初恋の続き
細蟹姫
第1話 再会
私、
たった今、恋人と尊敬していた先輩を一度に失って傷心中の為、崩壊した思考回路を元に戻すべくフラフラと歩みを進めている最中である。
恋の相手は
入学当初に助けてもらって以降、目が離せない存在で、男子バスケ部のエースだった譲先輩に少しでも近づけたらって、私は女子バスケ部に入部した。
側に居られれば十分、キラキラと充実した日々を過ごしていたある日、まさか先輩から告白されるなんて…私に断るなんて選択肢は無かったな。
勉強を教えてもらったり、休日に出かけたり。夢の様な日々だった。
そんな譲先輩が、先程彼女だと紹介してきたのが
女バスの先輩で、切れ長美人。物言いが厳しい時もあるけれど、芯が強くてサバサバしていて、頼りになる都梨子先輩は、恋愛相談にも乗ってくれて、応援するよって譲先輩の好みとかを教えてくれたりもした。
私と譲先輩が付き合い始めた時、誰よりも喜んでくれたのに、いったいどうしてこんな事になったのか。
「俺、都梨子と付き合う事にしたから。」
「そういう事だから。残念だけど譲の事は諦めてね乃愛ちゃん。」
そう言って、見せつける様にキスをして嘲笑を浮かべ立ち去って行った2人。
あれは本当に、私の知っている先輩だったのだろうか?
考えれば考える程、悪い夢を見ていたんじゃないだろうかと思えて来る。
いや、もしかしたら、私が譲先輩と付き合っていたのが夢だったのかも。
ぐるぐると回る思考回路に眩暈の様な気持ち悪さを覚えながら、やっとこさたどり着いたのは私だけの秘密基地。
なんて言ったら聞こえはいいけれど、実際は近所にある自然公園の一角なんだよね。
木々が生い茂る森林ゾーンにある、子ども一人が通れるくらいの小さな空間。その先にある道なき道を進むと、狭いながらも自然公園を一望できる景観の良い場所に出るの。
一緒に見つけ「2人だけの秘密ね!」なんて指切りした幼馴染は、遠くへ引っ越してしまったけれど、他の誰かに言う気にもなれず、私は律義に1人、この場所を守っている。
「ん…?」
秘密基地の入り口まで来て、違和感に首をひねった。
いつもは生え放題の雑草が、踏み倒されていたからだ。
「待って…待って待って…」
動揺に注ぐ動揺。
お願いだからこれ以上、私の思考回路をぐちゃぐちゃにしないで欲しい。
神様、まさかあなたは私から、唯一の憩いの場すら奪おうというのですか!?
お願いだから、違うと言って。気のせいだと…
祈る思いで歩度を早め、秘密基地へと急ぐ。
大丈夫。秘密基地を見つけて早5年、一度だって人を見かけたことが無いんだもの。
きっと昨夜降った雨で草が倒れているだけよ。
誰も居るはずがない。ただ、いつも通りの景色が、私のちっぽけな悩みを広く受け入れてくれるだ…け…
バサッ
視界が開け、自然公園を一望できる場所へたどり着く。
見慣れた景色の中に、見慣れない人影が一つ。
「あ……」
あぁ神様、私が一体、何をしたって言うんですか?
どうして私だけがこんな思いをしなくちゃいけないんですか?
その瞬間、辛うじて張られていた細い糸がプチンと切れ、私の身体は崩れ落ちた。
湿った雑草に触れた手にポタポタ落ちる雫。
生暖かい…。
どうやら私は泣いているみたい。だけどそんな事ももうどうでも良くて、呆然と手の甲を湿らす。
「大丈夫か?」
どれだけ時間が経ったのか、きっと大した時間でも無い一瞬の出来事だったのだろうけれど、鈍い頭痛と疲労感を抱えて顔を上げる。
高校生くらいだろうか? 背丈の高い、見たことも無い男の人が私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
全体的に整った顔。私よりよっぽど色白でくっきりした二重の目。中世的な顔立ち。
まるで漫画の王子様みたいな人だわ。
譲先輩は学校で上位3位に入るイケメンだったけど、それすら霞むカッコ良さ。
って、
「あ、大丈夫です。」
「いや、どう見ても大丈夫じゃないでしょ。 取り合えずほら、手を貸かして。そこじゃ制服が汚れちゃうよ。」
差し出された大きめの手に宿った優しさの様なものに、涙が再び溢れて私の肩が震えると、彼は手を取れなかった私の気持ちに添うようにそっと私の濡れた手を取って、立ち上がらせてくれた。
「ほら、こっちおいで。」
柔らかい口調に似合わない力強い手に引かれ、日なたへと
視界に広がる、何もかもが小さく見える自然の風景。
広大に見えて公園のたった一部分でしかないという事が、世界の広さを教えてくれている。
そして同時に、自分の視野がいかに狭いかって事も。
そうだった。私はこれを見に来たんだった。
「涙は止まったみたいだね。」
斜め上から私の顔を覗き込む、逆光を受けて影を持った顔があまりに美しくて、息を飲むほどに見惚れてしまった。
「乃愛?」
「あ、なんかすみません。」
素敵な人に不意に名前まで呼ばれ、ますます動揺して私は顔をそらした。
って、ん?
なんでこの人私の名前知ってるの?
「何があったかは知らないけど、これでも飲んで落ち着きなよね。」
続いて差し出されたのは、町の外れにある、今はもう廃墟と化したタバコ屋の横で辛うじて稼働している自販機にだけ売っている、謎の飲み物。
私の大好きな生ハムメロン味のゼリージュース!
「好きだったよね? それとも、ついに自分の味覚の可笑しさに気づいちゃった?」
「失礼ですね。そのジュースはちゃんと美味しいですよ。」
このジュース買うのには、ここから30分は自転車を走らせなくちゃいけない。
本当になんでこの人、私の好物まで熟知して、用意してるんだろう?
怖い。もしかして、ストーカーとかの類かな?
人間は顔じゃないって言うけど、イケメンって性格に難有りの人しか存在しないのかも…
「知らない人から食べ物なんて貰えません。それがイケメンなら尚更です。」
「知らない人? あ、もしかして乃愛、俺が誰か分かってない? 俺、
「あいばら…え、カナちゃん!?」
その名前に思い出が蘇る。
相原奏恵ことカナちゃんは隣の家に住んでいた5つ年上のお兄ちゃん。
父子家庭だったカナちゃんは我が家に預けられることが多くて、本当に兄妹の様によく遊び、困っていれば助けてくれた。勉強もできるし、面白い遊びを提案してくれて、大好きな頼れる、私の初恋の相手だった。
だから、お父さんの仕事の都合でアメリカに行くってなった時は大号泣したなぁ。
頑張って書いたお手紙の返事が来るのを毎日待って、だけどある時から待てど暮らせど返事は来なくてまた号泣して…もう数年音信不通状態だったのに。
「本当の本当にカナちゃん?」
「うん。あ、ほら免許証。ここに名前あるでしょ。」
提示された免許証には、確かに名前の所にAIBARA KANAME と刻まれている。
海外の免許証は、顔写真が犯罪者みたいって本当なんだ。
「来月からこっちの大学に行くんだ。また隣の家に住むし、先月一時帰国した時にはおばさんにも挨拶したんだけど、聞いてない?」
「全く聞いてない!」
これはお母さん、わざと内緒にしていたな…。
後できっちり問い詰めよう。
「って事でホラ、このジュースは安心して飲みたまえ。っていうか、そんなん飲むのは乃愛しかいないだろうによく生き残ってたよね。まさかまだ売ってるとは思わなかったよ。」
紙パックのジュースを強制的に私の手の中に納めると、ポケットから取り出した缶コーヒーのプルタブをポコッと鳴らし、カナちゃんはコーヒーに口を付ける。
一切気取っていないのに、何気ない仕草すらも絵になるカッコよさに、ちょっと戸惑ってしまった。
麦茶に砂糖を入れて飲んでいたカナちゃんは、いつからブラックコーヒーなんか飲むようになったんだろう。
掛けていた眼鏡、いつからコンタクトにしたんだろう。
寝癖を直す程度だった髪、ちゃんとセットしてるし…
そこには、
「乃愛?」
「何? カナ…相原さん。」
「え!? 何で急に心のシャッター閉められた!?」
「だって、別人みたいになっちゃったし、「ちゃん」なんて失礼かなって。」
「カナちゃんでいいよー。乃愛にそう呼ばれるのは嫌じゃないし。それより、何があったの?」
「何って?」
「何で泣いてたのさ?」
「あー…ちょっと、大したことじゃないんだけど。」
この場所が誰かに取られそうになったからなんて、子どもっぽい理由、恥ずかしくて言えない。そもそも公園は公共施設だしね。
というか、違うか。事の発端は譲先輩か。
感情が忙しく動き過ぎて、自分でも何が何だか分からないわ。
「あれだけ号泣しといて?」
「うん、まぁ、そうなんだけど…なんて言うか、ちょっとした失恋的な? でも、カナちゃんに会えたことで全部吹っ飛んだ。」
「失恋ねぇ? 乃愛も恋とかするようになったんだ。そりゃ、ますます話聞かないとだね。」
「へ?」
背後に回ったカナちゃんが私に触れた瞬間、ストン。と、視界が低くなった。
どうやら私は膝カックンされ、そのまま尻もちをついたらしい。ただし、痛く無いのは着地したのがカナちゃんの膝の上だから。なんか一瞬抱きかかえられたような気もしたけれど、理解が追い付いてなさすぎる。
「覚えてる? 昔よくこうやって話したの。」
覚えてる。友達と喧嘩した時も、お母さんに怒られた時も…嫌な事があるといつもここに来てカナちゃんに話を聞いてもらってた。
顔を見ると話しづらいだろうって、カナちゃんはいつも私を膝にのせて、背面から頭を撫でて慰めてくれたっけ。
「さぁ、話してごらんよ。」
小さい頃は、こうして包まれることに安心した。それだけで大丈夫だって思えた。今思い出したって可愛くていい思い出よ。
でも、耳元で聞こえる重低音。さりげなく腰に回された腕に無骨に浮く血管。
あのころとは状況が違うんだよカナちゃんっ!!!
「乃愛ちゃんの元カレってイケメンだったの?」
「ソウデスネ。タブン、イッパンテキニハ…」
「へぇ。付き合ってたんだ。ソイツと。」
「アー、ドウナンデショウ…ナンカ、ヨクワカラナクテ…」
「分からないってどういう事?」
「ダカラソレハ…」
カナちゃんが喋る度に、耳に息が掛かって変に意識しちゃって、気が気じゃない!
心のざわめきが大きすぎて会話どころじゃないし、気づいた頃には根掘り葉掘り聞かれた質問に、一から十まで丁寧に答え終わっていたわ。
どうしてこんなことに…
だけどね、最後に「乃愛は何も悪くないよ」って頭を撫でてくれるカナちゃんの手の優しさに、小さい頃の思い出が蘇り、心がホカホカと温かくなるのを感じたわ。
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