また会えたねぇ
山にある信仰のない祠には絶対近づいては駄目だ。
あれは11年前、3つ下の従弟が遊びに来た時の事。
小学3年生だった僕は従弟と虫捕りをするため、近くにあるY山へ出かけた。
兄弟のいない僕は年下の従弟にいいところを見せようと、得意の虫捕りを提案したのだ。
意気揚々と、前日に父親と仕掛けておいた蜜を塗った木を確認する。だがしかし、蜜にはカナブンばかりしか集まっておらず、木という木を揺らしてもカブトムシやクワガタが一切見当たらないという、散々な結果だった。
焦った僕はなんとか別の方法で名誉挽回しようと、その方法を模索した。
すると近くに、積んだ石に紙垂とお札の付いた小さな祠が現れた。歩き回ってかなり森の深部へと差し掛かっていたので、昼なのに日光はほとんど遮られて薄暗い。
ひしひしと感じる、その場所が持つ粘着質な沼のような、巨大な蛇のようなおどろおどろしい雰囲気。
これだ、と思った。
幼かった僕の中では、自身が感じる本能的恐怖よりも、従弟に尊敬されたいという欲が勝った。いや、勝ってしまった。
これが、最悪の選択だった。
従弟は絵に書いたように明らかに怯えていた。
僕の腕を掴んで離さないし、いつもは僕に付き従う事が多いのに、自ら「怖いからもう帰ろうよ」と何度も口にしている。
よし、見てろ。
僕は従弟の腕を振り払うと、祠へ近づいていく。
「こんなの全然怖くないよ! ほら、見てて!」
そのまま勢いよく、祠に付いていたお札を破り取った。
「ね! なんにも起こらないで――」
従弟の様子を見るため振り返った僕の眼に映ったのは、確かに従弟だった。
ただし、だけではない。
その首を片手で掴んで持ち上げ、こちらを見て笑う異形。
異様に手足が長く、首が据わっていないそれは、操り人形のような動きでそのままこちらへ近づいてくる。
もちろん僕は動く事など出来やしない。
「会いたかったねぇ、会えたねぇ」
意味は分からないが枯れ木のような声で、たしかにそう呟いたそれにとんでもない力で腕を掴まれ、従弟と共に気を失うまで森の中を引きずりまわされた。
その後、僕と従弟が意識を取り戻したのは病院だったが、大人達が語った事実は僕達の体験した現実とあまりにもズレていた。
帰りが遅すぎるから森へ探しに行ったら、僕が従弟の首、従弟が僕の腕を凄い力で握り合っていたのだという。
割って入ると、どちらも同時に意識を失った。従弟に関しては命の危険もあったと。
……そんなわけがあるか。
鮮明に思い出せるあの異形と、尋常ではない怪力。
従弟と共に真実を話そうとしたが、何故か従弟の方は本当になにも覚えていないらしい。
いや、覚えていないと思い込んだのか。
僕が巻き込む形になった従弟をこれ以上苦しめたくなかったし、それ以降従弟とも現在に至るまでその話題を話すこともなく、Y山には近づくことすらなかった。
しかし、従弟の首と僕の腕には今も大きな痣が残っている。
それと地元を離れてから聞いた話だが、Y山の現場付近はトンネル開発のため切り崩されたらしい。
それから大学2年になる現在まで特になにか起きたわけでもなく、忘れたくても忘れられないトラウマと、腕に痣を抱えただけで生活は順風満帆だった。
テニスサークルでは仲間に恵まれ副部長を任されているし、3年付き合っている彼女とは同棲を検討している。
では、なぜ今更彼女にすら打ち明けていないこの話を持ち出したのか。
サークル仲間で昨日から来ているキャンプ。飲み明かした後テントで寝ていたのだが、深夜2時頃尿意を催して裏にある森へ入った。
7、8分歩けば公衆トイレがあるにも関わらず、面倒だと森の浅い場所で用を足そうとしたんだ。
これが、最悪の選択だった。
まだ酔いが残り朧な頭で、景色を通り過ぎていく。
樹齢の高そうな木々、風にそよぐ草むら、虫の声。そして積んだ石に紙垂の付いた小さな祠。
――え?
一気に酔いが醒め、全身を針金で固定されたかのように足が止まる。
がたがたと全身が震え出し、涙が止まらない。
腕の痣が強く疼く。
――無理だ。
振り返ることなんて、出来やしない。
そんな僕の耳に、背後から枯れ木のような声が響く。
「また会えたねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます