ソーラン教 ~転移したソーラン節バカが暗黒異世界にソーラン節を普及させる~

Meg

第1話 廃部宣告からの異世界

「ソーラン節部は今度の春の披露会で廃部だから」


 顧問が唐突に告げた。


「どうしてですか? 部はうちの中学の伝統なのに」


 中学の体育館で、仲間とソーラン節の練習をしていた輝志てるしはくいさがった。


「苦情が多いんだよ。うるさいって。それに部員だって一時期よりかなり減ったし」

「それは……」

「あんなアホ踊り、今時くそまじめに踊りたがる奴いないんだろ。学校だってはずかしいんだよ」

「ソーラン節はアホ踊りなんかじゃない!」


 つい感情に任せて怒鳴った。先生は嫌そうな顔をしながら、スタスタ体育館を出ていく。

 部員数人も立ち去った。


「俺らやめるわ。こんなダサい踊り」


 肩を落とした輝志てるしの肩を、残った仲間が叩く。


「春の披露会、俺たちだけでがんばろうよ」

「……」

「いじめっ子だった俺を、部長が『人を攻撃するくらいならソーラン節で決着つけろ』っつって改心させたの忘れたか?」

「僕もいじめられっ子だったけど、ソーラン節のおかげで居場所ができました」

「部長がソーラン節好きなように、俺たちもソーラン節大好きだからさ」


 目頭が熱くなる。


「みんな」



 体育館の真上。小さな生き物がひそみ、こっそり下の様子を見ていた。



 

「どっこいしょ〜どっこいしょ! あソーランソーラン」


 風が吹くたび桜が散る。芝生の広場は人通りの多い橋の下にあった。

 輝志てるしたち部員は、爆音の音源に合わせ汗を散らせ、一生懸命ソーラン節を踊る。

 橋の上の道行く人々が、ものめずらしそうに写真を撮っていった。


「ぷっ。ださーい」


 面白おかしく言われても、部員は身体からだを動かしつづける。


 

 桜の木の枝に、小さな生き物が乗っている。


「なんて強力な魔術なの。これなら……」


 

 

 日が暮れた。仲間たちで最後に円陣えんじんを組み、スッキリと解散した。


「またみんなでソーラン節踊ろうな」

「ああ」


 誰もいなくなった芝生の上に、輝志てるしは寝転んだ。

 橋の上の桜は満開だ。花見の客が通り過ぎていく。


「じいちゃん。これからもソーラン節踊りまくるよ。ひとりになっちゃったけど」


 幼いころ、市民会館のソーラン節大会に、じいちゃんが連れていってくれた。それが輝志にとってのはじまりだ。

 老若男女問わず、ワイワイガヤガヤ全力で踊るそれは、とても楽しかった。

 じいちゃんは言った。


『ソーラン節は漁の余興よきょうなんだよ。余興は生きてくのに必要ねえ。けどな、つらいことも苦しいこともふっとんじまうくらい楽しいんだよ。だから必要なんだよ』


 先生に怒られたとき。

 部活でソーラン節の大会に出場し、落選したとき。

 じいちゃんが死んだとき。

 どんなときも、大勢でソーラン節を踊っていたら笑っていられた。

 いじめっ子もソーラン節で改心させた。いじめられっ子の居場所も作ってやれた。

 輝志はみんなで踊る、みんなで作るソーラン節が大好きだ。

 ひとりで踊るソーラン節は味気ない。

 舞い散る桜が輝志の鼻先に落ちた。


「やーれソーランソーラン」


 桜の花びらから、ソーラン節の音源が流れた。

 輝志は起きあがる。


「録音?」


 鼻先からはらりと落ちた花びら。その下から、ひょっこり小さな生き物が姿を現す。

 真っ白いミニチュアの人間みたいな姿。肩甲骨けんこうこつに蝶々みたいな羽がついている。


「ん? ?」

「失礼な! わらわを誰と心得る? 最高位妖精族の大妖精である」


 小さな生き物は尊大に怒った。

 これは明晰夢めいせきむというやつか。今、芝生でうたた寝してしまっているのだ。


「俺、輝志てるし。今のソーラン節の音源だろ。俺とソーラン節踊るか?」


 半分本気で言い、羽をつまみあげる。


「この野蛮族!」


 白い足に鼻先をけられた。


「てえな」

「まあいいわ。今は一刻をあらそうとき。人間族よ、わが世界にソーラン教で平和をもたらしなさい」


 わけのわからないことを言う。

 大体、重大な思いちがいがある。


「ソーラン節は宗教じゃない。踊りだ」

「そこなの?」

「そこだよ」

「しゃらくさい。とにかくさっさと来なさい! 急ごしらえですけど魔方陣を作るわよ」


 自称大妖精は片手をあげた。指先から、幾何学きかがく模様もようの光る円陣が広がる。


「え? え?」


 桜の花びらと一緒に、身体が円陣の中へとすいこまれていく。

 


 光のトンネルを落ちていった。


 


 荒野は血にぬれる。何万人もの人間が、剣を突き合わせて殺し合いをして。

 大砲が発射された。着弾し、破裂し、魔力のこもった青白い光が飛散する。光はあらそっている者に飛び移った。皮膚を溶かし骨を砕き、苦しめて殺す。

 尻もちをついた輝志は、白い妖精を肩に乗せ、丘の上からその光景をぼうぜんとながめた。


「どこここ」


 丘の上には陣が張られている。輝志に気づいた兵士たちが、おどろいて剣ややりを構えた。

 その中のもっとも年若い、輝志と同い年くらいの、銀髪のりりしい少年が冷たく言う。


「エデンブリアの密偵みっていか」


 妖精はあわてふためいている。


「いやあ。よりによってヴァレアニアの陣地に。早く止めて止めて」

「わけわかんないんだけど」

「だからこの世界の戦争を止めるの! さっきのあなたのソーラン教の出番よ」

「ソーラン節?」

「あなたの仲間たちのあの激しい信仰心。中心にいたあなたのあの強力な洗脳脳波。ものすごく強力だったわ。どんな魔術師でも出せるものじゃない」

「……あ、そっか。つまりそういうことか」


 ようやく悟った。


「そう。あなたの強力な魔術でこの世界を平和にして」

「なあ、さっきの音源流せる? できるだけ大音量で」

「ええ、ええ。私は音声記録魔法が使えるもの」


 立ち上がり、輝志はおもむろに身をかがめる。

 周りの兵士たちは、今にも武器をふりまわしそうだ。


「魔法を使う気か」


 妖精が口を開いた。

 ぺんぺんぺぺんぺぺんぺぺぺ……。

 三味線の音が大音量で響く。丘の下で戦う者たちが、なにごとかと注目した。

 太鼓が血を熱くさせる。

 笛の音に両腕をぐるぐるさせ、上半身を起こした。


『あ~どっこしょ~どっこいしょ!』

「あ~どっこいしょ~どっこいしょ!」

『ソーランソーラン!』

「ソーランソーラン!」


 歌いながらあみを引くまねをする。

 周りの者たちはあんぐり口を開けた。


「なんだこいつ。斬れ! 斬れー!」


 いっせいに剣が振りかざされる。


「ちょっとー!」


 妖精が音を止めて手をかざし、光る円陣を発動させた。円陣はバリアとなり、兵士の剣を弾く。


「魔法はどうしたのよ。戦を止めてよ」


 輝志は気持ちよく踊りながら答えた。


「この世界にソーラン節を広めて、世界を平和にしろってことだろ」

「はあ?」

「みんな踊れー! ソーランソーラン!」

「バカー!」


 妖精は大声で叫び、ひときわ大きな円陣を発動させた。

 その光に包まれ、輝志と妖精はその場から消える。


 


「レイザード将軍。指名手配をして今の密偵をとらえましょう」


 部下に話しかけられ、銀髪の少年将軍レイザードは、ようやくわれに返った。


「あ、ああ。もちろんだ。捕まえたら拷問だ。火の上を歩かせてやる」

「しかし何者だったのでしょうか。何の魔力もありませんでしたが」


 レイザードは平静をよそおい、剣をさやに収めた。

 内心思っていた。

 さっきの踊り、結構楽しそうだった。やってみたい、かも。

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