こなみカルタ
「お――風呂で最初に洗うのは、愛する妹」
虎南の声が響く。
身を乗り出した憂の手が届くよりわずかに早く、標的は暁東の手に覆われてしまった。憂は暁東と手を重ねた状態のまま動かない。
勝ち誇った顔の小学生に恨みがましい視線を送り、言う。
「暁東くん。その
「それは災難だったね」
要求をにべもなく突っぱね、暁東は札と共に手を引き抜いた。
本日一月二日。
葉火宅にて虎南主催のあけおめカルタ大会開催中である。
参加メンバーは姉倉兄妹、名瀬ハム三匹、三耶子、葉火の七名。
読み手を虎南が務め、残る六人が三人ずつ向き合う形だ。
三耶子、葉火、憂ときて、そのまま正面に暁東、隣に氷佳、そして夜々という並びになっている。
「兄ちゃ、惜しかったね」
「ありがとう。氷佳にそう言ってもらえて実質僕の完勝だ」
座り直し、並べられた取り札を見る。
今回のカルタ大会における目玉は、なんといってもこれ――虎南自作の『こなみカルタ』。
いつどこでどのようにして繋がりを持ったのかは分からないが、マチルダ監修のもと灯台娘の情報を46枚に当て嵌めたという、恐るべき中学生の素晴らしき傑作だ。
何が書かれているのか読めない読み札の面白さもさることながら、憂が特に評価しているのは、取り札。
地道に集めたのだろう灯台娘達のプライベートな写真がプリントされているのだ。当然無許可なので虎南は怒られたが、本人達の審査を無事潜り抜け、遊戯に支障なしとの判断が下された。
次はどれを狙い澄まそうか。
頬を膨らませリコーダーを吹く小学生の夜々、つい最近のものだろうツインテールで恥じらう三耶子、マネキンの手首だけを持つ葉火など様々で――中でも虎南の髪をドライヤーで乾かす夜々の札は開始早々狙いをつけていたのだが、同じく最初から狙っていたのだろうシスコンの弟に奪われてしまった。
そのシスコンは憂の正面で、やれやれといった風に澄ましている。
「ぼくとしてはお姉ちゃんの札を取るのは恥ずかしくて抵抗があるんだけどね。まあ、ゲームだから仕方ない」
「あきとくん、強くてかっこいいね。よーかみたい」
と、氷佳が嬉しそうに言った。
暁東相手にムキになると氷佳が悲しむのを知っているので、憂は隣の葉火に肩をぶつける。
「ちょっとやめなさいよ。あんたが邪魔するせいで全然取れないじゃない」
「それは僕のセリフだ。いちいち手を掴まれるせいで万引きしてる気分になるんだよ」
憂と葉火のスコアは一枚ずつ。小学生の前で醜く足を引っ張り合っているためだ。
氷佳に良い所を見せたい憂からすると非常に迷惑な話である。
「妬けちゃうくらい仲良しですねお二人は。では次、いきますよ」
虎南の一声に全員が構える。
最下位には罰ゲームが用意されているという話なので、真剣に取り組まなければ痛い目を見る仕組みとなっているのだ。
間を自在に操りたっぷり焦らしてから、虎南は唄うように札を読み上げる。
「い――ち富士二鷹、三耶子さん!」
「僕のだ!」
「あたしのよ!」
同時に手を伸ばす憂と葉火だったが、届くより早く「おりゃー!」と夜々に回収されてしまった。
二人は空になったスペースで手を重ねる。そのまま首だけを回して視線を絡ませ、何か言いたげに何も言わず、睨み合う。
先に声を出したのは、葉火。
「まずはあんたを始末するのが手っ取り早そうね」
「やってみろよ。幽霊になって憑りついてやる」
「負ける前提なのね」と、三耶子が微笑する。
なおも睨み合っていると、葉火が憂の額に弱めの頭突きをして、そのまま押し始める。憂も首に力を込めて押し返した。
この構図は初めてではなく、放課後に葉火と遊び回った日々の中で何度か経験している。最初こそ近すぎる距離に戸惑ったが、繰り返す内にすっかり慣れてしまった憂は、いまでは不良同士がメンチを切るようなものだと冷静に処理できるのだった。
首が折れた方の負け。
そうして張り合っていると、夜々がむぅと唇を尖らせ、二人の頭、その境目に手刀を振り下ろし、切り分ける。
意外と勢いが強い。
鼻を削ぎ落されてやいないかと、憂は恐る恐る自分の顔を触って確認した。
「もー。暁東も氷佳ちゃんも見てるんだからやめなよ二人とも」
「あんたもやりたいの? いいわよ、憂に勝てたらあたしが相手してやろうじゃない」
やってみようかしら、と夜々は意外と乗り気である。
夜々と三耶子が相手では敵うはずもないので憂は両手を上げて降参の合図を出した。
すると、
「よーか、氷佳としょーぶしよ!」
いきなり氷佳が勝負を仕掛け、葉火は嬉々として応じる――それに合わせて夜々が三耶子と額をくっつけ始めたので、憂は静かに座り直し、暁東を見た。
「……僕達も、やる?」
「いいよ。畳がぼくの代わりに戦ってくれるって」
「高校生に土下座させようとするんじゃねえよ。まあいい、そっちが代理を出すならこっちにも考えがある。虎南ちゃん、暁東くんの相手してあげてよ」
「良かったぁ! 余り一かと思いました! さーおいで暁東。お姉ちゃんが相手だよ」
「や、やめてよお姉ちゃん。恥ずかしいよ」
口では抵抗するものの、抱き着いてくる虎南を押し返そうとはしない暁東だった。
程なくして再開されたカルタ大会は暁東の一位で幕を下ろした。
最下位は順当に憂と葉火で、感想戦も程々に、罰ゲームが執行される。
果たしてどんな罰が用意されているのか、期待と不安を半々に虎南からの発表を待っていたが――その内容は、新たに食料を補充するため買い出しに行くという実際的なものだった。
もっとこう、エンタメ性を重視した罰を用意して欲しかった。
ガッカリだよ虎南ちゃん。
こんな罰はさっさと済ませてしまうに限るので、上着を羽織り葉火と共に家を出る。
曇り空の下には鋭く冷えた風が吹いていて、罰を冠するに相応しい外出だ、と憂は思った。
「十分くらい掛かるから、その間にあんたが凍え死にそうね。あたしに良い考えがあるわ」
「おんぶしてくれはひちゃん」
「おバカね。あんたがあたしをお姫様抱っこするのよ」
軽口を叩きながら、近くの慎ましく営まれる駄菓子屋を目指し、歩き出す。
向かい風だったので、憂は葉火を風除けに縮こまり、後ろをついていく。
見逃されていたのか気付いていなかったのか定かでないが、少し歩いたところで、葉火が隣に並んでくる。
「そういえば、あんたにまだお年玉あげてなかったわね」
「お年玉……? どうして葉火が僕にくれるんだよ」
疑問には答えず、葉火は立ち止まって憂を向き、両手を広げる。
それから、目を閉じて。
「ほら、好きにしていいわよ」
意味の分からないことを言った。
「……どういうことだ。お年玉と落とし前を間違えてない?」
「落とし前ってなによ。あたしらの小競り合いは後を引かないのが美点でしょ」
「そうだけど。だったら尚更意味分かんないぞ」
「だから、お年玉よ。玉の肌って言うでしょ。好きにさせてあげるから素直に受け取っときなさいよ」
そういうことらしかった。
確かに葉火の肌は瑞々しくて綺麗だが、好きにしろと言われてもどうせ噛み付かれるのだから遠慮しておく。仮に暴力行為を働かない保証があったとしたら、頬の一つでも摘まんでやっただろう。
行こう、と言って憂は前に進み始めた。
「勿体ない。あたしが男だったら今みたいなチャンス逃さないわよ」
「同感、後悔してるよ。葉火ちゃん」
「む。最近のあんた、あたしを妹みたく扱うわよね」
「僕を弟扱いするからだろ」
「あんたが弟だと毎日楽しそうじゃない。夜々と三耶子も妹みたいなもんだし。それでいて、友達ね。大切な」
家族と友達を同時に手に入れた気分だわ――と、弾むような調子で添える。
添えて、ふと。
なにかを思い出したような顔をして、葉火は言う。
「家族といえば、前にあたしの両親の話したわよね」
「ちょっとだけ聞いた。冒頭で止まってるけど」
「あんまり引っ張ると話しづらくなるから聞いときなさい」
憂は頷きつつ立ち止まったが、葉火が歩みを止めなかったので、隣に並び直す。
歩きながら済ませるつもりらしい。
両親の顔を知らない、と言っていた、その続きを。
「改めて言っとくけど、同情して態度を変えたりしたら、あんたのそういう他人に優しいところは好きだけど、本気で怒るから」
「大丈夫。必要な時は、巻き込んでくれるんだろ。だから安心して話してくれよ、明るくてあったかい、電子レンジみたいな面白トーク」
「分かってるじゃない」
返事がお気に召したらしく葉火はご機嫌に肩を揺らしながら、強がる様子もなくいつもの調子で、身の上話を始めた。
最短で、真っすぐに。
「あたし、お父さんとお母さんに捨てられてるっぽいのよね」
笑い話のようなトーンで葉火は言った。
笑い飛ばすようなトーンでそう言った。
憂は黙って続きに耳を傾ける。
「全部知ってるっぽいおばあちゃんが話してくれないから、全部は知らないけど、ある程度は巳舌さんに吐かせたわ。なんでもあたしの両親、バカップルだったんですって」
「バカップル?」
「そ。お父さんもお母さんも、周りが呆れるくらいに、お互いを心から愛してたみたい。だからいまも変わってないと思うわ。そんな愛し合う二人だけど、子供を愛せる人達じゃなかったのよ。理想の男女ではあったけど、理想の親にはなれなかった。有り体に言えば、あたしが邪魔になったみたい」
――どこが明るくてあったかい話なんだよ。
憂は溜息を吐きたい気分だった。
そんな憂の胸中を察したのだろう、葉火の発声に鋭さが増す。
「勘違いするんじゃないわよ。全然恨んでなんかないわ。そんな人達でも、あたしにとっては唯一の両親だし。おばあちゃんと暮らせるのも嬉しいから」
それに――と。
葉火の声に一層の力が籠る。
ここから先が重要だ、と言いたげに。
「おかげで、あんたらと会えた」
そう言って葉火は笑い――笑って、笑う。
一点の曇りもなく、ただただ楽しげに、幸せそうに笑っている。
不幸なんて一つも知らないようなその表情に、憂は自身の頬も緩むのを感じた。
「文句のつけようがないわね。命を貰えただけで十分なのに、人にも恵まれてるんだから。感謝こそすれ恨むなんてあり得ないわ。最高よ最高」
そこで葉火は空を見上げ。
「どこでなにやってるのかも分かんないし、別に会いたいと思ったこともなかったけど――いまは少し変わったわ。一度くらい、会ってみたい。伝えたいことができたから。伝えたいと、思ったから」
そして憂を向き、表情をいつものような強気で不敵な笑みへと切り替える。
「産んでくれてありがとう。おかげであたし、幸せよって。あんたらのこと考えながら言ってやるの。言葉にする大切さを改めて感じたから。そうね――うん。それがあたしの夢。さ、同情できるもんならやってみなさい」
挑発的な顔で、挑発的に。
葉火は言った。
「……できるわけないだろ」
かっこいい奴だ、と憂は思った。
心の底からそう思った。
剣ヶ峰葉火の生き方は、眩しくて、真似したくても到底真似られない、唯一無二。
そんな彼女に、出会えて幸せだなんて言われることは、幸せで、誇らしいことだから――望まれていない感情が混じる余地はどこにもない。
混じったところで、結局は葉火の色に染まってしまうのだろうけど。
混ぜない。
葉火が望むまま、そして自身の望むまま、これからも接し方は何一つ変えない。
「話はこれでおしまいよ。要するに、あたしは幸せになるために生まれてきて、幸せに生きてるって、そういう話ね」
「尊敬するよ。僕が出会ってきた中で一番かっこいい奴だ、葉火ちゃんは」
「ありがと。また一つ幸せになってしまったわ。幸福とあたしの成長には天井がないのよね」
葉火はぐっと伸びをしたのち、余韻なんて邪魔くさいと言わんばかりに話を切り替える。
「いまの話の中で気に入ったセリフがあったら、こなみカルタに入れてもらいなさいよ。あれ、結構楽しいから第二弾も作らせましょう」
いつもの調子。
憂も普段通りの気安さを崩さない。
「楽しかったよね。知らない話とか、変な写真がたくさんあってさ。一応、気に入った取り札だけ御守り代わりに忍ばせてるんだけど」
「なに持ってきてんのよバカじゃないの」
ポケットから取り出した三枚の内、葉火のものを見せつける。
目を細め虫けらかなにかを見下す葉火の写真だ。
読み札の内容を覚えているので、憂は虎南の真似でそらんじる。
「し――
「あはははは! 似てるじゃないの。虎南ってほんとアホよね。頭の文字が『し』になってる辺り本物だわ」
「あの子の本体は海外にいるんだと思う」
残り二枚もついでに読み上げた。
は――花の都、匂いフェチ三耶子。
わ――吾輩は夜々ちゃんである。猫が来たら逃げる!
「返せって言われたくないから一回家に帰ろうかな」
「あはっ、あたしらのこと好きすぎよ」
「知ってるだろ」
「知ってるわ」
葉火は満足気に深く頷き、口元を綻ばせる。
「あたしも好きよ。知ってると思うけど」
「うん、知ってる」
憂が葉火を見て笑うと、葉火も同じく笑って返す。
やがて駄菓子屋の外観が見えてくる。
「ねえ、憂。二十歳になってもお互い独身だったら、結婚してあげてもいいわよ」
「早すぎる。そういうのって、三十くらいを目処にするものなんじゃねえの」
「言われてみるとそうね。あたし、多分大学生だし。浪人のあんたに勉強教えるのが忙しくて結婚どころじゃないわ」
「不吉なこと言うな。時期が時期なら掴みかかってるぞ」
「一緒のとこ行きましょうよ。それなら教えやすいし」
「葉火ちゃん、レベル高いとこ目指すんだろ。僕、そんなに勉強得意じゃないからなあ」
「受験の時はどうか分からないでしょうに。思い込みで道を狭めるのはやめときなさい」
受験なんてまだまだ先でどうなるのか分からないし、考えたこともないけれど、いまの内から志を高く持っておくべきかもしれない。
葉火の言う通り、取り組みもせず自ら限界を設けるような思考は捨てるべきだ。
さすが葉火ちゃん、良いこと言うな――そう思った矢先、
「それに成績なんて二の次よ。あたし、大学は学食で選ぶつもりだから」
ずっこけそうになった。
学食って。
「……まあ、そういう人もいるよね」
「あんたがうちの高校を校歌で選んだのと同じよ」
「そんな奴はどこにもいねえよ! 校歌は口パクで乗り切ってんだ僕は!」
「まさか音痴なの? 可哀想に」
駄菓子屋の前で足を止める。
中に入らず憂は葉火への反撃を試みた。
「葉火こそ音痴なんだろ。あれだけ色んな場所に行きたがるくせ、カラオケ行こうとは一度も言わないよな」
「あんたのオリジナルソングなんて披露されたらたまったもんじゃないわ。氷佳用の子守歌とか作ってそうだし」
「必要無いんだよ。人は皆、生きてるだけでラブソングなんだから」
「なによそれ気持ち悪い。え、いまの本気で気持ち悪いわ」
憂は葉火の頬に指ドリルをお見舞いした。噛み千切られるのを覚悟しての一撃だったが、恐ろしいことに葉火は呆れるばかりで噛み付いてこない。
不審に思いつつ指を離すと勝ち誇った顔をされた。
恐るべし成長性が青天井の女、新たな煽り方を習得していやがる。
「仕方ないからあたしが歌を教えてあげるわ。これでも小学生の頃は『足を貰えない人魚姫』って呼ばれてたのよ」
「それは歌が下手だったからじゃないのかな!」
「中学生になって初めての合唱コンクール、ようやく足を貰えたわ」
「黙ってろってことだよ!」
「今更気付いたけど、生き様で語れってメッセージだったのね。人は皆、生きてるだけでラブソングらしいわよ」
「なんだよそれ気持ち悪い。え、いまのマジで気持ち悪いな」
怯えた風で言うと、葉火の右手に頬を挟まれた。
物理攻撃もしっかり手札として持っているらしい。
「あんた、ちゅーしたことある?」
――と。
自由に話題を変える葉火。
意表を突かれた憂は、緊張しつつ、静かに首を振る。頷こうかと思ったが、嘘を吐くと顔を握りつぶされる気がしたからだ。
「恥掻かないよう、あたしで練習してもいいわよ」
悪意っぽく笑んで葉火は言った。
憂は葉火の手を掴み、ゆっくり引き剥がして、答える。
「そういうのは冗談でもやめとけって。葉火ちゃん、意外とロマンチックなんだから大事に持っとけよ」
「まるであたしが未経験みたいな言い草ね。その通りなんだけど。だからこそ、さっさと経験しておこうと思って」
「あのなあ」
「少年漫画読んだことないの? もし悪のカリスマが現れたら、あたしのような美少女は真っ先に唇奪われるに決まってるじゃない。その場合、主人公としてしっかりやり返すけど。唇引き千切って泥水に捨ててやるわ」
「主人公のマインドじゃねえ!」
かちかちと歯を噛み合わせた葉火が「さ、買い物済ませましょ」と一歩を踏み出し、憂の前に出て、前を向いたまま言う。
「家族みたいとは言ったけど、ちゃんとあたしのことも女の子扱いしなさいよ」
「じゃ、帰り道はお姫様抱っこしてやるよ」
「あたしの喜ばせ方が板についてきたわね」
そんな会話と共に入店し、買い物を終え、憂は約束通り葉火をお姫様抱っこして――すぐにリタイアした。
人目を気にしたのもあるけれど、葉火が大量のお菓子を買い込んだため非常に重かったためだ。
「情けないわね」なんて言いながらも上機嫌に、お姫様のイラストがパッケージを飾るお菓子を味わう葉火と、帰り道を並んで歩いた。
〇
みんなで駄菓子を食べたのち、三耶子が持参したゲームを楽しんでいる中、憂と虎南はカルタを眺めて遊んでいた。
いくらで買い取ろうか考えつつ、憂は言う。
「そういえばさ、『し』の札だけ内容間違ってたけど、修正するの?」
「勿論です。わたしがあんなケアレスミストバーンをしてしまうとは一生の不覚」
この子はもうダメかもしれない。
なにを言ってるのか分からなかったので、憂は指摘しなかった。
虎南はスマホを取り出して「し、し」と呟きながら画面を弄っている。
候補をたくさんまとめているらしい。
「ありました! 本来はですね」
そこで憂は、さっきの葉火との会話を思い出し――幸せ、にちなんだ内容かなと当たりを付け、微笑みながら続きを待つ。こなみカルタはストレートに心揺さぶられる素敵な内容もあるので、的外れではないはずだ。
憂の期待を一身に背負い、虎南が朗々と、『し』の札を読み上げた。
「し――シンガーソングライター、略してSSR! 最高レア!」
そっちかよ、と憂は心の中でツッコんだ。
虎南に葉火との会話を聞かれているようで複雑な気分だった。
が、それよりも。
「これは古海先輩にゲームのガチャガチャで狙いのキャラクターを引いてもらった時、喜びのあまり出た言葉です」
「言ったのって虎南ちゃんだよね」
「そうですけど?」
「writerだからSSWだろ」
「…………」
「…………」
英語まで間違えたらいよいよ虎南はアホまっしぐらだ。
頼む、なにかの間違いであってくれ――憂は手を組み合わせ、祈るポーズをする。
虎南は無言で立ち上がり三耶子のもとへ行くと、小声でいくつか言葉を交わしたのち、フラフラとした足取りで憂のもとへ戻って来ると、正座して、項垂れる。
しばしの沈黙を置き、虎南が恥じらいにまみれた声を絞り出した。
「……泳がされてました。溺死です」
「……一緒に勉強頑張ろうね、虎南ちゃん」
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