第37話 潰える希望 ー貴族アルフレドー

「アルフレド様! エルフェリア軍が撤退を開始しました!」


 部下の報告に胸が躍る。ここまで上手く行くとは思わなかった。偵察隊の報告によると敵の部隊は17000。奴らめ。内乱で無駄に数を減らしたな。


「部隊はなおも進軍中。間も無く別働隊との挟撃地点まで追い込みます」


 これで決まりだ。この戦に勝利し、この私がグレンボロウの貴族達の頂点となる。貴族達め。命惜しさに私に前線指揮を譲ったのが運の尽きだな。いや、既に誰が2番手に着くか段取りしているのかもしれん。


 後は戦後の処理か。テレストラ、ルナハイムとの領地分配を考えねば。


「ゴーレム兵の損害状況は?」


「5400の内、行動不能50です」


 50? なんだそれは? なぜそれだけしか破壊されていない? 奴らは精霊を召喚できるのだぞ。


「フェンリル族の遊撃隊の戦果は? 召喚士は何人仕留めた?」


「フェンリル族が攻撃を開始してしばらくの後、召喚士達は移動魔法ブリンクで逃走した模様です」


「どういうことだ……?」


 嫌な予感がする。奴らはエルフェリアの内乱を隠したいはずだ。ならば、この戦では弱体化を悟られぬよう全力で望むはず。



 一体なぜ……?



「アルフレド様!!」


 兵士が叫ぶ。遠視魔法スクライがエンチャントされた望遠鏡を握り締め、何かに怯えるように。


「どうした?」


「部隊後方より大量のアンデッドが現れました!! より現れています!」


「何!? 数は!?」


「数は……多すぎて分かりません! 中には狼種の大型モンスターも複数確認されております!」


「お、大型モンスターだと……どういうことだ……」


 兵士から望遠鏡を奪う。


 我が軍の後方に、青い炎に包まれた骸骨兵達がひしめき合っていた。それにあの狼種……明らかに通常のモンスターと格が違う。それが3体。戦場を駆け回ってはファイアブレスを撒き散らしている。


 兵士長が望遠鏡を覗き込んで声を震わせる。


「ダロスレヴォルフです。Sクラス冒険者でも討伐できるかどうか……」


「レイガー達は? 彼らが向かってかなり経つ。フィオナ討伐は終わっているだろ」


「そ、それが……先ほどから確認の使い魔を飛ばしているのですが、1体足りとも戻って来ないのです」

 

 後方から現れた大量のアンデッド。大型モンスター。連絡の取れない冒険者達……これは……。


「エルフェリア内乱については密偵を送り裏を取った……これは、してやられたということ……か」


「ど、どうしますアルフレド様?」


 敗北など……私の追放などでは済まないぞ。下手をすると国そのものが……。


「アルフレド様」


 兵士長が耳打ちして来る。


「後は私が。アルフレド様は国へこの件をお伝え下さい。ヤツらはこのままグレンボロウへ進軍を開始するかもしれません」


「いや、しかし……」


「このままアルフレド様まで失う訳には行きません」


「……分かった」


 兵士長は他の者へ命令を下した。


「ゴーレム兵はアンデッドへ向かわせろ! フェンリル族には引き続き召喚士を攻撃させよ!」


「は、はい!! 伝令致します!」


「兵士長! 突然上空に光の球体が出現!! 魔力の流れが生まれています! だ、だと思われます!」


「フェンリル族の精鋭部隊を向かわせろ! 彼らの足なら発動までに間に合うはずだ!」



  ……。



 後ろから兵士達の声が聞こえる。胸のざわつきを押さえながら魔法兵に移動魔法ブリンクを使わせた。



 クソクソクソ! ロウランの話など信じるのでは無かった!


 戻って貴族達を集め、追加の部隊を……。



◇◇◇


 ——グレンボロウ。



 移動魔法ブリンクで転移した先、自分の屋敷の扉を勢い良く開けた。


「今すぐ貴族達を召集しろ!」


 ……返事が返って来ない。というより、静まり返っている。


「おい! 誰かいないのか!?」



「あ、やっぱり来た! ヴィダルー! 来たよー!」



 広間の階段から獣人の娘が降りて来た。


 両手のショートソードを


「だ、誰だお前は!? 他の者は!?」


「え? ふふ。意外にマヌケな台詞言うんだね貴族様でも」


 獣人の娘が気持ちの悪い笑みを浮かべる。その両目が真っ黒に染まっていく。そして、黒に覆い尽くされた目の中心に赤い瞳が浮かび上がる。


「ふふふふふひひふふ。皆殺しだよ。みーんなまともに戦いもしなかったねぇ」


「な、何を……罪も無い者達を、貴様!」


「罪? だって貴族様が仕掛けたんでしょ? 。だったら貴族様の部下もみーんな殺されても文句言えないよねぇ? あはは」


 笑っていた女が急に笑みを消す。威圧感で息が止まりそうになる。


 女が階段を蹴ると、その黒いマントを翻して私の前に着地した。


「な——!?」


「僕、貴族って嫌いなんだよ」


 女の冷たい声と同時に首筋に鋭い痛みが走る。


 視界が空中をふわりと漂う。



 反転した視界の中で、女がショートソードを振るう。



 側頭部に衝撃が走る。地面に視界が固定される。



 なんだ?



 目の前には首の無くなった体が、ある。



 私の体……が……。


 助けを呼ぼうとも声が出ない。ただ、目の前の光景だけが見せつけられる。


 女の前に黒いフードを被った男が現れる。


「あ、ごめんなさい。ヴィダルが来る前に首切っちゃった」


「気にするな。殺すことに変わりは無い」


 2人が私の方を見る。2人とも同じ眼。黒い眼球に赤い瞳。


「ね? コイツまだ見えてるのかな?」


「さぁ? 見ていたいのなら見せてやろう」


 男が「擬態ディスガイズ」の魔法名を告げる。すると、男が。私と同じ、姿に。



「貴族アルフレド。貴様の役割。俺が引き継ごう」



 目の前の私は、一切の笑みを浮かべず私を見つめる……そこで、私の意識は闇に飲まれた。

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