第91話 侵略のカケラ ーヴィダルー
ハーピオンが魔王国の属国となってから2週間後。
——ルノア村。
腰を下ろして川のせせらぎへと耳を向ける。すると、徐々に思考の中へと入っていく。何も考えようとしなくても、自然とこの先の打ち手へと思いを馳せてしまう。
「ううん……」
「どうしたのヴィダル? せっかくお休み貰ったのにうんうん唸って」
いつの間に後ろを取られたのか、レオリアが急に抱きついて来た。その猫耳が頬にあたり、くすぐったさを覚える。
「いや、ヒューメニアへ攻め込む口実をな……」
「ヴィダルって慎重だよね。魔神竜倒してからもうみ〜んな争ってるじゃん!」
魔神竜討伐は大きな副作用をもたらすこととなった。何よりその存在。圧倒的なまでの脅威が存在すること。そして、それにまつわる力が世に明るみとなったからだ。
そして欲深き者達が一斉に力を求めて争うようになった。神殺しの武具の残り2つの行方から始まり、果てにはナイヤ遺跡の発していた黒い霧……魔素を求める者まで現れた。摂取することで力を増す秘薬として。
「国同士で戦ってるヤツらまでいるもんねぇ」
「俺達は大国と肩を並べる魔王国だぞ? 小国と同じ振る舞いでは示しがつかない」
ハーピオンを手中に収め、残る大国はメリーコーブとヒューメニアのみとなった。この2つを押さえれば残りの小国達は魔王国へ従うだろう。
だが、攻め込む口実が無い。人身売買、ナイヤ遺跡へとヒューメニア人が出入りしていた痕跡、ハーピーの拉致、突然の王位継承……情報のかけらはあるが、一国に攻め込むには弱いだろう。ザビーネの時のようにハッキリとした証拠も無い。
……。
征服した後小国達を従えるにはやはり大義が必要だ。これが欠如すると長きに渡る反抗へと繋がり、やがて俺達の国は疲弊してしまう。
「僕には分かんないなぁ〜」
レオリアはそう言うと装備していたロングブーツを脱ぎ出した。
「何をしているんだ?」
「魚を取るんだよ〜。夕飯用にね!」
川へと入り、魚のいる場所を探すレオリア。そんな彼女の姿を見ると安らかな気持ちになる。なんだか仕事のことばかり考えていたな。せっかくの休暇だと言うのに。
「ヴィダルはさ〜。役目を終えた後何がしたい?」
「役目を終えた……後?」
「そう。今はデモニカ様の為に戦ってるでしょ? それがぜ〜んぶ終わった後!」
全ての国を征服して、デモニカの元での統治が確立した後か……。
思考の中に、ヴィダルとは違う本来の俺が顔を出す。
俺は何がやりたいんだろう?
初めてこの世界にやって来た時、俺は嬉しかった。自分の愛した世界へとやって来れたから。
でも、俺の愛した世界とこの世界は大きく違った。だから俺はそれを正そうと……。
……。
そうか。
なら、この世界を
「やりたいことあったよレオリア」
「何〜? 教えて教えて!」
「俺は……この世界を見て回りたい。自分の脚と、この目で」
そうだ。俺はこの美しい世界が好きなんだ。だから、それを見てみたい。俺がモニター越しに眺めていたあの「エリュシア・ワールド」の世界を。
レオリアが急に恥ずかしそうに俯いた。
「あ、あの、さ……なら、僕も連れてってくれないかな? その、ヴィダルの旅に」
猫耳を小刻みに動かしながらチラチラとこちらを見る彼女。その様子を見てなんだが自然と笑いが込み上げた。
「もちろん。レオリアは俺の側近だしな」
「ホント!? やったぁ!!」
レオリアが飛び跳ねる。
「あ!? 魚が〜!」
魚が逃げたのかレオリアが慌てて追いかける。
「諦めろ。それだけ派手に音を立てればもう周辺に魚はいないだろう」
「ちぇっ。ヴィダルに良いところ見せようと思ったのにな〜」
初めて来た時の感覚などすっかり忘れていた。知らず知らずのうちに俺も怒りに支配されていたということか。俺の世界を汚した者達への。
レオリアに初心を思い出させられるとはな。
……ん? 初心……か……。
「どうしたのヴィダル?」
「いや、俺達がまだこの村を拠点としたばかりの頃、レオリアは言ったよな? 『飛び込んでみてから考えれば良い』と」
「うん。エルフェリアの時でしょ?」
「そうだ。攻める口実がなければ中から探せば良いじゃないか」
そうだよ。ずっと俺はヒューメニア侵略へのカケラを持っていたんだ。
他種族の人身売買。
連れ去られたハーピオンの者。
ナイヤ遺跡に出入りしていたヒューメニア人。
これらがもし、繋がっていたとしたら?
王女マリアや元国王なら俺の考えは否定できるだろう。彼らは俺達とは別種の存在。悪人ではない。
しかし、突然の王位継承……これが加わると1つの仮説が浮かび上がる。
ヒューメニアの中に、野望を抱く者がいる。
影に隠れて蠢いていた者が、魔神竜討伐を機に動き出したか。ザビーネと同じだ。
その者がマリアの責任を追求して王位を奪取してもなんら不思議ではない。
……。
「よし。行くか」
「えぇ!? どこに?」
「人間の国、ヒューメニアへ」
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