20.まだ遅くないと思いたい

☆山本 鏡


 やってしまった。

 ついに、やってしまったのだ。


 破壊龍ちゃんと直接出会ってから、数日が経過した。

 少し、無理をし過ぎたのかもしれない。


 おそらく、私の精神は限界だったのかもしれない。

 けど、それはいい訳だ。


 ついに、やってしまったのだから。


「おっ! やっと定時だ! 今日もゲームするぞ! お疲れ様です!」


 そう、あの日、私は限界が来ていた。

 誰かに手伝って貰わないと、もう限界だったのだ。


 だから、有能な後輩の彼に助けを求めてしまったのだ。

 その日は頼っても罰が当たらないと思ったのだ。


 完全に判断ミスだった。


「あ、あの、今日はちょっとキツいので、手伝ってくれますと……」


 私が言い終える前に彼は言った。


「だから! 前から言ってるけど、それって俺の仕事じゃないっすよね? 俺は自分の仕事を時間内に終わらせて、定時に帰れるように考えて仕事をしているんすよ。先輩みたいに無駄に残業とかしてないんで」


 いつもなら聞き流していた。

 だが私も人間だ。


 いや、言い訳はやめよう。


 つい、言い返してしまったのは事実なのだ。

 最低だ。


「で、でも! あ、あなたは仕事の時間中に、スマホゲームをしてましたよね?」


「は? なに? そんな証拠ないよね? なに言ってるんすか? それに仮にやってたとしても、仕事はしっかりこなしてるんでよくないっすか? 先輩と違って、はい」


 実際にスマホゲームをやっているだけではなく、用もないのに1時間以上の離席をしている時もある彼だが、確かに証拠はなかった。


 ここでストップしておけば良かったのだ。


「そ、そうだとしても、たまには仕事を手伝ったらどうですか!? 私は毎日残業してるんですよ!?」


 この時、私はどこかおかしかったのだろう。


「無駄な残業でマウントっすか」


 それくらいしか、私が皆に勝っている所はない。

 そして、無駄に残業代を発生させている私は無能であった。


「で、ですが、残業時間は実際にあなたに勝っています! というか、あなたは私が残業して、持ち帰って、寝る時間を削って、休日を潰してやっている仕事を、いつもいつも定時に終わらせます! 

 私がどんなに、何回確認しようとも間違ってしまうようなことを、いつもミスなしでこなします! ズルいんですよ!!」


 私がそう言うと、後輩は大きなため息をついた。


「もういいっす。俺辞めまーす!」

「え?」


 私はただ、驚くことしかできなかった。

 そして、後輩がそう言った瞬間、部長がこちらへとやって来た。


「辞めるって! 嘘だろ!?」

「本当です。辞めます」

「そ、そんな! キミがいなくなったら、会社としては大損害だ! 辞めないでくれ! 山本は頭を下げろ!!」


 私は言われるまま、後輩に頭を下げる。


「申し訳ございませんでした! 辞めないでください!」

「辞めます」


 マズイと思い、私はもう1度言った。

 思わず、涙がこぼれてしまう。


「辞めないでください!」

「辞めます」


 彼の決意はかたかったようで、退職届けを出し、有休を使い終わった後に辞める形を、この時は希望していた。

 私は上司に今までにないくらい怒られた。

 怖すぎて、途中から記憶がなかった。


 気が付いたらなぜか踏切内にワープしていて、危うくひかれそうだった。

 電車が来なくて良かった。本当に危ない。


 ゲームじゃないんだから、変な所にワープしないで欲しい。


 そして、後輩の彼がいなくなってから、皆前よりも忙しそうにしていた。

 どうやら、後輩は私が思っている以上に優秀だったようで、次の日からは私の仕事も更に地獄となった。


 なんで、あんなことを言ってしまったのだろうか?

 私は極悪人だ。


 そして、後輩が来なくなった次の日……今日のことだが、後輩が会社に来たのだ。

 部長は嬉し泣きをしていた。


 どうやら戻って来てくれるらしい。

 なにやら条件があったみたいだが、それは私には知らされなかった。


 しかし、私が先程退職推奨されたことから、条件を導き出すのはたやすいことだろう。


 むしろ、今までよくクビにならなかった。

 いや、このご時世に退職推奨されるってよっぽどか。


 突然のことだったので、1日だけ時間を貰った。

 そして、この日は早退することにした。


 なぜか、歓迎された。


 ちなみに私は結構な地獄耳だ。

 出て行く時に「悪い奴がいなくなりそうだ。ったく、ざまぁみろ」みたいな会話がチラッと聴こえたような、聴こえてないような……どっちだろう。


 私はとりあえず、ブラブラと歩く。

 これからどうしようか。


 現実逃避したくなって来た。

 そうだ、秋葉原の高難易度ダンジョンへ行こう。


 あそこは確かこの前、破壊龍ちゃんが行っていた。

 私が行けば殺されるかもしれないが、それもまたいいかもしれない。


 苦しめば、なんかいいかもしれない。


「あれ?」


 私は下層にまで来てしまう。

 ここのダンジョンには今まで来たことなかったけど、ここのモンスターはこんなに弱かったのか?


 それとも、今日だけたまたま弱いモンスターばかりだったのだろうか?

 そう考えて探索を続けていると、とある人物と出会う。


 そう。


「グオオオオオオオオオオオ!!」


 あの漆黒のボディは間違いない、破壊龍ちゃんだ。

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