18 光の森
それからみんなで農園をぐるりと回って、そろそろお昼にしようということになった。すると台場教授がみんなを誘った。
「今日はせせらぎ3D劇場でミニコンサートがあるのよ。よかったらご一緒しませんか。ランチを食べながら音楽と映像の楽しい時間が過ごせるわよ」
「行きます、行きます」
ツクシが大きな声を出したのですぐに決定、みんなでなだらかな斜面を下って、木陰にあるおしゃれな建物にくりだした。
みんなでランチセット付きの入場券を買って、中に入る。
「わああ、半地下で中はとっても広いんだ」
ひんやりとした大理石の床にドーム型の屋根、今日は真ん中の噴水を囲むようにテーブルがいくつも円形に配置されていて、ファンたちでもう一杯になっていた。
「今日は、バイオリンとピアノ、そしてシンセサイザーキーボードの三人のアーティストが、即興で3D映像のパフォーマンスをやるそうよ」
まだ時間になっていないので、噴水は形を変えながら静かに吹き出し、そして場内の水路へと流れていく。まずみんなでランチコースを注文してテーブルに着く。
待っている間、ツクシは村長に言われて紙工作の腕を見せる。バッグの中から取り出した折り目のついた紙が、動物になり、さらに実用的な小物入れに代わる。
はじめてツクシの技を見る農業ガールの有野マナも、台場教授も拍手喝采だ。台場教授が村長に聞いた。
「中村長が考える、この子の魅力って何ですの?」
大胆な質問だった。ツクシは村長が何を言うのかドキドキした。
「ううん、そうだねえ。実はずーっと考えていたことがあってね。今の時代に必要な人材とはなんだろうってね。ううん、ただひらめくだけじゃいけない。入り口を示すだけじゃいけない。まず何をすればいいのか、どうやって乗り越えていけばいいのか、着地点はどこか、それをすべて見通していける発想を持たなければいけない」
「なるほど、エネルギー問題や環境問題を考えるとき、最後まで見通すというのはとても大切なことだわ。やりっぱなしにしない、無駄を出さない、気持ちよく目的を達成する…」
「さすがお七さん、その通りだ。これからの地球に必要なのは循環し、永続して行けるシステムなのだから。そこで出会ったのが彼女だ。彼女は段ボールで何が出来上がって、何を解決しているのか、ちゃんと完成形を初めから考えて型紙を作る。はじめと終わりを見通している」
ツクシ本人には思ってもみなかった意外な話だった…。
「そしてはじめと終わりを結びつけるものは彼女の場合、美しさと機能性だ。始まりから終わりまでをトータルに、スピーディに、組み立てられる力があるんだ」
ツクシの紙工作は、なるべく無駄を出さず、実用的でシンプルで、美しい。ツクシはしかもそれを瞬時に考えてあっという間に作り上げてしまうのだ。
「この子は仕事が早いんだけどね、最近やっとわかってきた、終わりが見えてるから早いんだとね」
村長がそんな風に自分を見てくれていたなんて、ちょっとうれしはずかしのツクシだった。そこにランチが運ばれてくる。すべてここで作られた食材だ。
透き通るようなフグのカルパッチョ、スモークサーモンと柔らか小エビのカクテルサラダ、サクサクのフグのから揚げ、そしてキャビアと香味野菜のパスタだ。デザートには熱帯農園でとれた新鮮なフルーツの盛り合わせとマンゴープリンがついてくる。
飲み物は季節のおすすめ、今なら山ブドウのジュースがうまい。
「グラスに入ったサラダなんて、すごいインスタ映えしそう、おいしい!」
「うわあ、キャビアのパスタ、やさしい味!」
「これが全部ここの特産品なんて信じられない。おいしい!」
もう、今度はみんな、すっかり無口になって食べ始めた。
どれもおいしかったが、ツクシは塩麹が隠し味というフグのから揚げににすっかりはまってしまった。旨みのある香ばしさというのだろうか。うう、とまらない。
すると有名シェフの瀬川さんがニコニコしながらあいさつに来た。
「いやあ瀬川さん、ここの極上の食材を丁寧に丁寧に仕上げた繊細な味だよ。実にうまい」
村長の言葉に感謝を述べる瀬川さん。みんなの笑顔を見てさらに笑顔が輝いていた。
そして食事が一段落するといよいよ時間だ。三人のアーティストたちが、テーブルの間を通って、噴水のそばに集まってきた。
小さな体からは想像できないスケールの大きな音楽を奏でるというシンセサイザーの彩音(あやね)、美人姉妹が連弾でピアノを奏でる、連弾ユニットさざ波、そして音と映像を結びつける、ビジュアルヴァイオリニスト弦次郎(げんじろう)、三人が一礼すると、弦次郎が説明を始めた。
「われわれの3種類の楽器の音色はそれぞれに周囲の360度スクリーンや噴水の立体スクリーンと結びつき、さらに演奏の強弱やリズムの取り方で映像が変化していきます。また特定の音色に合わせて飛び出す映像があったり、特定のメロディに合わせてスイッチが入る映像イベントがあります。噴水はいろいろな形の水しぶきを上げるだけでなく、水のスクリーンを作ったり、特定の場所に霧を吹きだしたりもします、そこにLEDのライトを当てたりレーザーで3D映像を浮き上がらせます。なお、それらの切り替えや操作はすべて生演奏の音楽で行います。映像データのお膳立てをしてくれたのはAIのキズナさんです」
その瞬間噴水から水のスクリーンが吹きあがり、AIのキズナさんの姿が浮かび上がって手を振った。
「私たちもどんな映像が出来上がるのかとても楽しみです。では始めます。第1楽章、天空の響き」
最初、静寂の中にシンセサイザーの不思議な響き、そしてゆらめく霧の中に波紋が広がり、やがてピアノの音が静かに湧き出てあふれ出してさざ波のように広がっていった。そこにヴァイオリンが豊かな旋律を重ね、噴水も豊かに色を重ねながら大きくなっていった。
そこにシンセサイザーの雄大な音が加わると、今度は周囲の360度の壁が、切れ間なくつながったドーム天井が周囲の緑の風景を映し出し、ゆっくり回転しだした。そして三つの音色がそろった瞬間、ゆっくりした回転から周囲の映像が急に下へと動き出した。まるでこの噴水を中心とした円形の劇場が大きな空飛ぶ円盤になって上昇したようだった。
周囲の映像もスピードを上げ、木立を飛び越え、雲を突き抜け、その上に飛び出し、機体が前に後ろに傾くと、遠い山並みが、小さくなった地表の風景が、深き森が現れた。
「うわあ、すごい、本当に空を飛んでいるみたい!」
軽快なシンセサイザーの電子音に乗り、空飛ぶ円盤はスピードを上げた。森の上を飛び越え、湖の上を走り、そして最後に見たこともないような巨大な神殿の中庭へと降りて行った。広大ない大理石の石畳、庭園のあちこちには美しい噴水と水路にせせらぎが流れ、庭園の池にはパピルスが茂り、蓮の花が咲いていた、そして着陸だ。
「あ、今度は水平に動き出した」
今度は空飛ぶ円盤に乗っているというより、椅子やテーブルごとその壮大な庭園の中をすべるように動いているように思えた。そしてスフィンクスの石造の間を抜けて神殿のすぐそばまで近づくと、シンセサイザーはゆっくりしたリズムになり、移動はそこで止まった。360度の周囲には壮大な神殿やスフィンクスがそびえ、まるで私たちは庭園の中にある噴水の一つの周りに座っているかのように思えた。
「第2楽章、光る風」
弦次郎の言葉が聞こえると、空間は噴出した霧で覆われ、その中を旋律と光が流れ出すのだった。二つのピアノのメロディがこの壮大な神殿を吹き渡る風のように響きあい、渦を巻き、さざ波のように広がり、あるいは震わせ、うねりあい、さらにそこにヴァイオリンの繊細なメロディとシンセサイザーの壮大な響きが絡んでいく。
そしてそれが、空間に見事に映像化されていく。噴水が形を変えながら水のスクリーンを作り、また霧を吹きだす。神殿や壮大な庭園の周囲に音が作り出した光の波紋や光のさざ波、光の渦や曲線が映し出され、重なり合い、3種類の楽器が千種類の映像を作り出す。
ドーム内は生演奏の作り出した色とりどりの光の渦で満ちていった。そして一つのピークを迎えた後、風は吹き抜けて行き、やがてまた静かな闇がすべてを支配した。
「第3楽章、光の森」
弦次郎の声が響いた。
3種類の楽器が一度に、しかしかすかに不思議なメロディを奏でた。3種類の音色は薄暗がりの中で交ざり合い、今度は噴水の辺りに金色の植物の種となって輝き始めた。最初は小さく吹き上がる水しぶき、やがてリズムが刻まれ、胎動が響き渡った次の瞬間、輝く噴水が徐々に強く高く吹き上がると、金色の種から光の芽が伸び、葉が開き、枝が分かれさらに伸び始めた。ヴァイオリンの旋律が幹を力強く伸ばし、ピアノの連弾が空間に広がりながら新芽をふくらませ、若葉を芽生えさせていった。そして広がる新緑、シンセサイザーの大きな弦の響きの中に360度の周囲のスクリーンに少しずつ緑が広がっていった。
「…いと、美し…」
ツクシがつぶやいた。生演奏が重なり合い、映像がからみあい、伸びて別れて茂って、そこに弦が伸び、小鳥の声が重なり、風が木立を吹き渡り、木漏れ日がゆらめいた。さらに噴水から静かに霧が吹きだし、360度の全周囲画面と交ざり合い、奥行きのある森の風景が現れた。
「す、すごい、生演奏が重なって、踊りだしたら、森に育っちゃった…」
農業ガールの有野マナがすなおに驚いた。気が付くとみんなは輝く大樹の前に座し、光の森の中にいた。
やがて大きな音と光がまばゆく森を揺らすと、光と水しぶきが消えてゆき、もとのレストランの中へと戻っていった。3組のアーティストはそれぞれにコメントを述べ、大きな拍手をもらい、曲は終わった。
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