第3話 僕の弟という設定でこの場を乗りきるよ
『ピロピローン♪』
「いらっしゃいませ!」
くくくっ、この日をどれだけ待ち望んでいたか。
僕はあれからずっと耐えてきたんだ。
掃除は率先してやれ、洗濯物は一緒に洗うな、風呂は最後に入れなどと、あの三姉妹による毎日による仕打ち……じゃない、イジメにも我慢しながら、この約束の日をやっと迎えたんだ。
僕は眼鏡女店員の朗らかな挨拶を柔らかなお辞儀で返し、人気が少ない通路の奥にある四段ラックのある場所へと進む。
黒いラックに並べられたDVDケースに様々な感性を彷彿させるタイトル。
定期的にこまめに清掃してるのかな。
ホコリも被ってなく、目立った手垢もなしのケースたちを見ながら思わず感嘆しそうだ。
そんな丁寧な状態で置いてるDVDケースの一つを手に取ってみた。
『Picキ○ロットへようこそDX5』とデカデカと刻まれた丸字のタイトルに胸が熱くなる。
「へえ。これブレステ5の最新タイトルじゃんか。いつの間に新作を出したんだよ」
僕は休日を利用して町内にある唯一のゲームショップ『アカサカファミコンショップ』に一人で来ている。
その店内の奥の突き当たりにあるギャルゲーコーナーだけが至福の時だったんだ。
「やっぱり持つべきものはギャルゲーだよな」
棚の四方に敷き詰められた美少女ゲームを目で追い、目的のゲームに手を伸ばした瞬間だった。
「……あっ」
「へっ?」
隣から急に白い手が伸びて、僕が買おうとしたゲームを奪われたんだ。
そりゃ、応対にも戸惑うよ。
「……あっ、どうぞどうぞ」
「いや、そんなに気にしなくていいよ。早いもの勝ちだから」
青い野球帽を深く被り、白い使い捨てマスクを着用し、大きな丸眼鏡をかけた、いかにもオタクそうな子供。
短パンのジーンズにラフな白い半袖シャツに胸はないが、くびれはがっつりとある。
マスク越しでも分かる整った綺麗な顔つきは女の子には見えなくもない。
その少年が一度手にしたゲームを棚に戻す。
僕にこのゲームを譲る気か。
最近の若者にしては謙遜的だな。
「関心だな。十二歳以下は購入禁止の美少女ゲームだから当然だよね」
「……ボク、中学生」
「あっ、ごめんね。小学生かと」
「……むすー」
男の子は頬を膨らませ、不機嫌そうにこっちを睨んでくるが、年下になめられっぱなしはあまり好きじゃない。
「しかしモテそうな美少年のわりにはこんなゲームをプレイするんだね。世の中は理不尽というか……」
「……そう言うお兄さんもカッコいい」
「あははっ、ありがとう。いつも可愛いって言われるから心外だよ」
理由として、前髪で顔を隠してる所が可愛いとかね。
女子の恋愛脳って謎だよね。
女心は秋の空とか言うけど、いつも何考えてるんだろう。
「……お兄さんもギャルゲー好きなの?」
「うーん、単純に言うとストーリーが好きなんだよね。他のジャンルと違って泣ける作品も多いし、何より小説感覚でいつでもセーブ可能だしね」
「……それ、わかりみ」
同じゲームで共感する者がいれば、これほどまで会話がスムーズに進むんだ。
生まれて初めて学ぶ人生の勝利者の感触。
オタクでも人間らしく誇っていいんだね。
「でもさ、社会から批判されるジャンルでもあるんだよね。下手に先入観を持たず、実際にプレイしてみてから文句言えみたいな」
「……確かにイタイ」
男の子はうんうんと納得しながら、僕の話を聞き入っている。
子供なりにワガママを貫く意見を言うと思いきや、案外聞き手上手なんだな。
「おっと、初対面相手に熱く語ってしまった。この話は忘却の彼方にでも封印してね」
「……宝玉のかなだ?」
「その反応だと大丈夫そうだね」
男の子のボケを自然な対応で返す。
宝玉とか呟く辺り、RPGも好むのか?
ゲーマーとしての素質を感じた。
「じゃあ、このゲームありがたく貰ってくね。店員さんには再入荷するように僕から伝えておくから」
「……ありがと」
僕は譲って貰ったギャルゲーを手にし、早々に会計を済ますことにした。
レジが女の人だけど、いい加減免疫も付いたし、何てことはない。
それよりも新しい出会いを求めて、早くプレイしたい一心だった。
****
「いらっしゃいませーい‼」
店のレジにはいつもの眼鏡女店員ではなく、見知った爽やかな笑顔のヤツがレジを担当してた。
何で同じクラスの
「くっ、しょうがない。プランBでいくか」
長財布の小遣いを用心深くチェックし、安売りセールの三本の中古ソフトをレジカゴに適当に入れ、
変に意識してるせいか、心臓の鼓動が聞こえてくる。
落ち着け、平常心を保て僕。
あの関所を抜けたら自由の身なんだ。
プランB計画は万全、後はなるようになれだ。
「あれ?
「よお、賢司、奇遇だなあ。こんな所でどうしたの?」
「ああ、今日からここで短期バイトでさ。大学の入学金とかを少しでも稼ぐためにさ」
「そっ、そおなんだね!?」
「ああ、いつまでも親に頼りっぱなしじゃ、ばつが悪いじゃん。大学も色々と金かかるしさ……って言うかさ?」
賢司がバーコードリーダーを持つ手を止めて、僕の顔をマジマジと見つめる。
ヤベエ、逆に悟られたか?
勘のいいヤツめ。
「何でしょう? 名探偵姫君!?」
「お前、さっきから喋り方が変だぜ?」
「気のせいじゃないれしょーか‼」
「そうか?」
商品のバーコードを読み取る鈍感な賢司? に悟られないよう、言葉を選んで話しても限界がある。
考えるんだ、どこかに判断材料はないのかー‼
「しかしあの成績優秀な志貴野がテレビゲームに夢中とはねえ」
「好きなん? 純愛ホラーファンタジー?」
「えーと、まあまあ普通かなあー(裏声)」
たまたまカゴに入れたのが、そんな異質なジャンルだったとは。
なるほど、だからワゴンセールに出されていたのか。
「……で、このきゃるるんなゲームは何だ?」
来たな、第2関門。
このお喋り九官鳥賢司にギャルゲー好きと知れたら、明日から真っ当な学生生活は送れなくなるんだ。
「弟がさ、こんな感じのゲームにハマっててさあ」
「へえー、お前に弟がいたとか初耳だぜ」
「腹違いの弟でさ、僕も最近知ったんだ」
「ふーん。志貴野の弟だけに想像つかねえな。今度俺にも会わせてくれないか?」
「ああ、でもここにいるからね」
偶然、僕の後ろに並んでいた男の子の肩に腕をかけながら仲の良いアピールをする。
「……ちょ、ちょっとボクは!?」
「いいから話を合わせるんだ。君の名前は?」
「……みんなはハルって呼んでる」
「んじゃあ、ハル。僕の弟という設定でこの場を乗りきるよ」
僕はあれこれとハルに相談しながら、プランCを決行するために話の筋を通す。
「……お前ら、お互いに肩を寄り添ってヒソヒソ話かよ。ほんと仲がいいんだな」
「ま、まあ兄弟だしー!!」
「当然よね、お兄ちゃん!」
気のせいか、ハルの顔が赤いように見える。
多分、僕の気のせいな。
****
「はあ、なんとか地獄の関所をやり過ごしたな。疲れたー‼」
賢司の拷問からどうにか脱出し、無事に帰宅し、自室のベッドに頭から突っ込む。
人間魚雷にでもなった気分だよ。
「ねえ、志貴野くん。まだ起きてる?」
「うん、半分死んでるけど」
「じゃあさ、ちょっと居間まで顔を出してよ。志貴野くんに紹介したいの」
ご飯も食べたし、ゆっくりしたいのに、こんな時間に何の用だろう。
渋々、重い身体を起こしながら居間へと移動する。
「……ったく、休みすらもろくにとれないのかよ」
愚痴をこぼしながら訪れた場所はいつも以上に賑やかだった……。
何か、いつもより
ヤベエ、幻覚が見えるほど疲れてるのか。
「なあ、秋星。疲れてるからさ、用件なら手短に済ませて……あっ?」
「……初めまして、志貴野お兄ちゃん♪」
「なっ、なあっ!?」
あの子はさっき知り合ったばかりの……と言うことは?
「じゃあ手短に紹介するわね。四女の
「……はい、はーい!」
「私たちはハルって呼んでるわ。これからもよろしくね」
赤毛のショートボブのハルが実に楽しそうに両手を上げる。
あれ、こんなチャラくて軽そうなキャラだったか……って春子?
「……お兄ちゃん、やっぱりハルの運命の相手だったんだ。ぽっ」
「き、君、女の子だったのかあああー!?」
「……ハルの初めてを奪った責任とってよね」
偶然にも肩を並べた相手が女の子で、しかも嘘の弟から本物の妹になるとは。
何だ、この僕の空間だけ、ラノベという成分でできてるのか?
「ふーん、弁当にも飽きたらず、早速こんな幼子にも手を出したんだ。このキモオタロリコン」
怪訝そうに腕組みをした
あのさ、ラノベは弁当じゃなく、小説のジャンルだよ?
「ち、違う。ハル、誤解を招くだろー‼」
僕はキャイキャイとはしゃぐ春子を追いかけながら美冬に弁解する。
例え、ロリコンでも、犯罪に手を染めた覚えはないよー‼
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