異世界で"皇子"の身代わり始めました。あれ? 身代わりだよね?

みこと。

はじまりの真珠竜(1)

「あ゛っぢぃ~~……」


 夏。


 うだるような午後。

 下校中、あまりの暑さに声がこぼれた。


「あたり一面、プールにでもならないかな……」


 全身で、水を感じたい。

 照り返すアスファルトが恨めしい。


 夕方手前の気温は、今日一日分の熱をため込んでる。いま、最高潮なのでは。


(帰ったら、きっと部屋はサウナだ)


 ダボつく半袖をまくり上げながら、僕はうんざりした。


 成長見込みで大きめサイズを買ったけど、やっぱりちょっと大きすぎた。ハーフリーブスといえばかっこよいけど、ひたすら邪魔で暑いだけ。

 中三になる頃には背も伸びて、この夏服もぴったりになってるはずだけど。


(この春入学したばっかだもんな。これからだ、これから)


 胸元には"不破"と書かれた真新しい名札が、夏の日差しを弾いて白く光った。


 これで名前が"りん"なもんだから、中学でのあだ名も"ふわりん"になってしまった。


 そもそも同小の友達が"ふわりん、ふわりん"呼んでいる。あだ名も何も、フルネームだ。


 反して、僕の目元はわりと鋭い方だから、あだ名とのギャップに文句言われたりするんだけど、それ、僕のせいじゃないし。

 にしても。


(暑いが過ぎる~~。図書館寄って涼む? でも、もうすぐ母さんも帰ってくるだろうし、そしたら部屋は冷やしておいてあげたいしな……)


 締めきっているアパートの二階は、屋根の真下。

 日当たり良すぎる窓のおかげで、今ごろ灼熱地獄と化してるに違いない。

 母ひとり、子ひとりで、母さんがずっと働きに出てくれている。

 エアコン代は極力削りたいけど、帰宅は気持ち良く迎えてあげたい。


 そんなことを考えながら、公園を突っ切ろうと道をそれた。

 小さいながらに木々が並ぶ公園は、木陰もあって少し涼しい気になれる。


(ボトルも空だから、ついでに水足すか)


 そう思って、水場を見た時だった。


「?!」


 しゅっ、と、軌跡を残して、白いものが走った。


(えっ、何? 今の)


 猫、にしてはつややかなボディをしていた、と思う。


 それは水栓柱─水飲み場の蛇口つき石─の裏へ隠れるように、身を滑り込ませた。一瞬だったけど、でも確かに見た。


(えっえっ? おっきなトカゲ?)


 完全に引き寄せられて、影をのぞき込むと。

 仔猫サイズの真珠色のトカゲと、目が合った。

 しかも頭に二本の突起がある!


(えぇぇぇ? 新種のトカゲ? 逃げたペット?)


 新種ならニュースになるかもだし、ペットなら探してる人がいるかも!!


「ど、動画」


 あわてて後ろポケットからスマホを取り出し、もどかしく起動していると、トカゲが逃げ出した。


「あっ、待っ」


 通学鞄を脇に挟んで、雑木林に向かうトカゲを追いかける。

 思わず伸ばした指先を、振り返ったトカゲが噛んだ。


「っ!!」


 ほんの一瞬、痛みを感じた。だけなのに。


 くらりと身体がよろめいた。


(えっ??)


 踏ん張りは効かなかった。

 つんのめったまま傾いた顔が、地面に激突しそうになり、思わず目を瞑る。


 衝撃がない。


 代わりに、重力から解放されたような浮遊感を覚える。

 エレベーターで感じる感覚。


 なぜ? と思う間もなく、直後、したたかに身体を打ちつけた。


(っつ~~!!)


 時間差で、結局転んだ。

 そう認識しながら目を開けて、次いで思考が停止した。


「へ……? どこ、ここ?」


 座り込んでいた僕の周りには、石壁がそびえていた。



 前後左右すべて積み上げた石。それは円型で、見上げた先には空が広がっている。


「いやいやいやいや。──え?」


 起きてるのに、夢を見た?

 つまり僕はいま、寝てる?


 手に感じるのは、黒く湿った土。


「い、ど?」


 ふいに脳裏に浮かんだ答えはしっくり来たけど、どうして自分が井戸らしき丸い穴の底にいるのか、さっぱりわからない。公園だったはずなのに。

 追いかけたトカゲは、どこにもいなかった。


 そして井戸だとしても、水がない。釣瓶や縄もない。

 涸れ井戸として、長く打ち捨てられている場所かも知れない。


「くっ」


 どうにか座れるくらいの狭いスペース。


 でも、逆に幸いだ。

 これなら壁に背を預けつつ、手や足をかけて登ることが出来そう。


(鞄を持ってだと難しいかもだけど──)


 足元を探して、ショックを受けた。


 鞄とスマホ、どこだ?!


「嘘だろ──っっ」


 咄嗟に確認したポケットに残っていたのは、財布とハンカチ。

 あとは夏の白シャツに黒のスラックス、運動靴スニーカー。着のみ着のまま、以上!


(えええ、何これぇ……)


 ちょっ、早く目覚めて欲しい。


 もしかして授業中だった?

 うたた寝しちゃって、実はまだ教室の机に突っ伏してるとか?


 そんな推測をしながら、まずは地上に出ようと全身を使ってよじ登る。



 地表に近づいてくると、耳に届く外の音が騒がしい。


(休み時間?)


 それなら寝てても怒られないけど──。




 ようやく出口というところで、ぐいと襟元を引き上げられた。


「あ、ありが……」

「ここにもひとり、隠れていたぞ!!」

「えっ」


 お礼を言おうと開いた口のまま、勢いよく引き出され、乱暴に放り投げられる。


「痛ッ」


「ほら、立て!! 捕虜・・は中央に集めよとの仰せだ」


「ほ、捕虜?!」


 乱暴な声と穏やかでない単語に、改めて相手と周りの様子を目にとめて、息を飲む。


(何ここ──)


 土煙や燻ぶる火。


 騒然と入り乱れる人々は、時代めいた異国風の服を着ている。

 僕を引き上げた男も、見知らぬ装束の上に鎧兜で、ゲームやアニメで見る、兵士といった出で立ちだ。


 場を囲んで立つ壁は高く、"城壁の内側"といった形容がぴったりの場所。


(どうなってんの? 日本じゃない!)


「さっさと歩け!!」


 混乱していると、重量感のある本物そっくりの槍でせっつかれ、従いつつも更に見回す。


 雰囲気が、戦国時代の中華っぽい、と感じた。

 物語で見る落城シーンなら、こんな感じ?


 けれども中国人なら黒髪黒目。

 僕を追い立ててくる"兵"は、荒々しい外見と体格に加え、真っ赤な髪をしている。目に至っては黄色だ。

 周りで荒々しく歩いている、同じような格好の"兵士"たちも、全員赤い髪。


(やっぱり夢?)


 でもこんな夢、嫌だ。早く起きたい。


(起きろっ、起きろっっ!!)


 必死で目を覚まそうとしてる間に、中央広場らしい場所で、一か所に集められた人の輪に連れてこられた。


(黒髪黒目だ!!)


 集められた人たち、おそらくこれが落城なら、攻められた城の中に居た人たちの髪は、黒だった。

 見慣れた色にホッとしつつも、戦慄する。


 つまり僕は、征服された側に間違われているということ。


(無関係だって、説明しないと)


 いつ覚める夢かわからないけど、酷い目に遭わされるのは避けたい。

 でもこの大きな圧の中で「違う」と唱えたら、途端に殴られそうな予感がする。僕を連れて来た赤髪の兵は、すっごく凶暴そうだ。


 捕らえられた人々に混ぜて押し込められた僕を、近くの目が、奇異なものを見るように見てくる。


(ですよね……)


 僕だけ、服がすんごい異質だ。


 周りの人たちは、着物によく似た前合わせの衣で身を包んでいる。

 足元はズボンだったり、スカートっぽく広がっていたり、和服とは違うけど、総じて同じようなデザイン。


 質の良し悪し、装飾の差こそあれ、ボタン留めのワイシャツ姿なんて、ただの一人もいない。

 共通なのは、黒い髪と黒い目だけ。


(おぉう……。これが、針のムシロっ)


 文字通り肩身狭く小さくなっていると、ふいに、柔らかな体温が当たった。


「!」


 見ると、同じ年くらいの女の子が、他の人に押されたのか、僕のすぐ横に密着してる。


(か、可愛い──)



 こんな時に何を。ううん、こんな時だからこそ?


 つい見惚れてしまうのは、得も言われぬ緊張の中で、ひとときの安らぎを感じたからだ。


 艶やかな黒髪が縁取るのは、形の良い小さな顔に、白い肌。大きな瞳は伏せられて、長いまつげが影を落としている。その憂いを帯びた表情に反し、引き結んだ唇は、愛らしく健康的な朱色に濡れている。


 文句なしの美少女だった。


 "お仕着せ"らしい目立たない色の衣は、似たものをチラホラ見かけることから、ファンタジーや時代劇風に言う、"侍女"や"召使い"かも知れない。


(わ……)


 ドキドキしてしまって、目をそらす。

 至近距離の呼吸が、耳に当たってこそばゆく、別の焦りが生まれそうだと感じた時。


 大音声が、響き渡った。



コウ国の民よ! お前たちの砦は落ちた! 速やかに我らセキ国に従えば、命まではとらん!!」


 いつの間にか広場中央に、指揮官らしい立派な鎧の武将が立ち、呼ばわっている。

 代表格の男の隣にも、何人か並び立ち、無駄に威圧感を増していた。


「この砦に皇子がいることは分かっている。速やかに名乗り出るか、または、差し出せ」


 ざわめきが大きくなると同時に、傍らの女の子が、きゅっと固く身をこわばらせた。


(う、うん、怖いよね? でも、砦とか皇子とか、ファンタジーみたいだ)


 何となくの状況しか、わからない。


 今聞いた言葉から察するに、赤い髪の武装集団が、赫国。


 ここは砦で、攻められて陥落した。

 黒髪の人々がおそらく皓国で、砦にはその皓国の皇子がいた。


 敵は、皓国の皇子を炙り出したい。


 王道物語のテンプレ知識を混ぜて解釈すると、そんなとこだろうか。


(ふしぎの国のアリスで、トトロで、ファンタジーだ……)


 このごった煮具合、夢だ。ほんと、夢。


 むせ返るような臭いがリアルだけど、だって公園にいただけでこんな騒乱に巻き込まれるなんて、有り得ない。

 知らない国の言葉が分かる時点で、もうおかしい。


 しかし夢とはいえ、迫力が本物過ぎて怖い。

 皇子とやらは、さっさと名乗り出て欲しい。


 黒髪の中から、それらしい立候補者が出ないまま、赫国の将軍(仮)カッコカリが次の言葉を発した。

 名前不明。"カッコカリ"と呼んでやる。


 僕の不届きな心の声が聞こえたわけでもないだろうに、"カッコカリ"が声を張り上げた。


「十代前半の子どもを、引っぱり出して並べろ!」


(マジか!!)


 よりにもよって皇子は十代らしい。僕は十三。下手したら疑われる!


(ん?)


 急に、後ろポケットに重みを感じた。

 それが何か確認しようと半身をひねろうとした時、「こいつもそうだ!」と分け入っていた敵兵に、立たされた。 


 その途端にポロリと、ポケットから、何かが落ちる。


(スマホ?)


 違う。スマホはさっき失くした。


 代わりに落ちたのは、見たことない丸い固形の何か。

 乳白色混ざりの緑のそれは、石の細工のようで平たく、文様が刻まれている。


 何だろうと疑問を抱くより先に、相手の兵が拾い上げて掲げた。


「竜の佩玉です!」


「そいつが皇子だ、連れて来い」


(えええええ、待ってぇぇぇ!! ハイギョクって何──!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る