39.イルにも手伝いを頼もう(絶対神SIDE)

「じゃあ、イルにはこれを頼もう」


 わざと用事を作って頼む。渡された布を手に、イルは嬉しそうに笑った。


「うん」


「これを綺麗に畳んで、この箱へ入れてくれ」


 頷きながら、心で復唱する。イルと過ごす時間が長くなるほど、考えや思いが伝わってきた。純粋で愛らしい愛し子は、お手伝いを全身で楽しんでいる。誰かに何かを頼まれることが、嬉しいのだろう。


 世界を創造する俺達にとって、イルの知る屋敷程度の建物は一瞬で構築可能だ。複雑な計算も要らない。願うだけで出現した。しかし、イルは手伝いがしたいと思っている。それを叶えるのは、対である俺の役目だった。


 にゃーも同意したので、簡単に木材や石を並べた。イルに建築方法を指導する必要はなく、さっさと建てていく。途中で小さなお手伝いを作り、イルの手を借りるようにした。


 土台のレンガを並べた後の、真っ直ぐにならす作業。立てた柱に印をつける仕事。どれも楽しそうに取り組んでいる。ケガをしないよう注意しながら、やや小ぶりな家を建てた。山奥に立派な屋敷は不要だし、イルとくっついて過ごすチャンスが減る。


 何より、大きな屋敷はイルにとって鬼門だった。自分を嫌う人達が住んでいた家、その認識が強い。だから両親が住んでいた屋敷より小さく作った。広いリビングと食堂、キッチン、風呂などの水回りを除けば、二部屋だけ。


 必要になれば増やせば済むこと。今は最低限の機能で十分だった。誰もいない土地なので、平屋で建てる。森の外から存在を把握されにくく、幼いイルが階段から落ちる心配がない。ふとした思いつきで、屋根裏に小部屋を追加した。


「だいたい、こんなもんか」


「できた」


 最後に頼んだ仕事が終わったらしい。イルは畳んだ布の入った箱を指差し、にこにこと笑顔で駆け寄った。最近覚えた仕草の一つで、とても愛らしい。両手を広げて受け止め、そのまま抱き上げてくるりと回った。


「きゃぁ!」


 大喜びのイルの細い腕が、ぎゅっと首に絡む。この瞬間が、何より幸せだった。大切な大切な存在だ。痛みを消す存在でなかったとしても、イルを愛しただろう。


 白くて汚れのない心は、完全な純白ではない。人らしく濁りもあれば、折り皺もあるはずだ。それが気にならないほど、可愛くて仕方なかった。


「屋根の色は何色がいい?」


「お空と同じ青」


 色の名前を覚えたイルは、得意げに宣言した。パチンと指を鳴らし、白木の屋根を青に塗り替える。壁を白に、玄関の扉はイルの希望で赤にした。


「きれいだね」


「ああ、イルと俺の家だ」


「にゃーも?」


「ああ、一緒に住む」


 ほっとした顔で「よかった」と呟く。ただの三毛猫だと認識する幼子に「他の神の名を呼ぶな」と嫉妬を突きつける気はない。だからぐっと呑み込んで、笑顔を向けた。


「メリク、おなか……いたい?」


 なのに、俺の愛し子は心配そうに尋ねる。ああ、上位三神と呼ばれようと、まだまだ未熟だ。可愛いイルの表情を曇らせてしまったのだから。


「いや、中へ入って片付けをしようか」


 猫神シアラはさっさと玄関へ歩き出す。外見だけじゃなく、中身も猫なんじゃないか? 疑うくらい自由に振る舞っていた。大抵の神は俺の前で萎縮するんだが……まあ、この方が楽か。


 玄関から先は別世界に繋いだ。少しずつ、俺の世界の空気にも慣れていこうな、イル。

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