第12話 幻月祭の思い出(レナード視点)

 アイリスとの話し合いを終えて彼女を下がらせると、レナードはソファに深く座り直して、ふぅ、と小さく息を吐いて気持ちを落ち着かせた。


(まさか、あの時見た彼女と、こんな形で関わる事になるとはね……)


 彼は一年前のことを思い出していたのだ。


 一年前のあの日にサーフェス領を訪れたのは、幻月祭というあの領地最大のお祭りが開催される日だったから。

 そんな時でもないと、人の出入りが少ないサーフェス領では、他所からの来訪は目立ってしまって、市井に紛れてお忍びという形で視察する事が出来なかったのだ。


 ただそれだけの理由で、レナードは偶然にも一年前の幻月祭の日にサーフェス領へ視察に訪れていたのだった。



◇◇◇



 王都から馬車に揺られて約半日。長い森を抜けて窓の外の景色は、田畑や住居などの人が暮らす風景に移り変わっていた。


「殿下、もう直ぐサーフェス領に到着いたします。少し寒いので、外に出る時はこちらをお使いください。」


 レナードはぼんやりと窓の外を眺めていたが、不意に横から声がかけられたのでそちらの方を向くと、馬車に同乗しているルカスが、外との温度差を気にして外套をレナードに差し出したのだった。


「殿下じゃない、レンだ。お忍びなんだ、気をつけてくれよ。」

「承知しました。以後気をつけます。」


 レナードは、外套を受け取りながらルカスにそう釘を刺した。今日は王太子ではなく、ただのレンという名の商家の息子なのだ。


 そう言う設定で、側近であるルカスと第一護衛であるカーリクス、それから更に数人の護衛を連れてこの国の西の端に位置するサーフェス領に視察にやってきたのだった。


(サーフェス領……。確か陳述書を貰っていたな……)


 レナードは陳述書の内容を思い出しながら、馬車の中から領地の様子を伺った。


(道は綺麗に舗装されているし、田畑も整備されていて、荒れ果てた土地があるわけでもない。住民の生活はそこまで悪くないよう思えるが……)


 人々の暮らしぶりは悪くないように思えたが、この土地にはなんだか閑散としてもの寂しい印象を受けたのだった。

 しかし、これがこの領地の日常なのか、それともお祭りで人が中央に集中してるからなのかは判断が難しかった。




 街の中心に近づきこれ以上は馬車で侵入出来ないところまで来たので、レナードは友人と祭りを楽しんでいるように擬態する為に歳の近いルカスとカーリクスのみをお供につけて馬車を降りて歩き出した。


「道中、殆ど人に会わなかったけど、流石にここには人がいっぱい居るね。」

「えぇ。ですが、このうちサーフェス領の住民は何割くらいなんでしょうかね。」


 祭りのメイン会場である中央広場には、馬車の中から見た物寂しい田園風景が嘘のように思えるくらい、多くの人が集まっていた。どうやら近隣の領地からも観光客が多く来ているようだった。


「目立たないようにと、祭りの日を選んだけども、失敗だったかなぁ……」


 そんな風にボヤいて、レナードは苦笑した。これでは普段のサーフェス領の様子が分からないのだ。


 サーフェス領からレナード宛に届いていた陳述には、


“人口の流出が止まらず、領地は年々寂れて行っている。特に王都に出て行く若者が多いので、これ以上の流出を食い止めるには、サーフェス領と王都とを結ぶ直通馬車を開通出来ないだろうか”


と言った内容が書かれていたのだが、今居るこの中央広場は沢山の人で埋め尽くされてとても賑やかなので、一見すると陳述のような人口の流出は起こっていないのではないかと錯覚してしまう。


 けれども、レナードは人々をよく観察して、ある事に気づいたのだった。


(確かに若者が少ないな……)


 広場に集った人の中で、サーフェス領の民族衣装を身に付けた領民を注視して見ると、二十代、三十代といった働き盛りの年代の人の姿が少なかったのだ。


(ここもやはり、他の地域と一緒か……)


 レナードは、サーフェス領の他にも事前にいくつか領地を視察に回っていたが、どこも地方領地は若者が仕事を求めて王都へと流れて、過疎化が進んでいたのだった。


 地方分権を目指すレナードは、人材の王都一極化の風潮をなんとか変えたいと色々と動いてはいるのだが、あまり効果を上げれていないなと、痛感せざるを得なかった。


 そして中々成果を挙げられていない自身の未熟さに気落ちし、レナードは自身の至らなさを噛み締めながら顔を下に俯けた。


 その時だった。


 一際大きな歓声が起こったので、顔を上げて皆が見ている視線の先に目を向けた。すると中央の櫓で、三人の少女が舞を踊り始めたのだった。


 レナードはその中の一人に、一瞬で目を奪われてしまった。


 遠くからなので顔は見えないが、月明かりの下で、銀髪を揺らしながら美しい所作で舞う姿から目を離す事が出来なかったのだ。


「流石アイリス様。本物の月の女神のようだ。」

「失礼。アイリス様というのは、あの櫓の上の銀髪の少女のことでしょうか?」


 横にいた老女がそう呟いたので、レナードは思わず彼女に訊ねてしまった。何故だかあの少女の名前を知りたいと思ったからだ。


「あら、あなた他所の人なのね。えぇ、そうよ。領主様の娘のアイリス様よ。可愛らしくて素敵な方なのよ。月の魔力も受け継いでいらっしゃるって言うし、本当に月の女神の生まれ変わりだったりしてね。」


 そう言って老婆は誇らしげに教えてくれた。アイリスは気立が良くて、民の暮らしを常に気にかけてくれる本当に素晴らしい娘なのだと。


 レナードはそのまま暫く、中央で踊るアイリスの姿を見つめた。彼女には何か不思議な魅力があったのだ。


 彼女の舞う姿が心に焼き付いて、まるで吸い寄せられるかのように、彼女から目を離せなかった。



◆◆◆



 あの時の事を思い出しながら、レナードはソファに深く腰をかけて目を瞑った。

 今でも、目を閉じればあの夜のアイリスの踊りを思い出すことが出来るのだ。


 それ程までに、強く印象に残っている彼女と呪いによってこのような形で深く関わる事になるとは、なんと運命とは皮肉なものだと、そう思わずにはいられなかった。


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