第22話 記念式典1

アイリスがレナードに月の加護の魔法をかけた翌日、彼は、ルカスとアイリスを同乗させて馬車で王都の中心にある大聖堂へと向かっていた。


呪いを受けてからは、いつ眠ってしまうかも分からぬ危険ゆえに、人前に出る職務は極力避けてきたのだが、今回のこの記念式典で祝辞を述べる役目だけは、どうしても避けられなかったのだ。


「前回呪いで眠ってから五日は経っている。無事に終わってくれるといいんだが……」

窓の外を眺めながら、レナードは不安そうにそう呟いた。

「眠る周期ってあるのですか?」

「いや、不規則だった。だけれども早い時だと前の眠りから目を覚まして二日後に再び眠った事もあったから、今連続して五日間も何もないのは大分長い方だね。コレはもしかしたら君の魔力のお陰なのかもしれないな。」

「そう……なんでしょうか……?」

「うん。私はそうじゃ無いかと思っているよ。アイリス嬢の魔法は凄いね。本当に感謝しているよ。」

「そんな、私は自分に出来ることをしてるだけですわ。」

余りにもレナードがキラキラした笑顔で見つめるので、アイリスは慌てて謙遜し、謙虚に振る舞った。

月の魔力にそこまでの万能性は無いので、レナードの寄せる期待に少し困ったのだ。

けれども、彼が物凄く月の魔法を信じているようだったので、それについては口に出さずにアイリスは微笑みながら話題を変えて誤魔化した。


「しかし……大勢の人の前で挨拶をしないといけないというのは厄介ですね……」

「仕方がないさ。これも務めだからね。それに、第二皇子派が出席してるのに、私が欠席する訳にはいかないんだ。」


後ろ盾が少ないレナードは、第二王子派に遅れをとる事が許されなかった。なので、呪いによっていつ眠ってしまうか分からない危険な状態であっても、この式典を欠席することは出来なかったのだ。


「まぁ、こうして無理して出席して、祝典の最中に倒れてしまったら、元も子もないんだけどね。……そうならない事を祈っていてくれないか。」

そう言って笑ってはみせるけども、レナードはどこか不安そうだった。


「分かりました。殿下が無事に祝辞を述べられる事を魔力を込めてお祈りさせて下さい。……これも気休めですが。」

「それは、昨夜のような魔法の類?」

「えぇ。昼間にかけられるおまじないです。」

「そうか。では、お願いするよ。」

レナードから同意を取るとアイリスはルカスの方をチラリと見た。昨夜と同じように先ずは彼に魔法をかけないといけないかと思い、彼の様子を伺ったのだが、

ルカスはアイリスと目が合うと、黙ったまま縦に頷いたのだった。


ルカスは、昨夜のアイリスの魔法を見て彼女の魔法を信用したので、アイリスのやろうとしていることに、何も口を出さずに承認したのだ。


「それでは殿下、私の隣に来られますか?」

ルカスから容認されるとアイリスはレナードを自分の横へ座るようにと誘導した。

そしてアイリスは隣に来たレナードの手を握りしめると、彼の胸の前まで持ち上げて、瞳を閉じて祈ったのだった。


(波風立たず、どうか穏やかな一日となりますように。)


発声自体は古語だった為、昨日と同様にアイリスの言葉の意味をレナードは理解出来なかったし、その効果も実感していないが、それでも、自分の事を彼女が本当に心配してくれているということだけは確かに感じとれた。


アイリスから握られた手は温かくて、その温かさにレナードは、勇気を貰い安心感を覚えたのだ。

だからレナードは息をすぅーっと吸い込んで気持ちを整えると、真っ直ぐにアイリスの目を見てお礼と決意の言葉を口にしたのだった。


「有難うアイリス嬢。これで何とか乗り切れそうだ。」


目に見えぬ脅威に怯えず、何物にも負けず、自分は自分の職務を全うしようと、アイリスからの気遣いによって、レナードは強い気持ちを取り戻したのであった。

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