8 道の駅の攻防

フリーマーケットエリアに近づくと、遠くからでも異様な雰囲気が伝わってきた。大型のトレーラーが直接乗りつけ、側面が開くと、そのまま大きな移動店舗が出現した。さらに貨物トラックで多量の物資が運び込まれ、そこには「葛飾ストアー道の駅支店」が開店していた。

「一体、なんなのこれは?」

立ちつくすツクシ。するとマイクを持ったエプロン姿のおっさんが出てきてしゃべりだした。

「道の駅の皆さま、おはようございます。私が葛飾ストアーの店長、葛飾内蔵(かつしかないぞう)でございます」

フリーマーケットに大型スーパーなんかが来てよいのだろうか?!だが葛飾内蔵はまったくひるまなかった。

「ここを主催しているOECは、エコな活動を推進している団体です。今日の大規模なフリーマーケットの目玉として、わがスーパーは特別なものを売りだすことを企画し、本部にはすでに許可を取ってございます」

すると大型トレーラーの上に看板がせり上がり、エコなLED照明で大きく文字が輝きだした。

「フードロス撲滅セール!」

「我々スーパーは、賞味期限切れ間近の食品を多量に在庫させてございます、このままでは残念ながら廃棄処分となってしまう。これが現代の大問題フードロスです。そこで葛飾ストアーは、OECの協力をいただき、ここで期限切れが近い缶詰や瓶詰、加工食品、傷もの野菜などの大安売りを行います」

歓声が起こった。確かにツナ缶やサバ缶、をはじめとして、大量の缶詰瓶詰が並んでいる。まさかの安売りに集まってくる人々…。

「何かと思ったら、フードロス撲滅っていいことじゃない」

「うわあ、本当に安い」

「半値以下は当たり前、もっと安いものもたくさんあるわ。すごい」 

みんなどよめいた。だが他のフリーマーケットの出店者たちは気が気ではなかった。

「ちょっと、缶詰、瓶詰って聞いていたけど、傷もの野菜もたくさんある。しかもうちの冶才の半値以下だわ」

田楽農園のお母さんは、売り物の南蛮味噌と似た商品、あまから味噌の瓶詰がぴったり半値なのを見つけておろおろしていた。

だが、この葛飾ストアーの売り出しは、許可の取れたフードロスの撲滅セール、缶詰、瓶詰セールだけでは決してなかった。

「あ、この価格比較サイト、本当だわ、買わなくてよかった」

「あ、本当だこっちは45%引きよ」

若いアイドルのような女の子があちこちで声を上げながら買い物を指定る。

その声を漏れ聞いた若い人たちがスマホを見て目を輝かせる。

「見て見て、この葛飾ストアーの価格比較サイト」

「すごい!道の駅の商品よりみんな安いわ!」

その声はツクシにもすぐ伝わってきた。スマホの価格比較サイトが大変なことになっているらしい。

「どういうことなの、偶然なの?、こんな短い時間に商品の価格を調べて、商品を仕入れたっていうの?」

ちょっと眼には、缶詰、瓶詰や傷もの野菜などのフードロスセールに見えるが、それに該当するのは7割ぐらいか?、あとの3割にこそ、葛飾ストアーの狙いが隠されていたのだ。半値以下の缶詰瓶詰につられて人が集まってくるが、するとのこりの3割の商品のほとんどが、この道の駅の売れ筋商品の類似品でしかも価格がずっと安いことに気付く。しかも価格比較サイトを見れば、大原地区、倉河地区、朝市地区、泉地区、すべての地区の売れ筋商品と似たような製品があり、しかもどれもかなり安いのだ。

葛飾ストアーでは、部下が葛飾内蔵店長に話しかけていた。

「やりました、店長。価格比較サイトも広く伝わり、すべての売り場からこちらに人が集まってきています」

「油断はするな。この流れをうまく盛り上げろ。われわれは大きな目的のためにやり遂げなければならない。勝つしかない、勝つしかないぞう!!」

「はい」

だが、この会話をそばでそっと聞いている者がいた。おばちゃん軍団のリーダー、タミさんだった。

「葛飾内蔵、おそろしいやつ。やつはこの道の駅をつぶしにかかっている。シークレットファイブに招集をかけるわ」

するとタミさんは、10年以上使っているガラケーの携帯を取り出して、ぱぱっと連絡をとった。

「さすがに将軍は無理だけど、忍者はオーケー、あとは黒の姫が来てくれるかどうかね。そうだ、こんな時こそ村長に頼まないと…」

さらにタミさんはあちこちをきょろきょろすると、見つけたとばかりにツクシに近寄った。

「金田さん、この一大事にツクシちゃんが必要なの、ちょっと借りるわ」

タミさんはツクシの手を引き、ずんずんと歩きだした。ツクシはどうしたものかと金田のお母さんを見ると、

「がんばってね、ツクシちゃん!」

と声をかけてくれた。もうやるしかない。

ツクシが連れていかれたのは、道の駅の中央広場の舞台だった。ここで客寄せのための各種イベントが行われるのだ。そこにつくと、突然タミさんは正座をして頭を下げた。

「もう時間がない、理由を話している暇はない。あなたの腕を見込んでお願いします…」

そしてタミさんはツクシにありえないことを頼んだ。

「えっ、そんな…どのくらいで造ればいいんですか?3、4時間ぐらいですか?」

「ここのみんなの売り上げを考えたら、早いほどいい、できれば2時間以内に」

するとそこにさっきカブトムシを売っていた、若い修行僧がやってきた。

「来たぜ。タミさん、いやあ、あれをここでやろうってのかい?、いちおううちの寺には連絡が付いた、日光や星光もすぐ来てくれる。大人数は集められねえが、とりあえず三人いればかっこうがつく」

「悪かったね、仕事の邪魔しちゃってさ」

「はは、さすがの葛飾ストアーもカブトムシは売っちゃいない。1匹残らず売りきって、ちょうど暇になったところさ」

するとその修行僧は前回のステージの写真をツクシに見せた。

「前はきちんと業者に頼んでなん日もかかって用意して、取りつけだけでもまる1日かかったんだ」

「なるほど、泉地区にある実際の風景がもとになっていたんですね」

「まあ、あとはアクションの時の仕掛けもあるんだが、それは今日はあきらめるよ」

「それも言ってくれれば、できる範囲でやりますよ」

じゃあ、ツクシちゃん、この人が全部心得ているから、よく話を聞いて、できる範囲でいいからお願いね」

「わかりました、金田のお母さんのためにも、売り場のみんなのためにも、やって見せましょう」

一体タミさんは何を頼んだのか、ツクシは何をやろうとしているのか。そしてシークレットファイブとは一体?!

そのころ村長のところにもタミさんから連絡が入っていた。

「葛飾ストアーの店長がそんなことを?」

村長はさっそくナオリさんに連絡をとった。

「ええっ?、葛飾ストアーの店長、先月も取材に行かせてもらってとてもいい人だと思うけど…ちょっと待って、葛飾ストアーのサイトが大きく変わってる。店長が2週間前に後退になっているわ…、業績もよかったのに、一体どういう事かしら、ええっと、新店長、創業家の親族出身の葛飾内蔵…初めて写真を見るけど、噂は聞いてるわ。相当なやり手で、アメリカの巨大企業とも太いパイプでつながっている大物よ。それがなんで、こんな田舎の支店長に…」

ナオリさんのあわて様を見て、中村長も腹を決めたようだった。

「うむ、突然だが仕方ない。黒の姫、いや、安徳寺ミツ君は今仕事中だな」

村長は祈るような気持ちで電話した。

「はい、安徳寺葬儀社です。え、村長さんですか、いつもお世話になっています。はい、安徳寺ミツ社員は只今葬儀の接客中で…2時間後に道の駅ですか?ちょっとお待ちください」

電話の向こうでは何か打ち合わせしているようだった。

「はい、2時間少し前には可能だと申しております」

村長は本当にすまないと何度も頭を下げながら電話を切った。

「お父さん、私の方も葛飾ストアーに探りを入れてみるけど…」

「ううむ、まずは道の駅の社長にすぐイベントの許可をもらう。社長もこんなことになっておどろいているだろうな」

社長が自分の脇が甘いところをうまくやられましたと、すなおに誤ってきた。村長は一言も責めたりせず、イベントに協力してくれるように重ねて頼んだ。社長は快諾した。

「今度の事件は、心当たりがないわけじゃない。田部教授や将軍に相談してみるよ」

その頃、ツクシはステージに記念撮影用のひな壇を運び上げて、分解してあちこちに積み上げていた。あの修行僧は、名を月光といい、頭の回転もよく、よく働いてくれていたが、とにかく細めのくせにすごい力もちだった。脱ぐと凄い筋肉なのだろう。

「すごーい、月光さん、あっという間に積み上がったけど…」

「あと、こっち側にももう一つ台があるといいんだが…」

「じゃあ、ビールの空き箱ですぐに組んじゃいます。それでいいですかね」

「ああ、それでなんとかなる。いや、君、仕事早いね」

やがてお寺から、日光山と言う兄で氏、星光という弟弟子もやってきた。日光さんは、体はきゃしゃだがやさしそうなインテリ風で、なんかアタッシュケースを持ってきた。大事なものらしい。星光さんは太った大柄な人で、大きなトランクを運んできた。

日光さんはやがて舞台の下にイスとテーブルを用意して、何やら準備を始めた。部隊の上では、ツクシがドンドンダンボールで何かを作り、月光さんと星光さんがそれをひなだんやビールの空き箱に貼り付けて何かを組み立てていた。

「月光さん、仕掛け、すこしならできそうですよ。教えてください」

「あんた本当に早いね。仕掛けなんだが…」

そしてタミさんはと言うと、老眼鏡をかけて、なにやら台本を書いていた。

「だいたい書けたわ。じゃあ、本部でコピーでもしてくるかね」

そしてもうすぐ2時間たつという少し前、道の駅に一台の黒いメルセデスが走りこんできた。中からは男ものの黒いスーツで固め、長い髪を束ねた、背筋のすらっと伸びた美人が降りてきた。やはり大きな荷物を持っている。この人が、安徳寺葬儀社のエリート社員、どんな葬儀もお任せ、いつ死んでも大丈夫のシークレットファイブの黒の姫こと、安徳寺ミツだ。

「タミさあん、有賀タミさん、安徳寺ミツ、只今到着しました」

「アンミツちゃん、待ってたわよ。仕事中にごめんね」

安徳寺ミツ、略してアンミツである。もちろん甘いアンミツは、大好物だ。

「従業員のロッカールーム借りてあるから、そこで着替えてね。はい、台本」

「承知」

それから数分たった時、道の駅では突然大音響の放送が響いた。

「只今より、中央広場のイベントステージで、忍者月光ショーを始めます。無料のイベントです。ぜひ皆さんでご覧下さい」

「うそー、月光和尚様の忍者ショーが無料なの?、すぐ行くわ!」

「ほら、子供たち、かっこいいお兄さんの忍者ショーよ」

「あ、おれ、見たことある。行く、絶対行く。かっこいいんだよな」

和尚さんファンのおばちゃんから、子どもたち、家族連れまですぐに反応した。この青年修行僧の月光は仏道を広めるため、寺の仲間と最近忍者ショーを始めた。普通は前後に説法が付いたり、被災地支援の募金が付いたりするのだが、今日はどうやら忍者ショーだけらしい。

兄弟子のきゃしゃな日光は照明や効果音、BGMなどを担当、星光は太ってはいるが運動神経は抜群なので主に悪役をやっている。

今まで葛飾ストアーにいた大勢の客達が中央広場のイベントステージにぞろぞろと異動してきた。意外な展開に葛飾内蔵店長もちょっとだけ焦っていた。

「だが、今日の特設ステージにもともと出し物がないことは確認済みだ。俺たちが乗り込んでから2時間ちょっとで何ができるのか…」

葛飾ストアーも相手が反撃できない用にスピードで用意してきた。勝つしかない、必勝パターンだ。

「うちより安いものを集めるのも、無理、投げ売りも村長の方針にあうまい。イベントステージで人を集めても、売り上げにつなげられるとは思えない。やつら、一体、何をしようというのだ」

そしてすぐにステージは始まった。

まず、派手な時代劇風の曲がかかる。部隊に照明が当たる。そこは大きな岩がいくつも並ぶ泉台地区の赤竜渓谷。月光さんの写真をもとにツクシが、ひな壇などにダンボールの絵を貼り付けたものだが、水墨画風の色つけがかえって素朴な言い味を出している。大きな岩の奥には、みすぼらしい小さなお堂が立っている。扉や屋根が立体的で、ツクシのこだわりが見てとれる。そこにひとりの農民が、あでやかな着物姿の姫君を連れてかけ込んでくる。月光さんとアンミツだ。

「もう、歩けませぬ。もともとお家騒動は農民のお前には関係ないこと。もう追っ手が来ます。私をここにおいて先に逃げておくれ」

「姫様、それはできませぬ。そうだ、このお堂に隠れればもしかして」

二人はさっとダンボールの扉を開けてお堂の中に入る。

その時、力強い曲とともに、悪家老に扮した弟弟子の星光酸が登場だ。出っ張ったおなかが貫禄の着物姿。頭巾で顔を隠していかにも悪そうだ。

「姫君、姫君、ははあ、どうやらあのお堂に逃げ込んだな。フフ、それならそれで方法がある。わが忍者軍団よ。姫君はあの御堂の中じゃ、あぶりだしてやれ」

だがその時、お堂の屋根の上に一人の人影がすくっと立っていたのだった。

「誰だ!!」

「ひとの醜い欲が造る暗き闇に一筋の突きの光をともすもの…月光!」

さっきの農民の着物を脱ぎ捨てた忍者姿の月光だった。

「うぬ、やってしまえ」

そこからが最初の見せ場だった。ステージ前の兄弟子日光の効果音が冴えまくる。月光が跳ぶ、避ける、大技を出すたびに的確な効果音が決まって行く。

「えいっ!」

バシュッ、ヒューン、カキィーン!

月光は前方宙返りをしながらお堂の上からバシュッと飛び降りる。だが、ヒュンヒュンと音を立てて狂刃が迫る。すばやく横に跳ぶと、お堂の扉にて裏剣がストトトと突き刺さった。だがそこから反撃の手裏剣を投げる月光、瞬間悲鳴がしてどこかで、人が落ちる音。一人仕留めた。

「死ね、月光!」

今度は月光が連続後方回転を決める。1回転するごとに、元いた場所にまた手裏剣がストト、ストトと刺さって行く。この手裏剣はすべて隠し糸とミニ滑車で造ったツクシのお得意の仕掛けだ。舞台裏でツクシが糸を引くと今まで横になっていて見えなかった手裏剣がすくっと起き上がる。倒れている間は床と同じ色だが、裏側は黒なので突然現れたように見える。その瞬間に絶妙に効果音が入るので、つい飛んできた手裏剣が刺さったのだと錯覚してしまう。着地と同時にまた反撃の手裏剣を放つ月光、また悲鳴が聞こえ一人を仕留める。ここまで月光一人だけでの緊迫のアクションだ。

「おのれ、こうなったら、わしが直々に仕留めてやる」

またあのテーマ曲に乗って悪家老が登場だ。

「名刀黒波の刀の錆びにしてくれるわ」

カキィーン、カキン、カキン!

今度は月光の手裏剣がすべて刀ではじき返され、振り下ろされる大刀、危機一髪。

「おおっ!」

シュバッ、キーン、カチャ、ズサ、カキン、カキン!

月光が忍者刀を取り出し、後方宙返りや前方回転をしながらの反撃、悪家老との激しい攻防だ。兄弟子日光の効果音が冴える。

ジャキィーン!!

「やりおるな、だがこれでどうじゃ、柳生新陰流一の太刀!」

上段に振りかざして迫る家老。じりじり下がる月光…。

ズバン、ヒュー!

だが月光は煙玉と七色の蜘蛛の糸を放ち、家老の前から一瞬姿を消す。

「うぬ、卑怯な、どこへ消えた」

だが突然岩の上に姿を現した月光は忍者の印を結んだ。

「月光、月影の舞い!」

その時月光は、低い岩から岩へと飛び回り、最後に大岩に飛び乗ると、そこから前方回転をしながら、家老に切りつけたのだった!

シャキーンッ!

「ぐおおお」

もがき、苦しむ家老。

「くそう、月光とやら、次に会うとき、命はないぞ」

よたよたと逃げていく家老。お堂から姫君が飛び出し、駆けつける。

「月光様、ありがとうございます」

「さ、姫、お城に帰りましょう」

実はここまでの台本はいつも忍者ショーでやっている内容だった。ここから先は小母さん軍団の有賀タミさんの書いたものだった。

「いや、いやです。せっかく命をかけてまで城を抜け出した甲斐がありませぬ」

「なんと」

その時祭り囃子が流れてくる。

「村の祭りはたのしくておいしいと、庄屋の安衛門が言っていたのです」

「安衛門さんが?」

「なんでも、この土地でとれたおいしいものがたんとでると…」

すると、なんと部隊にたくさんの小母さん軍団が上がってきた。良く見るとみんなこの道の駅の人気商品を手にしている。そして、マイクで一言ずつ話した。

「おいしいおもちもございます。磯部まきですよ。醤油とノリがたまりませんよ」

「甘酒はいかがですか。玄米甘酒屋豆乳と合わせたものもございます」

「おいしい串団子はいかが。焼きトウモロコシもホッカホカだよ」

「特製甘味噌の田楽コンニャクもおいしいよ」

「安心安全の、この土地の野菜もどっさり」

「さあ、月光、村祭りに行きましょう」

月光と姫は村人に囲まれて去って行く、時代劇のBGMが流れてついに芝居は終わった。最後に月光と姫が手に手を取って出てきて大きく挨拶、盛大な拍手。だがそこで姫君が会場全体に響く声で最後に行った。

「この地元の大地の恵み、安心安全な無農薬野菜、手作りの品をこの道の駅でどうぞ味わってください」

さらに盛大な拍手。歓声の中忍者ショーは終わりを告げたのだった。

「やっぱり地元のものがいいね。地産地消っていうしね」

「やっぱ無農薬が一番だよね」

「この辺の作物はきちんと堆肥とかで育ててるしね」

「おいしいよ、食べればわかる。朝とれで新鮮だしね」

「手間をかけて手作りするのは、ほかとは違うね」

劇の終わった後、会場ではそんな声が聞こえていた。安売り、価格比較サイトの葛飾ストアーの勢いは少し弱くなった。でも安さの魅力はやはり根強く、痛み分けと言ったところか。

葛飾内蔵は、相手を完全に叩き潰すはずが痛み分けに終わり、表情は険しかった。だが、ゴキブリのような生命力で立ち直り、すぐに次の作戦にとりかかっていたのだ。

ツクシは三人のお坊さんに手伝ってもらいながら、舞台をばらして片付けていた。アンミツさんと有賀タミさんがやって来て黙って、両手をギュッと握ってくれた。

「絶妙な台本と、名演技、素晴らしかったです」

「ありがとう、あんたのおかげで、ダメージを最小にできたよ。無理なこと頼んで悪かったわね。でもあたしの目に狂いはなかった。予想の何倍も見事な舞台だったよ。あんな短い時間で、本当によく頑張ってくれたね」

「すごい才能ですね。手裏剣の仕掛けは本当にお見事。またぜひお力を貸してくださいね」

安徳寺ミツさんは、近くで見るとさらに美人で、いと美しだった。

フリーマーケットエリアに戻ると、金田のお母さんは劇のおかげでコンニャクがけっこう売れたと喜んでいた。

「しいたけ持って帰るかい?」

吉井タケさんはそこそこ売れたようで、笑顔でツクシのところに立派なシイタケを持ってきてくれた。その時、見知らぬ男がふらっとツクシの前に現れた。何だろう、目つきの鋭いどこかうさんくさい男で、ミントの香りの電子たばこをくわえていた。

「…伊藤津櫛さんですね。大原署の特殊捜査課の矢場鋳三(やばいぞう)と申します」

複雑に入り組んだ特殊な事件を専門に扱う風変わりな刑事さんだった。

「今日、この道の駅で騒ぎがあったというじゃありませんか。騒ぎそのものは警察が乗り出すようなものじゃないんだが…」

あやしい女性が不正な比較サイトを作るために動いていた、という噂を聞きつけやってきたそうだ。サイバー事件も専門の一つらしい。

「あやしい女性ねえ…あ、そういえば!」

ツクシはあの違和感満載のブランド女を思い出し、矢場刑事に話した。矢場は目を鋭くして、いろいろとメモを取り、最後に一人の女の写真を見せた。

「これが国際テロリスト、暗殺未遂犯コードネーム、グレイ・ローズ、通称…」

「…えっ、はい、バラバラよ?びっくり」

「…そう、灰原薔薇代だ。まあ、それも偽名らしいがね」

マスクをしていたし、髪型や服装は全然違った。でも目の辺りがにていたかもしれない。それを言うと、矢場の目が光った。矢場がメモを取り終え帰っていくとツクシはふと思い出した。

「あ、そうだ、すっかり忘れていた。今日ここに来たのはいろいろな商品の脱プラスチック化のためだった、思い出してすぐ報告書を書かないと…」

忘れないうちに、すぐにレポートにまとめる。その時、ふと、会場の一角に、精霊流しや花火大会のポスターが貼ってあるのが目に入った。

「へえ、夏祭りか、うちの下宿のそば、倉河であるんだ。あれ、、これって…」

ツクシは何かを思いだした気がした。その日はさすがにくたくたになって富士見豆腐店に帰った。

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