第29話 闇を選びし者 フィオナ・イクリプス

 俺達が到着した時。既にアルダー達の攻撃は開始されていた。


 広場のエルフ達は、半壊した建造物に隠れ、弓兵から奪った弓で抵抗する。


「おい! 早く次の矢をつがえろ!」

「もうやってるって!」


 建造物から若いエルフ達の声が聞こえる。複数のエルフが窓から顔を出し、一斉に弓矢を放つ。


「前衛の召喚士は紫電の殲滅者ボルト・ライズを発動。建造物攻撃に集中させなさい」


 アルダーが指揮を取り、大量の召喚士に魔法を発動させた。彼らの告げた魔法名と共に、空から雷で全身を覆われた不定形の精霊が舞い降りる。


 紫電の殲滅者ボルト・ライズが放つ電撃が大量に降り注ぐ。その攻撃によって、中のエルフ達は反撃すらままならなくなっていく。


「次に星空の女王アリタリエルを発動する。後衛は魔力を集約させよ」


 アルダーの手から光の球が空へと舞い上がる。そこへ後衛の召喚士達が魔力を注いでいく。数秒後、全長数メートルはある女性のシルエットが現れた。


 その体に星空を内包する星の守護者シリオンテアの上位系召喚魔法が。


「また厄介な物を」


「何が厄介なのヴィダル?」


 レオリアが不思議そうな顔をする。


「アレは光線の大量照射攻撃をメインとした上位召喚魔法だ。魔法の核を持つ者しか使えない代物……フィオナの魔法だろうな」


 リオンが仲間達を見て手を握り締める。


「クソ! あんなのどうしたらいいんだよ!?」


 アルダーを潰せばこの場はなんとかなる。しかし、エルフ達を守りながらの戦いは厳しいか。


 そうなると2人の方が動きやすい。


「リオン。建造物に隠れているエルフを撤退させろ。アレは広範囲攻撃を仕掛けて来る。この場に留まっても悪戯に仲間を殺されるだけだ」


「分かった! 俺が走ってみんなに伝えるよ!」


「レオリアはあの召喚魔法を引き付けろ。その間に俺がアルダーを」


「大量の光線の中をくぐるの? いいじゃん! 興奮して来たぁはははは! む、ふふ、どこから突っ込めばいい?」


 レオリアが溢れる笑い声を押さえる。いずれにせよ最初の一撃は免れない。召喚直後には攻撃モーションのボーナスがある。照射までのチャージ時間は無いに等しい。リオン達には悪いが初回攻撃終了後にレオリアには動いて貰うか。


星空の女王アリタリエル攻撃準備」


 アルダーが星空の女王アリタリエルへと指示を出す。すると、精霊の体に内包された星が輝き始めた。


「や、ヤバイぞ!? あんなのが直撃したらみんなが……っ!?」


 走り出そうとしたリオンが絶望の顔を浮かべる。


「照射!!」


 アルダーの声と共に大量の光が照射される。



 その光が建造物に降り注ぐ刹那——。



鏡影召喚ミラーズ



 聞き覚えのある魔法名が告げられた。


 エルフ達が身を隠す建造物を守るように、大量の鏡の破片が空中に現れる。


 降り注いでいた光は鏡に反射され、青空へと放たれた。


「た、助かった……のか?」

「召喚魔法?」


 建造物の中からエルフ達のざわめきが聞こえる。



「全召喚士は攻撃を中止しなさい」



 アルダーが召喚された精霊達の動きを止めた。



「やっと現れたか。フィオナ」




 アルダーのその視線の先には、他のエルフ達を庇うようにフィオナが立っていた。



 銀色の髪を揺らし、たった1人。瞳を閉じ、微笑を浮かべた彼女が。黒いドレスを見にまとったその姿は、まるで高貴な令嬢のようにも見えた。



 彼女を見たアルダーは、安心させるように微笑みを浮かべる。



「随分派手な格好をしているじゃないか。早くこちらへ来なさい。評議会の者へは既に話は付けてある」


妖精の潮流フェアリー・タイドを戦争に使う算段をですか?」


「……何を言っているんだい。そんなことは」


はやめなさいアルダー。私は貴方を殺しに来た。取り入ろうとしても無駄です」



 フィオナがゆっくりとその眼を開ける。



 その眼があらわになる。緋色ひいろの瞳。魔王デモニカの血族になった証が。



「ど、どうしたんだフィオナ!? その眼は!?」




「……もう私はフィオナでは無い」



 フィオナがその指で虚空こくうをなぞる。青いエルフ文字を描いていく。特位召喚魔法の証である青い文字を。



「アルダー。才能の無いお前にはを預けておく訳にはいきません」



 空中で描かれたエルフ文字は、やがて形を変えていき、数式のような形へと変化していく。



「ま、まさか……っ!? やめろフィオナ!!」



 アルダーの叫びは虚しく響き、フィオナが大空へと両手を伸ばす。




「聞け。私を見ている全ての者達よ。私はフィオナ・イクリプス。私は『食らう者』。我らをおおう偽りの月光を喰らい尽くし、エルフ達に真の陽光を」



 彼女は、以前からは想像もできないほど邪悪な笑みを浮かべた。



「ぜ、全召喚士はフィオナを攻撃せよ!! 前衛は電撃を発射! 後衛は早く星空の女王アリタリエルに魔力を送れ!!」



「無駄です。判断を誤りましたねアルダー」



 フィオナが片手を真っ直ぐにアルダー達へと向けた。そして、告げる。彼女の生み出したの魔法名を。




妖精の潮流フェアリー・タイド




 直後。



 彼女の手から小さな妖精が現れる。



 小さな小さな妖精。しかし、その数は猛烈な速度で増殖していく。数百を超え、数千体、数万体へと。



 ……俺の知っている妖精の潮流フェアリー・タイドの能力を遥かに超えている。これが、解放されたフィオナの力。



 混乱する召喚兵達を無数の妖精達が包み込む。



「な、なんだ……? 妖精?」 




 優しげな妖精達が召喚士達へと群がり……。



 そして。



 妖精達が微笑みの下から醜悪な牙を向ける。召喚士の、



 「あ"ぎ、あああぁぁぁあ"あああああ"っ!? や、やめ……っ!?」

 


 妖精に群がられた者のシルエットが小さくなっていく。その肉体を喰らわれていく。


 大量の妖精が去った後には骨すら残っていないかった。ただ、悲鳴だけを残し、1人のエルフが消えた。



 その光景が、至る所で起こる。



 召喚士達の断末魔が広場へと響き渡る。



「なんてことを……フィオナ……自国の民に使う、など……」


「同じく人へと放とうとした貴方に言えるのですか?」


 全てを喰らい尽くした妖精達がウネリとなり、空へと昇っていく。まるで大きな竜を思わせるウネリとなっていく。


「私を利用した者には苦悶の死を与えましょう」


 そして、その妖精達のウネリは、空を舞いながら、アルダーへと狙いを定めた。


星空の女王アリタリエル! あの妖精達を撃ち落とせ!!」


 巨大な精霊から大量の光線が照射される。数多の光が妖精のウネリに直撃する。攻撃を受けた妖精達が煙となり、空が煙に埋め尽くされる。


「また判断を間違えた。やはり貴方には才能がありませんね」


 煙が晴れた先にいた妖精のウネリは……妖精達は数を減らすどころか、さらに膨大に膨らみ続けていた。



「フィオナ……私は……」



 空を見上げた彼は、ただ立ち尽くす。



「数万の痛み。私の怒り。存分に味わいなさい」



 アルダーが妖精のウネリに飲み込まれる。





「あ、あ"ぁぁああああ"あぁぁぁぁぁ!!?」





 1人の男の叫びが周囲にこだまする。





 彼の苦しむ声は、妖精達が消えるまで続いた。





 全ての妖精が消えた後、アルダーがいた場所から光の球が現れる。フィオナの作った召喚魔法の核達。それが本来の持ち主……フィオナの元へ帰っていく。




 核達を受け入れながら、フィオナは感情を消した顔でぽつりと呟いた。





「貴方のその傲慢ごうまんは、私が引き継ぎましょう」

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