第1章 若き狼

第1話 流星

 レインは砂漠で見上げる星空が好きだった。この日も、夜空に流れる星の数を馬上でなんとなく数えている。



──帝都の学者は流星のことを『宇宙に存在するチリである』と言うけれど、僕にとっては『死にゆく星』だ。その方がしっくりくる。



 頭上でまたたく星々は手が届きそうなほどに近い。だが、その姿は遥か彼方のもので、今見えている星々の中にはもう消え去った星もあるという。美しい星空には死があふれていた。



──天狼星てんろうせいの近くを星が流れた……やはり、『死にゆく星』が最期に強く輝くからこそ美しいんだ。



 がらでもない感傷にひたりながら、レインは馬首をめぐらせる。そこは白い砂が大地を支配するウルド砂漠。巨大な砂丘さきゅうの頂上だった。



「おーい!! レイン!!」



 砂丘の下ではレイン配下の軽騎兵たちが焚火を囲っている。その輪の中から一人の男が立ち上がった。金色の短髪で気の強うそうな眼差しをしており、よく鍛え上げられた身体つきをしている。



「なあ、星は数え終わったか!?」



 男の名はジョシュ・バーランド。レインの幼馴染で頼れる副官だった。レインはジョシュのいたずらっぽい笑みを見て苦笑しながら首を振る。



「いや、まだだ」

「そうか。星を数え終わったら、今度は砂粒を数えてくれよ!!」



 ジョシュがからかうと他の軽騎兵たちもつられて笑う。ジョシュは干し肉をかじり

ながら両手を広げた。



「なあ、レイン!! 我らをべる若き狼よ!! 星空をでるのもいいですが、たまには大いに語り合いませんか?」

「昨日も一緒に飲んだだろ!!」

「そうかもしれませんが、ロイドさまとサリーシャさまのご到着まで、まだずいぶんとかかるはずです!!」



 ジョシュは砂丘を登って近づいてくる。レインも馬から降りて砂丘を下り始めた。そして、合流するとジョシュへ手綱たづなを渡しながら語りかける。



「父上と母上なら、すでに帝都グランゲートを出発している」

「お二人が? どうしてわかる?」

「それは……」



 レインは東の果てへと視線を移した。地平線の彼方では空の片隅が明るくなり始めている。



「星がそう言っていた」

「星が?」

「ああ。なんとなく、そう思うんだ」

「……」



 ときどき、レインは予言めいた不思議なことを言う。それは直感的なもので根拠などなかったが、よく当たった。雨が降ると言えば雨が降り、砂嵐がくると言えば本当に砂嵐がくる。そのことを知るジョシュは「またか」といった様子で微笑んだ。



「レインの予想は当たるからな。今度は俺の恋愛でも占ってもらうか」

「……ジョシュ、僕をバカにしてるだろ」

「そんなことねぇよ。それより、ロイドさまとサリーシャさまが無事に帰国なさるんだ。お前も嬉しいだろ?」

「ああ……」



 二人は今、出征しているレインの両親……藩王はんおうロイドとその奥方サリーシャを迎えるために陣をいていた。


 レインの父ロイドは神聖グランヒルド帝国の辺境を束ねる英雄であり、母サリーシャもまた戦場を駆ける勇将として武名をせている。それに、ロイドが治めるウルド国は帝国を形成する領邦国家のなかでも屈指の強国だった。


 藩王はんおうとして君臨するロイドは『砂漠の狼王ウルデンガルム』とも呼ばれ、レインは後継者として大いに期待されている。だが、レインにとってはロイドの息子であることが重圧でもあった。父を尊敬しているが、「僕は父のようにはなれない」と心のどこかで思ってしまう。



──今回の出征も参陣できなかった。父上は僕に期待していないのだろうか……。



 そんなことを考えながら砂丘を下り終えると、おもむろにジョシュが肩を組んでくる。



「またくだらないことを考えているだろ? 顔に出てるぞ」

「別に、そんなことはないよ」

「いいや、暗い顔をしている。『どうせ僕は……』とか考えているときの顔だ」



 ジョシュは待ち受けていた軽騎兵に馬を渡してレインを睨んだ。



「いいか、レイン。俺たちウルドの戦士は誇り高い砂漠の狼。お前は群れの統率者なんだ。辛気しんきくせぇ顔をしてんじゃねぇよ……」



 突然、ジョシュは焚火を囲む軽騎兵たちへ向かって声を張り上げた。



「なあ、みんな!! 俺たちウルドの狼が忠誠を誓うのは誰だ!?」

「「「レイン!!」」」

「俺たちの鋭い爪と牙は誰のためにある!?」

「「「レイン!!」」」

「俺たちの命は誰のものだ!?」

「「「レイン、レイン、レイン!!」」」



 ジョシュが呼びかけると同年代の軽騎兵たちが声をそろえて呼応する。それはときの声のように砂丘の合間へ雄々しくこだました。



「わかったから、もうやめろって……」



 ジョシュは元気づけようとしているらしいが、レインにとっては気恥ずかしい。だが、傍迷惑はためいわくに感じながらも心のどこかで感謝する自分もいた。ジョシュやみんなの忠誠と貢献があって今がある。



──きっと、僕は父上のような『砂漠の狼王ウルデンガルム』にはなれない。でも、せめて……。



 レインは満足そうに微笑むジョシュや軽騎兵たちを見渡した。



──彼らにとって誇れる藩王になりたい。



 そう願わずにはいられない。誰かに期待されることがどれほど幸せなことか、レインは知っている。決意を新たにしていると急に周囲が慌ただしくなった。見張りに出ていた軽騎兵が転がりこんでくる。



「東より騎兵の一団がまっすぐこちらへ向かってきます!! その数、数十騎!!」

「何!? 旗の紋章は!?」

薄明はくめいにて紋章までは確認できませんでした!!」



 ジョシュが尋ねると軽騎兵は首を振る。間もなくして、もう一人の見張りが遠くで大声を上げた。



「紋章は『狼』!! 友軍です!!」 


──友軍? 急使か?



 レインとジョシュは怪訝けげんな表情で顔を見合わせた。ロイドとサリーシャの帰国は日取りが正確に決まっている。急使は異変を示していた。



──父上と母上に何かあったのか!?



 思う間もなく、騎兵の一団は馬脚をそろえて急接近してくる。運命を告げる急使は朝陽と共に東の果てからやってきた。

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