第53話 初めての制圧 ー農場主バウロー

 イリアスの部下選定から数日後。



 ——キエスの花生産地。テラーウィンド農場。



「バウロ。キエスの花5ケースを受け取りに来たぞ」


 幻覚作用をもたらすキエスの花を売って旅する商人、マルコスが事務所を訪れた。ガタイの良い護衛を1人引き連れて。


「おぅ。今回は早かったな。すぐ用意させるから座ってくれ」


 農夫達に倉庫から花を出すよう指示を出し、マルコスを来客用のテーブルへと座らせた。


「花の評判はどうだ?」


「新規の売り上げも上々。当然だがキエスの花はリピーターが付きやすい。来月はもっと多く仕入れるつもりだ」


「それにしても度胸あるよなぁ。ブランドールなんてビビって種しか買わないのに」


「危険を犯さなければ金持ちになんてなれないからな。それに、お前には言われたくないぞ」


 マルコスが窓を覗く。彼の背中越しに見えるのは広大な畑で作業をする農夫達。そして巡回する警備兵達だった。


「俺はバウロみたいに雇ってる奴らにキエスの花を吸わせたりしない」


 その自分勝手な言い分に笑いが込み上げた。


「なんだよその理屈。他の国にばら撒いてる奴の台詞じゃねぇなぁ」


 マルコスの顔を覗き込む。


「楽だぜ〜? 1ヶ月も吸わせれば一切逆らわなくなるからな。金も節約できる。ま、たまに畑から花を盗む奴が出るのが厄介だけど」


「盗んだ奴はどうすんだよ?」


「殺す」


 彼の笑顔が固まった。


「そんな顔で見るなよ。俺は真っ当にやってるだけだって。な? そんなの許してたら経営が成り立たないからさ、仕方なくだよ」


「仕方なく……ねぇ。まぁ、俺もレイヴンを連れ回さないと心配だし、それと似たようなもんか」


 マルコスが護衛へと目を向ける。巨大なハンマーを持った獣人の大男……レイヴン。マルコスが雇った凄腕の傭兵。噂だと元Sクラス冒険者だったとか。その分給料も高いんだろうな。


「この前なんかよぉ。野党に馬車が襲われてさ、レイヴンの奴、返り討ちどころか全員殺しちまったんだよ。後処理が大変だった」


 彼が不満気にレイヴンを見ると、屈強な護衛は腕を組んでニヤリと笑った。


「俺がいなかったら今頃死んでただろ? マルコスの旦那」


 護衛に生意気な口を聞かれたマルコスはため息を吐いた。


「こんな感じだよ。困るねぇ〜高級取りは」


 ふぅん。コイツはコイツで苦労しているんだな。


 そんなことを話していると、キエスの花が事務所に届いた。


「お、今回は花弁がデカいな。どれどれ……」


 マルコスが品質を確認していると、外から場違いなが聞こえた。




 子供の声。馬鹿デカい声が。




『あーあー聞こえるか? 拡声魔法エコーのテスト中じゃ。エコーエコー』




 窓から外を見ると農場の入り口に3人の従者を連れた海竜人の少女が立っていた。


「おい。なんだアイツら?」


 花を持って来た農夫に問いかける。


「し、知りません」


「早く傭兵を向かわせろ。殺せ」


 指示を出すと、農夫が慌てて兵士を呼びに行く。


 数秒後。数人の傭兵達がガキ達を取り囲んだ。



『あ! なんじゃお主達!? まだ妾が話してる途中じゃろ!?』



「あの海竜人……バウロの知り合いか?」


 マルコスが馬鹿にするような笑みを浮かべる。


「そんな訳あるか」



 5人の傭兵達が剣を抜いてガキを追い払おうとした時。魔法名が聞こえた。



『攻撃向上爪昇煌クロウ・アセンド



 その直後。



 



「は?」


 ガキの部下の1人。大斧を持った女がその斧をブンブンと振っていた。うっすらと紫の光をまといながら。


「あ、あの女がやったのか……?」


 斧が真っ赤に染まっている。その光景が事実を物語っていた。


 馬鹿な。俺の雇った傭兵は腕の立つ奴らばかりだぞ。



『あーあ。妾の話を聞かんもんじゃから殺してしまったのじゃ。ま、いいか』



 ガキはまっすぐ俺を見ると声を上げた。



『妾は魔王軍イリアス・ウェイブス! 今のを抵抗とみなすのじゃ。農場主および関係者は今からにする。農場主バウロ! 逃げても無駄じゃから諦めるように!』



「はぁ!?」



 なんだか物騒なことを言っている。子供の戯言だと笑い飛ばしたいが……目の前の死体が嘘では無いと告げていて、背筋に嫌な汗が伝った。


 イリアスと名乗る子供の前に3人の従者が並ぶ。


 フェンリル族の剣士、エルフの弓兵、人間の大斧使いが。



『よーし命令じゃ! 剣士ザンブル、弓兵ダルク、斧使いラスハ。1人も逃すな。全員間違いなく殺すのじゃぞ!』



 ぴょんぴょん地面を跳ねながらイリアスが命令を出している。そして、急に青い光が彼女を包むと、うるさいほどの声で魔法名を叫んだ。



『防御向上鱗聖盾スケイル・シルド

素早さ向上翼流速ウィング・ストリーム!』



 3人の従者は、紫の光を帯びると、物凄い速度で他の傭兵達に襲いかかった。



 傭兵達は一瞬の内に剣で首を刎ねられ、大斧で体を引き裂かれ、逃げようとすると弓矢で射抜かれ倒れていく。



「お、おい! お前の兵達殺されてるぞ!?」



 マルコスが叫んだ瞬間——窓から飛び込んで来た弓矢に頭を射抜かれ机に倒れ込んだ。



「うわああああっ!?」



 咄嗟に窓枠から離れて壁に身を隠す。マルコスは目を見開いたまま虚空を見つめていた。心細いあまりにマルコスの傭兵へと話かけてしまう。


「れ、レイヴンだったな? 金は払うから俺を逃してくれ!!」


「……いくらだ?」


「い、1万ゴールド払おう!」


「いいだろう」


 レイヴンを引き連れ、裏口から外に出る。


  周囲を警戒しながら進むと、遠くから兵士達の叫び声が聞こえて来た。


 なんで俺がこんな目に!? 長年汗水流して作り上げた農場が……また1から立て直しじゃないかよ……。


 だけど、兵達の声を聞いて少しだけ安堵した。奴らはまだ兵士達と戦っている。このままなら逃げ切れる。



 納屋の影を伝い、茂みに隠れて進む。すると、農場の終わりを告げる柵が見えて来た。



 イリアス……とか言ったなあのガキ。絶対許さねぇ。次稼いだ金で暗殺者を雇う。泣き叫ばせた上で殺してやる……っ!?



「あ、おったおった。やっぱり逃げようとしておったの〜」



 声の方を見ると、イリアスが後ろに立っていた。馬鹿にするような笑みを浮かべながら。


「お、お前……なんで!?」


「部下を薬漬けにするような輩はすぐ逃げると思っての。無駄じゃぞ〜? さっさと投降するのじゃ!」


 イリアスがビシッと指をさして謎のポーズを決める。


 コイツふざけてるのか!? 人の農場をめちゃくちゃにしておいて!


 怒りが渦巻くのを抑える。話を聞いたフリをしながら周囲を確かめた。


 コイツの従者達は近くにいない。今ならこのガキを殺して逃げられる。


「レイヴン! このガキを殺せ!」


 言うと同時にレイヴンがハンマーを構えて襲いかかる。


「悪いな嬢ちゃん! 死ねや!!」



 レイヴンが、風を切り裂く音を響かせながらその巨大なハンマーを振り下ろした。



「防御向上鱗聖盾スケイル・シルド



 魔法名と共に鉄塊が轟音を響かせる。



「イタタタ……っ!? なんじゃこのハンマー男! もうちょっと優しくせんか!」



「なんだとっ!?」


 巨大なハンマーで潰されるはずだった幼い体は、全くの無傷だった。ただ目を潤ませて頭を抑える少女が目の前にいるだけだ。


「うぅ〜許さんぞハンマー男!」


 イリアスが怒りながらさらに魔法を唱えた。


「攻撃向上爪昇煌クロウ・アセンド!」


 そのまま飛び上がると、レイヴンの頭部へと蹴りを放つ。



「じゃっ!」


「おごっ!?」



 蹴りを受けたレイヴンの頭は明らかに人体ではあり得ない角度に折れ曲がり、ゆっくり地面に倒れる。そして、そのまま動かなくなった。


「な、なんだお前……なんでガキの癖に……そんな……」


「も〜嬢ちゃんとかガキって酷いのじゃ! 妾は魔王軍の光将だと言ったじゃろ!!!」



 強烈なビンタを喰らう。



 その瞬間。



 ゴキンという嫌な音と共に体の全てが言うことを聞かなくなる。



 フラフラと左右を漂う視界の中で自分の背中が見えた。



 こ、こんな死に方って……。



「あ、やっちまったのじゃ」



 最後に聞いたのは少女の間抜けな台詞だった。


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