第3話 初恋の続きを始めましょう
たいした距離のない下校路を、カナちゃんは私の歩幅に合わせてゆっくり歩いてくれる。
「乃愛、体調は大丈夫?」
「うん。来てくれてありがとうカナちゃん。でも、ビックリしたよ。急に彼女とか言い出すし。」
「ごめんね勝手に。嫌だった?」
「ううん。助かった。あーあ、私何で
「なら、探す必要はないじゃん。俺にしとこうよ。」
「冗談っ……」
冗談でしょ!
と笑い飛ばそうと顔を上げると、スッと目を細めたカナちゃんの表情が真剣そのもので、戸惑いと共に言葉を失ってしまった。
「嫌なの?」
「嫌って言うか、なんて言うか…言っておいてなんだけど、しばらく恋愛はいいよ。それにカナちゃん私の事好きじゃないでしょ?」
「心外だなぁ。俺はずっと昔から乃愛が好きだよ。」
カナちゃんの微笑みからは表情が読み取れない。
だけど、それは嘘だ。
「カナちゃ―――」
「もし、乃愛に好きな人が出来たなら、その時は潔く諦めるからさ、しばらく恋愛を休むって言うなら、その間だけでも、乃愛の隣を俺に頂戴よ。」
「何で?」
「だって、今を逃したら、二度と俺にはチャンスないでしょ? 乃愛の嫌がる事は絶対しないって約束する。恋人って気負わなくても、ただ、暇なときに一緒に出掛けたり、他愛ない話をしたりできたらそれでいいよ。ほら、昔みたいにさ。」
昔見たいに、か。
…もしもこれを断ってしまったら、昔みたいにカナちゃんと話せなくなってしまうんだろうか。
そんなつもりは無くても、変なわだかまりが残ってギスギスしてしまうかもしれない。
折角また会えたのに、それは嫌だなぁ。
「一応聞くけど、彼女とかいないよね?」
「もちろん。」
「アメリカに彼女残してきてたりとかも?」
「ないない。俺はずーっと、乃愛に一途だからね。」
「そう言われると、逆に胡散臭い。」
「何でさ、酷いなぁ。でも、それって良い方に迷ってくれてるって事だよね。じゃ、もう一押ししてみようかな。」
そう言って、カナちゃんは歩いている道のすぐ脇にあった公園を指さした。
狭い更地の隅っこに、塗装が剥げ、バックボードが割れ、網の取れたかつてバスケットゴールだった物が佇むだけの寂れた公園。
実は老朽化により近々撤去予定のバスケットゴールには使用禁止のテープが張られているんだけど、リング部分には辛うじてボールが入れられるので、一応まだ現役として稼働しちゃってたりする。
そんな公園内にさっさと入って行ったカナちゃんは、転がっていた空気のしぼんだボールをおもむろに手に取って振り返った。
「ありきたりだけどさ、3ポイントシュートが一回で決まったら、ごちゃごちゃ考えるのは止めて俺と付き合ってよ。」
カナちゃんの真剣な表情と言葉に胸にキュッと鈍い痛みが走る。
「わ、分かった…。」
「よっしゃ。言質取ったからね。」
勢いで了承してからふと思う。
あんなブヨブヨのボールがゴールに届くのかな?
そもそもカナちゃんバスケなんてしたことあるの?
仮に経験があったとしても、この挑戦は無謀過ぎはしないかい?
「カナちゃんまっ―――」
止めるより先に、カナちゃんの手からボールが離れた。
心もとない姿からは考えられない程美しい弧を描き飛んだボールは、吸い寄せられるようにリングに収まり、そしてボスッと鈍い音を立てて地面につぶれ堕ちる。
「しゃっ! 乃愛、入った!!」
「凄い! カナちゃん凄いよ!!!」
胸に熱いものが込み上げて、カナちゃんの元へ駆け寄りハグをする。
「ホント凄い! え、カナちゃんアメリカでバスケしてたの? 選手?」
「まさか。乃愛に良いとこ見せたかっただけだよ。でも、やっぱ現実は漫画とは違ってサマにならないね。」
「そんなことない! めっちゃカッコ良かった! 今までで見たどの3ポイントよりカッコ良かった。」
「そ? ならよかった。じゃ、これからよろしくね。彼女さん。」
「へ?」
ちゅっ。
と、頬でカナちゃんの唇が跳ねた。
まだ目の前で起きたシュートの興奮が冷めないでいた私の身体がさらに熱を持ち、顔がボンッと赤くなったのが自分でも分かる。あぁ、きっと耳まで茹でダコ状態だ。
「あはは。照れると耳まで真っ赤になるの、昔から変わってない。可愛い。」
「か・か・カナちゃん!? そ、その、そ、そういうのはまだ早いんじゃ…」
「そう? 嫌だった?」
「い、嫌じゃない。けど…」
そう、嫌なんかじゃない。
近すぎる距離感も、軽くしてくるハグも、キスだって。本当はこの状況が、戸惑いながらもやっぱり嬉しいのだ。
だって、そういう未来を妄想するくらいに、私はカナちゃんが好きだった。大好きだった。子どもながらに本気で恋してた。叶えたい初恋だった。
だけど、その恋は実らなかったんだ。
スーッと身体から熱が引いていく。なんて言ったらいいんだろう。言葉が出ない。
「ごめんごめん。ちょっと早まった。もうしない。するときは乃愛の許可をとるよ。あ、でも乃愛からならいつでも大歓迎だからね!」
気を使ってくれているのか、明るく振舞うカナちゃんに申し訳なくて俯いてしまった。
そんな私の目の先に、カナちゃんの左手が差し出される。
「じゃ、帰ろう。手は繋いでもいい?」
その手を無言で握り返す。
顔を上げるとカナちゃんが嬉しそうに満面に笑みを咲かせているから、何だか背筋がむず痒い感じがして、やっぱりすぐに目をそらしてしまった。
まだまだ明るい帰り道。
「仲のいい兄妹ね。」そんな風に言われながら、手を繋ぎ歩いた道。
今の私たちはどんな風に見えているんだろう? と思うと繋いだ手がゾワゾワと落ち着かない。意識してしまって話したい事も何も浮かばないし、困ったな。カナちゃんも何故か急に黙っちゃったし。どうしよう…
「あ!」
思い悩んでいると、和スイーツカフェの前で、カナちゃんが小さく声を上げて立ち止まった。
「あ、そうそう。ここね、一昨年出来たんだよ。一回行ったけど、すっごく美味しいの! カナちゃん抹茶スイーツ好きだったじゃん? だから、一緒に来れたらいいのになって思っ…。」
て、これじゃカナちゃんの事をずっと考えてたって言ってるようなものじゃない?
「ホント? じゃぁ、週末付き合ってよ。」
「うん。いいよ。」
良かった。カナちゃんは気にしてないみたい。
本当は、カナちゃんがアメリカに行ってしまってからずっと、何をするにもカナちゃんの面影を探してた。
「カナちゃんが居たらいいのに」「カナちゃんと来たかったな。」「カナちゃんだったらなんて言うだろう…」
そんな事を、秘密基地でいつも1人考えていた。
だけど、今は1人じゃない。望めば叶えられるのなら…
「カナちゃん。他にもね、カナちゃんと行きたいなって思う所が沢山あるんだ。今は、カナちゃんより私の方が町に詳しいから、案内してあげる! いっぱいデートしよっ。」
実らなかった初恋の続き、ここからもう一度頑張ってみようかな。
「デっ…マジで? いいの? …すっげぇ嬉しい。」
あれ? カナちゃんの頬が真っ赤だ。昨日からずっと、大人なカナちゃんのペースだったけど、照れるカナちゃん、何か可愛いな。
今はまだ、全部を信じられないけどさ、いつか、心から信じられるようになったら、その時はちゃんと言葉に出すから、今は心の中でだけ呟いておくね。
――― 大好きだよ、カナちゃん ―――
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