第10話 VS放浪騎士②

「ルカ!」


 放浪騎士が風化した大剣で、ルカを突き刺す刹那。ティアがルカの近くへ行き、ルカを蹴り飛ばした。

 それにより、間一髪のところで風化した大剣はルカでは無く地面に突き刺さった。


 蹴り飛ばされたルカは、力無くゴロゴロと灰の積もった地面を転がった。意識を失っているようで、ピクリとも動かない。悲痛な叫び声や、喘ぎ声さえも聞こえない。完全に気を失っている。


 ──────出血多量でルカを死なせるか、二人して死ぬか…………。いや、何弱気になっている。助ける。その為に…………。


 ティアはクレイモアを握り直し、近くにいる放浪騎士を見る。


「お前を殺さなきゃならない」


 ティアはクレイモアを振って、放浪騎士を攻撃した。

 放浪騎士は風化した大剣を引き抜き、後退した。後退した放浪騎士は、地面を蹴ってティアへ向かった。


 ガチンッと大剣とクレイモアが衝突する。直ぐに互いの剣を離し、再び交わらせる。二人の剣戟は、火花を散らしながら繰り出された。

 素早く、鋭く、重い一撃が何度も何度も繰り出され、ティアと放浪騎士は互いに切り傷を増やしていく。

 何度も繰り返される剣戟を終了させたのは、放浪騎士であった。放浪騎士は風化した大剣を突き出した。


「ッ!」


 今までに無い動きに、ティアは数秒反応が遅れた。しかし、たった数秒の遅れは高速戦闘時では致命的だ。


「あぐッ!?」


 それを証明するように、ティアの左側腹部に風化した大剣が刺さり抉れた。

 血が溢れ、地面を汚す。

 数歩後退ったティアに、放浪騎士は腹部を蹴って追い討ちを掛けた。


「あがァ!」


 ティアは腹部を抑えて、くの字に曲がって膝から崩れ落ちた。

 ティアは顔を上げてた。

 刹那、放浪騎士は足を前に移動させてティアの顎を蹴り上げた。


「うぐっ!」


 ティアは仰け反るように身体が持ち上がる。

 つかさず放浪騎士が、ティアの首を掴み上げた。


「くっ!は、離せッ!」


 ティアは放浪騎士の腕を殴ったり、脚をバタつかせたりする。しかし放浪騎士の腕はビクともしない。


「うぐっ!?あがぁ!」


 首を握り締める力が強くなる。

 呼吸がしにくくなり、辛く苦しくなる。

 ティアは更に激しく、脚をバタつかせる。


「あがッ…………あぁ…………ぁ…………」


 ティアの意識が遠のく。右手に持ったクレイモアを離し、灰の積もった地面に落とした。仮面で顔は隠れているが、口元からは唾液が垂れていた。


 ───────ヤバい………意識…………が…………。


 脳に酸素が行かなくなり、意識が朦朧とする中右手で腰を漁った。

 何か、何か良いのは無いのかと漁る。

 ティアの右手に何かが引っ掛かった。


 ─────こ、これは…………小刀ナイフか?


 意識が朦朧してそれが本当に小刀なのかどうか、今のティアでは判別出来ない。

 だが、このまま何もしなければ殺されるだけ。

 生きなければならない。生きて、自分の存在価値を見つけなければならない。


「あがッ………あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッ!」


 ティアは右手に引っ掛かる物を握り、放浪騎士の首に刺した。


「Graaa!?」

「ゲホゲホッ!」


 放浪騎士はティアを離した。彼に痛覚があるのか分からないが、数歩後退した。

 離されたティアは灰の積もった地面に落下し、四つん這いになって咳をする。


 ティアは首元を抑えながら、よろよろと立ち上がった。視線を放浪騎士へ送ると、放浪騎士の首には小刀ナイフが突き刺さっていた。


 ──────あ、あれは…………トリカブトが塗ってある小刀か?


 放浪騎士の首に刺さった小刀のグリップに、紅い印が付けられていた。

 ティアは二本の小刀を所持している。腰に一本、脚に一本隠し持っている。そして猛毒が塗られている小刀は、腰に装備してある。

 つまり、朦朧とする意識の中で腰の小刀を引き抜き放浪騎士の首に見事に刺したのだ。


「Graaaaaaaaa!!!」


 だが、放浪騎士は既に死に体。毒程度で死に至る訳も無い。耳を劈く程の叫び声が響いた。怒りを体現しているようであった。


「はは…………この化け物が…………」


 ティアは思わず失笑した。笑わずにはいられない。まさか、あんな醜い怪物以外にも、人の形を保った化け物がいるなんて想像もつかなかったのだから。


 ルカは相変わらず、意識を失っているようでぐったりと倒れていた。早く治療しなければ、死んでしまう。


 ティアはクレイモアを拾い、片手で握り締める。


 ─────二度の失敗は許されない。


 次拘束されてしまったら恐らくそれで最後、喉を握り潰されるだろう。或いは斬り殺される。どの選択肢も最悪な結末でしかない。つまり、死だ。

 自分が置かれている状況は、崖っぷち。一歩のズレが生命に関わる。失敗は許されない。

 攻略法が見当たらないのは厳しいが、やらねばなるまい。


 ───────首か…………心臓か。いや、首だろう。


 毒が効かないとなれば、ほぼ身体は死んでいる。なら、首を切り落とすしかあるまい。しかし放浪騎士の攻撃を避けつつ、首を狙うのは至難の業。


「いや、殺る!」


 ティアは地面を蹴って、放浪騎士へ迫った。クレイモアを振って、何度目かの剣戟を開始するのだった。






 ♢






 それからというもの、ティアは決定打となりうる攻撃を一度も出せずにいた。

 殺すと息巻いたものの、一向に進展が無い。


 ─────このままでは、こちらの体力が先に尽きてしまう。何か策は無いか?


 一度ティアは後退し、間合いを測った。

 そしてクレイモアを両手で握り締めた。すると左手に違和感が現れた。


「ん?」


 ティアはクレイモアから左手を離し、左手を見た。ティアの左手には、銀色の装飾品ペンダントがあった。


「これは…………奴の?」


 放浪騎士の首元にあった装飾品ペンダントを、ティアが切ってしまったものだ。中には、三人の仲睦まじい家族写真が写っていた。


 ─────これを使えば…………奴の動きを止められるか?


 放浪騎士はこれを見て、怒り狂ったように暴れ出した。ならば、これを返却すれば動きが鈍るかもしれない。


「憶測に過ぎんが…………試してみる価値はありそうだ」

「Graaaaaaaaaaaaa!!!」


 放浪騎士は風化した大剣を狂ったように地面に叩き付けて、雄叫びを上げる。

 そして脚を前に出して、駆け出す。


 ─────ここだッ!


 ティアは走りながら、銀色の装飾品ペンダントを放浪騎士へ投げた。

 曲線を描いて投げられた装飾品ペンダントは、放浪騎士の目の前に落ちて行く。


 放浪騎士は目の前に落ちてきた装飾品ペンダントに、燃え上がるような紅い瞳が大きく開かれて揺れた。放浪騎士は大剣を離し、銀色の装飾品ペンダントに手を伸ばした。


「これで!終わりだァァァァ!!」


 ティアは脚を大きく前に出して、クレイモアを振るった。クレイモアは虚空を切っていく。

 ティアはクレイモアを握る手に力を入れる。一気にその首を落とすつもりで、踏み出した脚にも力を入れる。

 これが最後。


 自分の限界は、自分が一番分かる。

 えぐれた左側腹部からの出血、大量の切り傷による出血。主に前者の出血により、身体が重く意識も危うい。

 だから、最後の一撃。これでダメなら、大人しく殺されるしかあるまい。

 そんな想いで、全身全霊力を振り絞ってクレイモアを振ったのだ。


 放浪騎士の首に届いたクレイモアは、楔帷子を切り裂き皮膚と肉を切っていく。そして肉という肉を切っていくクレイモアは、頚椎に到達した。勢い良く振られたクレイモアは、止まることを知らず頚椎をも斬り伏せた。

 そのまま放浪騎士の首を跳ねた。


 宙を舞う放浪騎士の頭は、数回転しながら灰の積もった地面に転がり落ちた。

 その後、糸が切れたように放浪騎士の身体が崩れるように倒れた。


 勢い良く振ったティアはというと、振り切った所で力尽きそのまま前から地面に倒れた。

 闇の中に意識が落ちていった。


 剣戟の音が鳴り響いていた荒原に、再び静寂が訪れた。鳴るのは風の音のみ。

 そして荒原には瀕死の二人と死体の姿があるだけ。


 ザッザッとどこからともなく、足音が聞こえてきた。


「あらら…………何か騒がしいから様子を見に来れば、酷い有り様じゃないか」


 赤い帽子ハットを押さえ、赤い外套コートを風に靡かせながら伊達眼鏡を光らせた男は見ていた。


「さて、僕だけで彼女を運べるか…………」

「キュイ!」


 仮面マスクをした鳥が、男の周囲を回りながら鳴いていた。

 男は腕を少し上げて、鳥を止まらせた。


「なに?お前が運ぶって?ハハハハッ!可愛いやつめ!いいぞ、ならそっちの少女を運べ」

「キュイ!」


 男は笑いながら鳥に命じた。

 鳥は嬉しそうに羽ばたき、少女の方へ向かって行った。

 それを確認した男は、足元に倒れているティアに視線を向ける。


「まったく、君ともあろうものが酷い有り様じゃないか」


 男は独り言を呟きながら、ティアを抱き上げた。ルカの方へ向かった相棒である鳥の方へ、視線を向ける。

 鳥は小さい足と翼で、頑張ってルカを持ち上げていた。低空飛行で此方へ向かってくる。


「僕の背中に乗せてくれ、一緒に運ぶ」

「キュイ〜」


 鳥は勢い良く羽を羽ばたかせて、ルカを男の背中まで持ち上げる。そして男の背中にルカを背負わせた鳥は、ルカの頭上で休んだ。


「うっ…………何気に、女二人は重いな…………」


 男はヨタヨタと歩きながら、王国へ向かって脚を運んだ。


「キュイ?キュイ!」


 鳥は何かに気が付いたらしく、羽ばたいて二人が倒れていた場所に戻っていく。

 男は疑問符を浮かべて様子を見ていると、鳥は足で大剣とクレイモアを引き摺りながら運んできた。


 ─────可愛いやつめ


 男とその相棒である鳥は、瀕死の二人を運んで王都へ向かうのであった。



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