山岳機動小隊

ひるま

第1話見誤った事実。~生み出された科学の筋肉~

 目の前で起きている異常事態の中でさえ、学者達は自らに課せられた本分を全うしようと混乱する頭を必死に巡らせていた。




 それは本来なら”確実に起こりえない”と断言できていた現象。


 現在の科学力では決して成す事はできなかった・・・はず。


 ―人工ブラックホールの生成―


 

 と、言っても、彼らはその人工ブラックホールの生成を目指していた訳ではあるけれど、それはあくまでも『ほんの一瞬』『極々微細な小規模』にだけ生成させられるものと思われていた。


 実際のところ、人工ブラックホールを生成するにあたり、まず人類には未だ肝心要の強大なエネルギー源が足りない。圧倒的に足りなさ過ぎた。



 だから、目の前の空間に生じた"穴”の形成など到底不可能なはずだった。


 学者の一人がクシャクシャと頭を掻きむしる。

「何故だ!我々には足りなかったはずだ!どこからこれほどまでのエネルギーを調達できた?」


 皆が計算式を再確認するも、やはり現在起こっている超常現象は計算外の出来事だった。




 だが、彼らは"あること”を見落としていた。


 "それは”可能性はあったものの、誰もが考えもしなかった事。




 ”穴”の先には"向こう側の世界”があるという事を。





 向こう側の世界から足りない分のエネルギーがもたらされた事を。


 人類は今、異世界と繋がったのだ。






「と、いうのが最終的に導き出された答えなのです。聞いていますか?寝住ねすみさん!」

 インカムを通して聞こえてくる湊・楓みなと・かえでの甲高い声に、寝住・岳ねすみ・がく国防陸士大尉は顔をしかめた。


「もう少し声を低く抑えられませんか?湊女史」


「小さく抑えるのなら分かりますが、えぇッ!?声を低くって、難しい注文は止してくださいよォ」

 良すぎる程に非常に声通りが良いのに、さらに聞き返してくる声さえも甲高い。まるで高音での拷問を受けているようだ。


 加えて彼が搭乗する人型機動歩兵、通称ロック・キャリバーのコクピット内スペースは余剰部分が無く、搭乗者に掛かるストレスは全て我慢で乗り切らなくてはならない。


 ロック・キャリバーとはその名が示す通り足場の悪い山岳地帯に荷物を運ぶ、この場合、強力な戦車砲を運搬する運搬手段と理解してもらいたい。


 そもそも、何故、山岳地帯に戦車砲を運搬する必要があるのか?


 それは”穴”の向こう側からやってきた、これまでに人類が遭遇してきた生物に該当しない、つまり生物の定義に当てはまらない存在に対処するためである。


 彼らは当初アンノウンと呼ばれていたが。


 ①:現在までに確認されている、いかなる生物の定義にも該当しない。


 ②:知恵は働くが、その行動に知性は認められない。よってコミュニケーションは不可。


 ③:人類を含めた、コチラの世界のありとあらゆる種を捕食してしまう凶暴性を持つ。


 ④:現存する兵装で対抗できるものの、特にRPG(Rocket-Propelled Grenade)が有効とされる。


 等々の理由で彼らを捕食者イーターと呼ぶようになった。


 彼らイーターに対抗するためにRPG(対戦車ロケット弾、正確には無反動砲)の増産が推し進められてはいるが、イーターの凶暴性を前にアーマースーツだけでは防御が心許ないと戦車もしくは装甲車を随行させる必要に迫られた。


 通常の戦闘において対戦車兵器を所持した兵士は戦車に随伴すべきものなのだが、イーター相手では全く逆の構図となっている。


 さらに、"穴”の出現は非常にランダムで、必ずしも平地に現れるとは限らない。


 対応が遅れれば、それだけ防衛線深くに食い込まれてしまう。


 なので、万が一に”穴”が通常戦闘車両が立ち入れない山岳地帯に現れた場合に備えて戦車砲を運搬できる手段を講じなくてはならなくなってしまったのだ。


 加えて、イーターに対抗するRPGでさえ、すでに兵士たちに重量負荷を強いているというのに、さらに身を守るアーマースーツの重量を加えるとなると、もはやフルプレートアーマーを着用して歩くのに等しい極度の負荷を与えてしまうため、早々に上層部へ計画書が提出された。


 発想はともかく、無茶苦茶な要求である。



 現場に求められているのは。


 イーター殲滅に欠かせない強力な火器を山岳地域へと運ぶ必要がある。


 要は運搬手段を必要としているのだ。


 山岳地帯と言えば、斜度の異なる傾斜に対応する必要があり、さらに加えて足場の悪さも難題の一つに挙げられる。


 当然のごとく車輪による運搬は不可能。


 ならば馬か牛に運搬させるか?


 古くはシャテーナル[shutermal]と呼ばれるインドで用いられた小型の砲がある。

 "通称ラクダ砲”と記録にあるものの、拳銃で言うところの射撃残渣しゃげきざんさ、つまり砲撃時に砲煙と共に周囲に高熱を帯びた金属の粉末を飛び散らせるために、生きたラクダに乗せたまま砲撃できるはずもなく、ラクダから下ろして使うのが主だった。


 現代でも、やって出来ない事は無いが、結果として、イーターの標的(餌食)を増やすに過ぎない。


 ならばと白羽の矢が立ったのが、現在名古屋工科大学で研究が進められている人工筋肉であり、これを流用した多脚型車両の開発が発案された。


 当初は多脚型だったが、コストなどを考慮すると、段々と脚数が減ってゆき遂には人間と同じく2脚歩行と、まるで4足歩行から2足歩行へと変化を遂げた人類の進化を目の当たりにしているようだ。


「まあ、人工筋肉と言っても、電気を流せば伸縮するゴムなんですけどね」

 よくもまあ研究も山場を迎えようとする新型素材の流用にGoサインを出してくれたものだと、楓はため息交じりに呟いた。


 電導性伸縮ゴムと名付けられたそれは従来のロボットに採用されていたサーボに比べて構造が簡単な上に軽量。おまけに費用対効果(出力も高い)に優れ耐久性も万全だ。


 おかげで犠牲にせざるを得ないと諦めていた装甲の追加も視野に考えられるようになった。


 ・・・結果。



 ほぼ”棺桶カンオケ”と敬遠されていた本機の開発に、名乗りを挙げてくれた士官がいてくれて上層部は胸を撫で下ろしている。

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