他惑星に侵略されても、おねえさまたちは最強でした
タムラユウガ
第1話 俺のおねえさまたち(1)
自然豊かな大地と活気あふれる人間たちが住まう惑星アネスタ。
農具を使った手作業の農業や手作りの日用品が当たり前の、ゆったりとした時間の流れる平穏な世界……だった。
今から二十年前──【観測者】を名乗る謎の人物たちの声がすべての街や村に響き渡り、異形の化け物が世界各地に出現するようになった。
【観測者】曰く、アネスタの住人の実力を測るために放たれた、人間の身体能力を凌駕する化け物たち。
そんな脅威に世界は地獄と化す……ように思われたが。
アネスタの人間には、ある特殊な能力があったお陰で、今日も活気を失わずにいた。
そんな惑星の大陸にある街道の、のんびりとした空気漂う昼下がり。
ダークブラウンの髪をした男──カインは、青い軽装鎧を揺らしながら、晴れ渡る青空を遠くに眺め、そよ風の心地さを全身に受けていた。
このまま木陰で横になったら、さぞかし気持ちいいだろうなと感じる暖かな日差しが眠気を誘う。
カインの両隣には兄と姉が並び、左右に木々が生い茂る道を三人で談笑しながら歩いていた。
小さな村から大きな街へと向かう街道。ここでは鳥のさえずりが耳に届き、平和の喜びを歌っている。
三人にとっては記憶にも残らないような、ごくありふれた日常の一幕。
何事も起きなければ、日が暮れる前には目的の街に着くだろう。
しかし〝平穏は破るためにある〟と言わんばかりに、囀っていた鳥たちが何かを察して飛び立った。
「おうおうおう。金目の物、置いていってもらおうか?」
使い古されすぎて古典と化しているお決まりの文句。それを口にしながら背の高い木々の間からゾロゾロと出て来たのは、露出の多い簡素な布服を着た男たちだった。
道を塞ぐように出てきた数は二十人。
村や街では見かけないガラの悪い風貌の男たちが、手にした刃物や棍棒を自身の手のひらや肩にトントン当てながら薄笑いを浮かべている。
どこからどう見ても〝盗賊でございます〟と、自己主張を激しくかましている面々だ。
普通の旅人や商人なら、人通りもなく誰の助けも来ない場所で出会ったら、恐怖で足が竦んでしまうだろう。
命乞いをし、持ち物だけでなく身ぐるみ全て差し出して、トボトボと近くの村や街に歩いていくか。下手に抵抗をすれば夜には野生動物の餌になってしまう状況だ。しかし、
「んまぁっ!! イケメンパラダイスっ!!」
街道に響き渡ったのは、色めき立った〝男の歓喜の声〟だった。
影に忍ぶような袖の短い紫色の服に、黒い部分甲冑を重ねた装備をカチャつかせ。
溢れんばかりのマッチョな腕を見せつけるように、ライトブラウンの短髪男──バルムは、口元に両手を当て現れた男たちの品定めを始めた。
「童顔の子もいいしー、ヒゲ面も捨てがたい。あっ、ガタイのいい男も素敵ねー」
盗賊にしては若者しかおらず貫禄を感じないところを見ると、創設してあまり時間の経っていない寄せ集めの盗賊団なのだろう。
盗賊団自体が古典になりつつあるご時世に、新たに盗賊家業を始め、よりによって危険な人物に声をかけるとは、頭も運も悪いとしか言いようがなかった。
「おい……変なのに当たっちまったぞ」
「……どうします? お頭」
お頭と呼ばれた太いナイフを持った先頭の男が、頬を引きつらせながら仲間たちに振り返り、戸惑いの声を漏らす。
どうやら相手を確認せずに飛び出してきたようだが、まさかマッチョなオネエと対峙するとは夢にも思わなかったのだろう。
舌舐めずりをしながらガン見してくる背の高い男に、盗賊たちが引き気味でたじろんでいると。
「女々しいですわよ」
ヒュッと風を切る音を立て、しなやかな鞭が弧を描きながら伸び、お頭の尻をパシンッと叩く軽快な音色が響いた。
「おふうっ! ありがとうございます! って、何言わせるんだ!」
そういう気でもあるのか、一瞬嬉しそうに笑みを浮かべたお頭は、性癖を誤魔化すように慌ててツッコミを返す。
白んだ仲間たちの視線がお頭に集中するが、全員の意識はすぐさま派手な女に向けられた。
「おほほっ! 男が男を性的な目で見ているだけで動揺するなんて、意気地がないですわねっ!」
甲高い笑い声と高飛車な言い回しで、鞭を振るった張本人──リーシャが長い金髪を掻き上げた。
露出度の高い赤い革のボンテージに、異様に伸びる黒ムチ。
道端で見かけたら迷わず見なかったフリをする格好だが、ネタでもなんでもなく、本人が好んで普段着にしているのだから始末に負えない。
「マッチョなオネエに見つめられ、夜の女王様に叱咤されたら、男は誰だってビビると思うぞ。それを喜ぶ奴もいるみたいだけど」
ここまでの流れをバルムとリーシャの後ろで眺めていたカインは、半目で兄姉の背中に呆れ声を投げた。
お頭の陰に隠れてはいるが、バルムに見つめられて頬を赤くしている奴もいる。
人の趣味嗜好はそれぞれではあるが、金目の物を奪いにきた盗賊と街道を歩く変人たちの運命の出会いなぞカインは望んでいない。
「こいつらが全員変態だってなら、話はますます盛り上がるわよっ」
「誰もそんなこと言ってねーよ」
都合のいい耳をしているバルムが興奮して襲いかかろうと前へ出るのを、カインはふくらはぎを踏みつけて制止する。
目の前で男が男の身ぐるみを剥ぐ姿なんて見たくない。
三人の中では唯一の常識人だと自称するカインは、二つ年上の兄バルムと、一つ年上の姉リーシャの暴走を止める役目を常に負わされていた。
「お、お前らみたいな変態に、俺たち盗賊の貞操は奪わせないぞ!」
異質な二人と対峙して混乱しているのか、お頭が情けない理由を声高に叫ぶ。
当初の目的とは完全に変わってしまっているが、バルムとリーシャを前にしたら、身の安全を確保したいという本能には逆らえないだろう。
まとめてかかってくる気配を漂わせる盗賊たちを見据え、カインはいつでも腰の剣を抜けるよう柄に手を置く。
寄せ集めの盗賊程度ならカイン一人でも簡単に圧倒できる。それだけの戦闘知識と経験は積んできた。
どこからでも来いとカインが余裕の態度で構えていると、男たち全員の全身が一様に波立ち、服が覆っていない肌に茶色の獣毛が生え始めた。
赤い瞳に長い尻尾。突き出た口に鋭い牙。
人間に狼の要素を加えた姿に変化した盗賊たちに、カインは愉しそうにニヤリと口角を上げた。
「人狼の
どの個体も好戦的で人間を襲う。ゆえに自然と同列の脅威として恐れられているが、先日十八歳になったばかりのカインは、
武器や鋭利な爪をチラつかせる人狼たちを眺め、カインは相手の戦闘力を見定める。
人間と比べ人狼の
今回は三人対二十匹と数の差は歴然で、普通なら圧倒的不利。だが、これくらいなら自分がやるより兄姉に任せたほうが面白いだろうと、カインは腕組みして高みの見物を決め込んだ。
「二人とも。思う存分やっちまっていいぞ」
「うふふっ。どのオスから攻めていきましょうかっ!」
「おほほっ。私の鞭に叩かれたい殿方から名乗り出なさいっ!」
相手が人狼であろうとお構いなしに、バルムはエロい視線のまま両拳を胸前で構え。リーシャはドS心いっぱいに鞭を地面に叩きつけ、喜々として前方へ走り出す。
「ひ、ひぃっ! お前ら、絶対に負けるんじゃないぞ!」
「お、お頭! そんなこと言いながら逃げないでくださいよ!」
高笑いを上げながら迫って来るマッチョオネエと妖しい女王様に、完全に腰が引けた人狼たちは、お頭を先頭にプライドを投げ捨てて逃げ出した。
「そりゃこうなるよな……」
人間だろうと
人狼たちは混乱し判断力を失っているのか、バラバラになって森の中に逃げ込もうとせず、集団のまま街道をひた走る。
「私の筋肉を受け止めてくれるイケメンはいないの!?」
「ああっ、そんなに瞳を赤くして。私の鞭で体も赤くして差しあげますわ!」
しかしバルムとリーシャのヤる気は衰えず、むしろ獲物を追う野獣のように興奮を撒き散らす。
恐怖を与えるためのただの煽りかとも思えるが、本気でそう思って発している言葉だと、後ろを付いてきているカインは知っていた。
いつまでも続きそうな逃走劇。しかし強制的に終わらせるとばかりに、バルムは街道沿いにある大きな岩の前で急制動をかけた。
「私の愛を受け取りなさいっ!」
逃がすつもりはないと豪語するように、バルムの全身が淡く発光したかと思うと。
自身の二十倍はある巨岩に指をめり込ませ、地面からボコッと引き抜いた。
重量的には一軒家を持ち上げるような怪力。人外そのもののバカ力に、〝アレは本当に人間か!?〟と殿を務めていた人狼が目を見開いた。
「どすこーい!!」
奇妙な掛け声とともにバルムが両腕を振ると、ぶん投げられた巨岩は周囲の空気すら巻き込みながら放物線を描き。
走っていた人狼たちを軽々と空中から追い抜くと、街道のど真ん中に落下し、盛大に土煙を上げて全ての者の行く手を阻んだ。
「──う、嘘だろ!? 俺たちでもこんなことできないぞ!?」
あまりの衝撃に尻餅をついたお頭が、ガクガク震えながら振り返ってバルムを見る。
巨大な
そんな有り得ない光景に、他の人狼たちも足を止めその場で固まっていた。
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