3

 その夜、トイレの中にいた光は、夢を見た。どうやら太平洋戦争末期の頃のようだ。明らかに夢とわかるが、どうしてこんな夢を見ているんだろう。


「ここは?」


 ここは飛行場のようだ。だが、それがどこなのか、全くわからない。周りには軍人が何人かいる。どうやら戦時中のようだ。


 と、光はその中で、見覚えのある人を見つけた。宮村八郎だ。名札を付けているので、わかった。八郎と何人かの軍人は、テーブルの前にやって来た。テーブルの前には、コップが置かれている。


「八郎さん?」


 と、1人の軍人がやって来た。彼らの指揮官だろうか?その男は、水の入った瓶を持っていて、それをコップに注いでいる。彼らはコップに注がれた水を飲んでいる。何かの儀式のようだ。だが、光は想像できない。


「君たちの成功を祈る!」


 それを見て光は考えた。まさか、神風特攻隊の出撃の様子だろうか? その後ろには戦闘機がある。


「出撃?」


 飲み終えた彼らは、戦闘機に乗った。遠く離れた所から、人々がその様子を見ている。


 戦闘機は大きな音を立てて離陸していく。人々は手を振っている。彼らはこれから、帰らぬ旅に出る。敵の戦艦に向かって体当たりするのだ。そう思うと、手を振って見送っていいんだろうかと思ってしまう。


「手を振ってる・・・」


 戦闘機はぐんぐん高度を上げていく。そして、その先に開聞岳、更に先には海が見える。その海が彼らの死に場所だ。


「開聞岳だ・・・」


 開聞岳を過ぎ、戦闘機は海の上に差し掛かった。どこかに敵の戦艦がある。その戦艦を見つけたら、体当たりする。


 と、1機の戦闘機が敵の戦艦を見つけた。その周りには日本の戦闘機がいる。戦艦の乗組員は日本の戦闘機を打ち倒そうとしている。


「せ、戦艦だ!」


 と、1人の男が敵艦に体当たりしようとしている。よく見ると、その男は八郎だ。


「八郎さん!」


 光は叫んだ。だが、八郎には聞こえないようだ。八郎は突入をやめようとしない。それが、国のためだと思っているようだ。


 八郎の載った戦闘機は敵艦に体当たりしようとした。だが、直前で撃ち落とされ、海に落ちていった。そして、八郎は死んだ。決死の体当たりとはいえ、本当に撃沈できる可能性は低いと言う。そう思うと、神風特攻隊はあってよかったんだろうかと思ってしまう。


「そ、そんな・・・」

「君、大丈夫か? 大丈夫か?」


 光は目を覚ました。そこは病院だ。光は死んでいなかったようだ。結局死ねなかった。俺はどうして生きているんだろう。


「こ、ここは?」


 光は辺りを見渡した。病室のようだ。自分はトイレにいたところを発見され、病院に担ぎ込まれたようだ。


「病院だよ」

「ど、どうして?」


 光はまだ放心状態だ。何が起こったのか、あまりわかっていないようだ。


「君、トイレで寝ていた所を救出されたんだよ。もう何日も食べていなくて、栄養失調で倒れてたんだよ」

「そんな・・・。俺、飢え死にたかったのに・・・」


 その時、横にいた医者がビンタをした。そのビンタで、光は目が覚めたような表情になった。


「バカ言ってんじゃないよ! 特攻隊員は国のために死んでいったのに、どうしてこんなにも簡単に死んでいくんだよ!」

「八郎さん・・・」


 その名前を聞いて、医者は何かに気付いた。八郎の事を知っているようだ。


「し、知ってるの?」

「うん。そんなに有名なの?」


 光は驚いている。まさか、この人も八郎の事を知っているとは。それほど有名なんだろうか?


「ああ。この知覧にいた老人から聞いたんだ。その人、とある食堂の女将さんで、特攻隊の人から『お母さん』と慕われてたんだよ」

「ふーん・・・」


 その老人の事は知っている。確か、浜島トシっていう名前だった気がする。この人は、神風特攻隊から『お母さん』と言われていて、出撃する前には当時としては豪勢な食事を提供したという。そして、手紙を遺族に渡したという。小学生の頃、平和学習で聞いた事がある。


「この人と八郎さんとのエピソード、泣けるなぁ。明日、出撃して鳥になって戻って来るって」


 医者の話によると、八郎のエピソードはとても有名で、映像化されたぐらいだという。出撃した翌日の昼、家の近くの電柱にトンビがやって来て、それが宮村八郎の生まれ変わりだと言った。するとそこにいた軍人は、『同期の桜』を歌ったという。


「そんなに有名だったとは・・・」

「光!」


 その声に反応して、光は振り向いた。そこには遥がいる。遥は嬉し涙を流している。死んだと思われていた光が生きていたからだ。


「お母さん・・・。ごめんね・・・」


 光も泣いている。だが、泣いている理由が違う。迷惑をかけて、死のうとほのめかしてごめんね。


「いいんだよ・・・。いいんだよ・・・」

「光!」


 2人はその声に反応して、病室の入口を見た。そこには慎太郎がいる。慎太郎は真剣な表情で見ている。


「お父さん・・・」

「無事でよかった。生きていてよかった」


 慎太郎は光に抱きついた。いつもに比べて温かい。どうしてだろう。


「ごめんなさい」

「いいんだよ・・・。いじめてた奴ら、みんな反省してたぞ」


 その声に反応するように、秋本と川島もやって来た。2人とも頭を丸めている。頭を丸めているのは、反省しているからだろうか? 理由はわからないが、光にはわかった。


「光、ごめんな・・・」


 秋本も川島も涙を流している。自分のせいで、みんなに迷惑をかけてしまった。丸めた頭は、その証拠だ。わかってくれ。


「いいんだよ・・・」


 光は2人とも許した。謝っているのなら、それでいい。これからは仲良くしようね。




 退院した光は、気晴らしに特攻平和会館に向かった。武家屋敷から少し離れた場所にあるこの博物館は、知覧にあった神風特攻隊の基地の跡地にできたという。そのに続く道には、石灯篭が並んでいて、特攻平和会館にはさらに多くの石灯篭がある。


「ここが、特攻平和会館・・・」


 光は特攻平和会館の周りの石灯篭を見て驚いた。それらは、神風特攻隊を供養するためのものだ。八郎を供養する石灯篭はどれだろう。


「ああ。ここから旅立っていった特攻隊をしのんで作られた博物館なんだよ」


 と、光は八郎の事を思い出した。八郎の写真もあるんだろうか? 幽霊に会って以降、気になって気になってしょうがない。


「どうしたの?」

「まさか、宮村八郎さんの写真もある?」


 遥も慎太郎もその名前に反応した。両親も知っているんだろうか?


「あると思うよ。かなり有名な人だからね」


 特攻平和会館の入口には、ボロボロの戦闘機がある。これが特攻機だろうか? 八郎はどんな戦闘機に乗っていたんだろう。海の中にそのままにあるんだろうか?


「これが特攻機?」

「うん」


 光は夢を思い出した。あの夢と同じように飛び立ち、海に散っていったんだろうか? そう思うと、無念でたまらない。そして、その時に比べて、命が大切に扱われている。なのに、どうして自分は自殺しようとしたんだろうと感じる。


「これに乗って突撃したんだね」

「八郎さん・・・」


 その奥に進むと、神風特攻隊の写真がずらりと並んでいる。この中に、八郎の写真はあるんだろうか?


「これが特攻隊員の写真だ」

「こんなにも多くの若者が散っていったんだね」


 光は彼らの写真を1つ1つ見た。だが、なかなか八郎の写真は見つからない。これだけいるのだ。見つけるのはなかなかだ。


「本当は死にたくなかったんだ。だけど、国のために死んでいったんだ」


 と、遥は1人の写真を見つけた。宮村八郎だ。


「宮村八郎・・・。この人・・・」


 光もその写真に反応した。あの幽霊の姿と一緒だ。あの時からずっとその姿で、老ける事はないんだな。


 その奥に進むと、1人の老婆が雲の上で神風特攻隊と再会する絵画がある。これが、トシだろうか?


「これが特攻隊から『お母さん』と言われた人?」

「うん」


 光は感動した。数十年ぐらい前に亡くなったんだが、天国で神風特攻隊と再会して、幸せに暮らしているんだろうか? そう思うと、ほっこりとなった。


「天国で再会している」

「いい絵画だね」


 と、慎太郎が光の肩を叩いた。光は慎太郎の方を振り向いた。慎太郎は少し笑みを浮かべている。


「光、わかったか? 自ら命を絶つなんて、やったらいかんぞ」

「うん・・・」


 そして、光は決意した。また中学校に行こう。八郎が生きられなかった分も生きよう。きっと天国の八郎も見守っているだろうから。


「さぁ、帰ろう。みんなが待ってるぞ」


 もうすぐまた中学校に行く。そして、これから自分の人生の第2章が始まる。悔いのないように生きていこう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る