2 桜プリン工房
そんなふうにして二か所ほど村の集会所のバス停をまわり、やがてカルガモバスはゆっくりと坂道を登り始める。丘陵地帯にさしかかった。
「あれ、あの建物は何かしら?」
見ると緑の丘の中腹に大きなキノコのような変わった建物が三つ建っていた。そしてその近くにかわいい丸いトンネルがあり、時々赤いトラックの様な車が中に入っていく。遠くから見るとおとぎ話の小人の国のように見える。でも実はトンネルの出口は別のところにあり、ここは巨大なごみの焼却工場なのだ。
「ええ、ごみを燃やしてるの?!あのキノコが煙突なの?、うそ、臭くもないし煙も出ていないわ」
実は最新鋭の設備の工場で、周りの環境にほとんど悪影響を及ぼさない特別な設備があるというのだ。
「ほぼ100%分別された燃えるごみを燃やし、発生した熱はごみ発電と温水に利用される。そして発生した煙は遠心分離されてPM0・5の微粒子まで捕捉されてきれいになり、発生した大量の二酸化炭素を使って、ミドリムシなどの大量養殖がおこなわれている。最終的にはあのキノコ型のフィルター煙突でほぼ無害なものに変えられ、ミドリムシが作った酸素とともに外に出てくるわけさ」
この地区には、ほかにも乾燥・軽量化した生ごみから肥料や飼料を作る工場もあるらしい。ずーっと後で、これらの工場の秘密を知って大変驚くことになるのだ。
さらに緩やかな斜面を登り、緑を越えて広い道路を上まで行くと急に視界が開ける。
「うわあ、すごい、見事だわ」
目の前には広大な牧草地が広がり、真ん前に大きなイベント広場、その奥には幾重にも桜の林が続いている。
桜の季節には牧草地からライトが桜の林を照らしだし、壮大な夜桜見物も楽しめたのだと言う。今年の夏はここでロックコンサートなども開かれると言う。
広場の左側のなだらかな丘の上には美しいテラスのあるカフェレストランやホテルのようなおしゃれな建物があり、カルガモバスはその斜面を登ってゲートへ滑りこむ。
「…この辺は、合併前は大原という地区で、何にもない貧乏集落だった。昔はあの桜がある辺りはごみの埋め立て地でね、この辺りの市町村のごみを一手に引き受けて、そのごみの処分台で村の財政がなんとかなっていたんだ。しかしごみの埋め立てのトラックが絶えず通り、騒音や悪臭問題がひどくてね。それで村長に就任する前の中年男が中心になって環境にやさしい最新設備のごみの焼却工場を作る運動をやって、少しずつ改善の方向に向いて来たんだ。それから5年後には埋立地がいっぱいになってごみの埋め立ては終了した。ところが、村の財政も急激に悪化、今は跡地に植えた桜が育って春には大賑わいだが、一時はとうなるかと思っていたよ…」
「桜広場、桜広場です」
ワンマンバスに放送が流れる、いよいよ目的地だ。
「じゃあ、ここで失礼するよ」
「またのご乗車、お待ちしております」
運転手がニコニコしながらみんなに声をかけた。
カルガモバスは丘陵の奥に広がる牧場やグランピング場へと進んで行った。
三人はバスを降りると、広いテラスのある建物サクラプリン工房に入って行く。村長とここのオーナーであるナオリさんは従業員に挨拶を交わしながら奥のエレベーターへ進んで行く。ナオリさんはともかく、村長はここでも一人一人の従業員の名前や長所をよく知っていて本当に驚かされる。ショーウィンドウには様々なできたてのプリンが所狭しと並んでいる。驚いたのは新製品の苺プリンが売り出しフェアで安くなっていて、食べた感想をネットで送るといろいろクーポンがもらえるようになっていることだ。
「うちは爆発的なブームよりも、長く地域の人に愛されるロングラン商品を開発したい。そのためにはたくさんの声を集めて、日々努力するしかないの…」
1階はおしゃれな洋菓子売り場や喫茶コーナーもある広いロビー、グランドピアノも置いてあり、ミニコンサートの会場に使われることも多いと言う。2階は地元の和牛のステーキやビーフシチューが有名なカフェレストラン「ブロッサム」、そして3階部分が半分屋上のオープンテラスになっている洋菓子喫茶「プルップリン」になっている。今日のように天気のいい日には最適の場所だ。ここからはお茶を飲みながら桜広場や裏の牧場もよく見渡せる。村長とナオリさんとツクシは、3階のプルップリンのテラスに出ると、涼しい風の吹き抜ける北側のテーブルに座った。
まずはタウン誌の編集長でもあるナオリさんが、このすぐ隣にあるプリン牧場の特集記事の載ったタウン誌を見せてくれた。大きな広い牛舎や、広々とした鶏の放し飼いの写真もある。ここの鶏は、脚がとても太い新品種の地鶏で、肉はしっかりしてとても味が濃く、卵も栄養価が高いそうだ。また牧場の横にはリッチな丸木小屋のグランピング場があり、牛の世話や乳搾り等の牧場探検や高原トレッキングもできる。しぼりたての乳から作るチーズ工場見学も評判だと言う。
「ここが昔、ごみの埋め立て場だったなんて信じられないわ、もちろん匂いも何もないし、景色は抜群。ほら裏山では牛が牧草を食べている」
山側のなだらかな斜面に茶色の乳牛が出てきて草をはんでいる。
「あの牛はジャージー牛って言って、体が小さめで出るお乳も少な目なんだけど、とっても濃くておいしいのよ。牧場ではほかにも地鶏を特別な海藻たっぷりのえさで育てていて、その卵も抜群においしいの。ジャージー牛のお乳を、搾乳したその日のうちに加工して、放し飼いの鶏の卵と合わせて使っているから、うちのプリンや洋菓子は大評判なの」
とりあえず今日のプリンとお茶のセットを頼むことにした。
シンプルな白で統一されたおしゃれな食器で木製のテーブルにセットが運ばれてくる。
「本日のプリン、カフェらてプリンとアールグレイのセットでございます」
ほろ苦いエスプレッソコーヒー風味のプリンの上に、ジャージー牛の生クリームを増量して作ったミルクプリンがのり、さらにその上にも生クリームがたっぷりのっている。別々に食べても、混ぜて食べてもそれぞれにおいしい。それに切れのいい紅茶、アールグレイが付いてくる。
「う、おいしい…!!何とも言えないミルクのコクが、コーヒーの味を引き立てる」
自慢のジャージー牛と放し飼い鶏の実力はとんでもなかった…。芳醇で深い…。でも後味はさっぱりしている。そこに力強い紅茶を流し込むのだ。
「あれ、牛さんがみんな同じような首輪している?!」
ふと気が付くとみんなかわいらしい首輪をしていて、その先にハートの形をした小さな箱が付いている。
「ハハ、よく気が付いたね。あの首輪の上の方に自働充電器がついていて、搾乳中に充電できるようになっているすぐれものなんだ」
村長の話では、あのハートの小箱には大きく三つの機能があるそうだ。
1:GPS機能により、牧草地にいる牛の現在位置とおおよその行動を、1頭ごと確認する。
2:搾乳や牛舎での時間などを音楽で伝え、牛をコントロールする。
3:脈拍や体温等、牛の体調や出産の兆候などを管理し、異常を敏速に知らせる。
「え、牛も音楽がわかるんですか?」
実は牛も音楽をよく覚えるそうで、搾乳や餌の時間になると、流れるテーマ曲に合わせてきちんと一匹残らず牛舎に帰ってくる。また出産の兆候も90パーセントの確率で予想できるので、牧場のスタッフの仕事もかなり楽になったという。
「牛が間違って放牧地の外や桜広場に出てしまうと警告音が鳴り、すぐに牧場のスタッフが飛んでくる。ここ数年は、そういう迷い牛のトラブルも起きていないよ」
牧場はえさやりや搾乳もすべてロボット化されていて、仕事も三交代制でかなり作業の負担が軽減化されているという。牛舎も清潔で、働きたいと言う希望者もこの牧場に限っては多いのだ。
「ええっと、私を面接に呼んでいただいたのは、美術大出身の経歴からでしょうか…」
「ううむ、関係はあるのだが…」
村長はなぜか言葉を濁した。
「うむ、実は、君のSNSに上がっていた写真を見せたら、ここのプリン工房のスタッフがぜひにと言うので…」
「じゃあ、あのダンボールアートの作品ですか?」
ツクシは卒業制作で評判のよかったダンボールアート作品を想い浮かべた。非常に精巧に作られた二体、阿修羅像と千手観音だ。阿修羅像は悲しみの顔や怒りの顔など、顔が簡単な操作でチェンジし、そのたびに手のポーズも変わるのだ。千手観音は、二本の糸を交互に引くことにより、何層にも重なった数十本の小さな手が、波打つように順に動き続ける特別なギミツクが話題になった。外からは見えないように仕込んだいくつかのミニ滑車と糸の力だった。
「いや、それでは無い方の…」
「じゃあ、銀紙の巨大オブジェの方かしら?あれは海の生物がモチーフになっていて、なかなか苦労した作品で…」
アノマロカリスとハンマーヘッドシャーク、ダイオウイカはシュールで大迫力だった。
するとナオリさんがネットの写真を見せながら言った…。
「ごめんなさい、こっちなの」
それはまったく意外な作品だった。
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