第12話 提案
秋山に必勝の神様を名乗るメールについての話をしたいが、この場で話すべきではないと自重する。
謎が解ける前であれば不思議だね、で済んだ話だが、円城寺さんによって謎が解かれた後となっては、秋山のお兄さんにとって不名誉な話になってしまう。
ほぼ初対面ということもあり、会話が散発気味になったところで、秋山が声をあげた。
「おっと、そろそろ帰らないと。
「それじゃあ、そろそろ解散しようか」
新垣さんが提案して僕も含めた皆が同意する。
残ったドリンクを飲み干してゴミ箱に捨て外に出た。
店に入る時点で日が落ちていたが、町の空気はすっかり夜の雰囲気になっている。
皆で駅に向かって歩き始めたので、俺は別れを告げた。
「あ、僕、こっちなので」
「電車じゃないんだ。じゃあね」
「じゃあ」
去りかけた秋山の背中に呼びかける。
「秋山。夜連絡していい?」
「ああ。十時ぐらいなら」
「オッケ。じゃあ」
大通りから細い道に入った。
「ねえ。二人、仲良しじゃん……」
新垣さんが秋山に話かけている声が急速に小さくなる。
車道と歩道が分離されていない細い道を家へと急いだ。
夜になったとはいえ東京は明るい。
あちこちの家から明かりがもれているし、街灯も一定の間隔で設置されていた。
それでも、周囲と比べれば薄暗い場所はある。
日が落ちたら出歩くなと母に怒られたのは何歳までだろう。
中学に入ったらもう言われなくなった気がする。
ただ、弟に対しては母は冗談めかしながらも早く帰るようにうるさい。
「瑛ちゃんは可愛いから危ないわよ」
家に帰ると、その瑛次が唇を尖らせていた。
「兄ちゃん。遅くなるなら連絡してよ」
どこかで読んだ連絡を寄越さない夫への妻の文句と同じ台詞を中学生が言うことに思わず笑ってしまう。
「あ、笑ってる。酷いなあ。母さんから連絡があって、今日は仕事で遅くなるから二人で食べてってさ。兄ちゃんの分もご飯炊いてあげたのに」
「ああ。すまん。これから気を付けるよ」
「まあ、いいや。それじゃ、さっさとお風呂入ってきなよ」
風呂に入り、レトルトカレーを食べて、『海底二万里』の続きを読み始める。
やはり冒険活劇ものはラストに向かって収斂していくので、どんどん物語に引きこまれていく。
母が帰ってきて時計を見ると十時を過ぎていた。
いいところなんだけどな。
まあ、秋山と約束しちゃったし、この件はこの件で早く伝えなきゃいけない。
パソコンでちょっとした作業をする。
母が風呂に入ったので、寝室に行ってアプリ経由で電話を掛けた。
スマートフォンから秋山ののんびりした声が聞こえる。
「やあ」
「ごめん。ちょっと遅くなった」
「それで、どうした。わざわざこんな時間に」
「早く話した方がいいと思って」
僕は例の必勝の神様を名乗るメールのからくりについて説明した。
ふんふん、と聞いていた秋山が感心した声を漏らす。
「結城ってすげえな。よくこんなこと思いついたと思うよ」
「いや。僕が解いたわけじゃない。知り合いに相談したんだ」
「そっか。それでさ、俺もその推理が正しいと思うけど、兄貴に話しても聞く耳持たないと思うんだよな。もう心酔してるって感じだから。とりあえず俺の小遣いは絶対に預けないけど」
「そうだよね。それじゃあ、放っておく?」
「まあ、兄貴はバイトもしているし、数万騙し取られたところでそれほど痛くもないと思うけどなあ」
「そこなんだけど、お兄さんてお金を出して情報を買ったら、そのレースに財産を全賭けしない?」
「ああ。するな。絶対にやりそう。性格的に彼女からも借金して賭けると思う。こりゃ、ヤバいな。間違いなく破局するわ。参ったな。兄貴の彼女さん、はっきり言って兄貴にはもったいないほどいい人なんだ。こんなことで別れたら兄貴絶対に荒れる。どうしよう。あまりやりたくないけど、親父にチクってみるか」
「それで効果ありそう?」
「うーん。正直、あまり効くとは思えないな」
「実は、思いとどまらせることができるかもしれない案があるんだけど」
「聞かせてくれよ」
「お兄さんは、競馬の結果が分かるということを信じているわけでしょ。そこを否定しても信じてもらえないと思うんだ。だから、より本当っぽい嘘を混ぜる必要があるんだって。具体的には八百長レースの片棒を担ぐと詐欺で逮捕するって警告してみたらどうかな」
「八百長?」
「そう。実は裏で関係者が手を握っていて、レースの結果があらかじめ決まってることにするんだ。それで金儲けをするってやつ。フィクションだと割とあるよね。競馬で八百長ってのも嘘くさいけど、あれだけ大金が動くんだし、関係者は馬券を買えないことになっているよね。騎手がレース当日にスマホを触ったというので処分されたこともあったし、実は八百長が存在するっていうほうが、僕がさっき説明した謎解きよりもお兄さんには飲み込みやすいと思う」
「そうかもな」
「それで、警察を騙って警告メールを送るんだ。今までは末端ということで見逃していたが、金銭のやり取りをするようなら一味と一緒に逮捕するって。引き返すなら今だぞ、メールをブロックして今後一切かかわるなって感じかな」
電話口で秋山は忍び笑いを漏らした。
「うん。それ、兄貴ビビりそう。実は外見に反してチキン野郎だから。でも、どうやって警察からメールを出すんだ? 結城の知り合いでもいるの?」
「ああ。メールアドレスも偽装するんだ。ちょっと待って」
スマホを肩と耳の間に挟み、僕は作成しておいたメールを秋山に向かってパソコンからメールを送る。
「今、メールが着信するからさ。見てみてよ」
しばらく沈黙があって、急に秋山の興奮した声が聞こえた。
「なんか警視庁刑事二課インサイダー犯罪対策班ってところからメールが来たぞ。中身見たらモノホンの警視庁のアドレスじゃないか。これどうなってるんだ?」
「メールって差出人に嘘が書けるんだ。パソコンのメールソフトならプロパティ開くと本当のアドレスが分かるんだけど、スマホだと表面上のものしか表示されないからね。余計に本物っぽく見えるんだ」
「こりゃすげえ。事前に聞いていた俺でも驚いたぐらいだから、兄貴ならイチコロだぜ」
「それじゃあ、送っていい?」
「もちろん。俺からも頼む。というか、結城にここまでしてもらっていいのか?」
「うん。この間、食べさせてもらったカレーのお礼ってことで。凄く美味しかった」
電話口から声が聞こえなくなる。
「もしもし?」
「ああ。聞こえてる。いや、俺、いま猛烈に感動しててさ。また今度遊びに来いよ。今度は泊りで。お袋に頼んでめっちゃカレー作ってもらうから。百杯でも二百杯でも好きなだけ食ってくれよ」
「それ、大変なのお母さんだろ。それに僕のこれだって、他人の受け売りだから」
「そうは言ってもさ。このメール作るのだって大変だっただろ? カレーはともかく、この恩は忘れねえわ。そうだ、その謎解きしたって人にもお礼がいいたい。誰なんだ?」
「ごめん。それを明かさない約束で解いてもらってるんだ」
「そっか。それじゃ仕方ないな。秘密の名探偵と助手ってわけだ。なんかカッコイイぜ」
「助手?」
声が裏返る。
「名探偵には必ず助手がいるだろう? ホームズにおけるワトソン、ポワロのヘイスティングとかさ」
「秋山って推理小説好きなの?」
「いや。親父のコレクションのドラマを半強制的に布教されてさ。結構面白い」
「そうなんだ。原作読むともっと面白いかも」
「そのうちにな。えーと、話を戻すけど、その名探偵にお礼するには結城に託せばいいんだな。じゃあ、今度まとめて何かお礼する」
「あ、僕の分はいいし、あの人には謎自体が報酬みたいなもんだから」
「そう言うなよ。じゃあ、兄貴のアドレス後で送るから、警告メールよろしく頼む」
「分かった。それじゃ、また明日」
「じゃあな」
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