弟になる。遠慮なんかせずに何でも聞いてくれ」

「では……今、殿下がお話しになったこと……わたしがガイウス大帝に報告するとは、お考えにならないのですか?」



 問いかけるとアレンの目が一瞬だけ鋭くなった。しかし、すぐに柔らかな眼差しへと変わる。その瞳はどこまでも青く透き通っている。リリーの時と同じく、レインは心の奥底を覗かれている気がした。やがて……。



「君は言わないよ」



 アレンは無邪気に笑いながら言った。



「だって、君はリリーに夢中だろ? リリーの家族を壊すなんてこと、君にはできやしないさ」

「……」



 レインは何も言えなかった。アレンの言う通り、きっと『この場かぎりの話』として忘れるだろう。レインが押し黙るとアレンはレインの肩へ手を置き、顔を息づかいが聞こえるほど近づけてくる。そこに皇太子と臣下の距離はなかった。親しい絆を確認するような仕草だった。

 


「ねぇ、レイン・ウォルフ・キースリング……僕はね、リリーに恋焦がれるレインが好きだけど、野心に燃えるレインも見てみたい。砂漠の狼には野心のほむらがよく似合う……そう思っているんだよ」



 言い終えるとアレンは意味深に微笑んで大広間を出て行った。レインは呆然としたまま、アレンの背中を見送ることしかできない。


 リリーにしろ、アレンにしろ、兄妹そろって美しい外見の裏側にとんでもない狂気と野望を抱いている……レインはそんな気がしてならなかった。

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