第39話 終結の宿命(1)

「まさか、あれを使うつもりですか!?」

「他の手段を考えてる時間がないわ。今ならバークがいるし、思いつくのはそれしかない。だったら賭けてみましょう」


 戸惑うティアをメルは真面目なトーンで諭す。

 なんのことか理解できないバークだけが、眉を顰めて行く末を見守る。


「わかりました。ただし本人の意思を確認してください」

「もちろんよ」


 話がまとまったのか、メルはポケットから呪具カースの入った布袋を取り出すと。


「バーク、これを」


 透明な宝石の付いたシルバーのネックレスを手渡してきた。


「これは永遠の絆ジュナール?」


 バークは見覚えのあるアクセサリーを光に翳してみる。

 家族や夫婦、恋人や親友など、永遠の絆を誓う者同士が付ける昔から人気のある品物だ。


「これを使えばあいつを倒すことができるわ」

「本当か!? なら今すぐに──」

「ただし、手持ちの呪具カースの中で最高レベルに魔力の消費が激しい品なの。使い手に強烈な負担がかかるわ。無理して使い続ければ存在の維持ができなくなる。つまりは死ぬかもしれない。それでも使う?」


 〝死〟という単語にバークの心臓がドクンと跳ねる。

 メルとティアに血を吸われた時に一度は死を覚悟したが、今回は本当に死ぬかもしれないと事前に告げられた。


 明確な死の予兆。


 半死人と呼ばれる吸血鬼ブラディアが迎える死は、致命的な傷による肉体的な死だけだと思っていたが、魔力が枯渇しても存在できなくなると知り、バークはわずかに逡巡する。


 視線の先には子供が暴れるように、街を楽しそうに破壊している白ゴーレム。

 暴走を放置していれば、一時間もすれば街そのものが地図から消えてしまうだろう。


 巨大すぎて人間には対処できるはずもなく、吸血鬼ブラディアでさえ倒すのは厳しい相手を目の前に、ただ見ているだけを決め込めるか。

 自分にはできない。やりたいとすら思わない。例え自分の命が懸かっていたとしても。


「これであいつを倒せて、人と街を救えるなら。俺はやるよ」


 バークは決心を固めると、瞳に炎の意思を宿しながら宣言した。


「わかったわ。それを私たち二人に向かって使い続けて」

「二人に? ……わかった」


 メルの使用説明に訝しげにバークは応える。

 どんな効果があるかはわからないが、仲間に使うということは何かをサポートする能力が使えるのだろう。

 自分の力が二人が敵を倒す手助けになるならと、バークはネックレスをしっかりと握った。


「魔力が枯渇しそうで危ないと思ったら、迷わず使用を止めてください」

「俺も死にたい訳じゃないからな。駄目だと思ったら中断するよ」


 普段は辛口なティアすら心配してくれたことに、呪具カースの危険度の高さを感じた。


「心配してくれてありがとな」

「心配なんてしていません。素人が頼りにされてると勘違いしないでください」

「ははっ。ティアはそれぐらい辛辣なほうが、俺の気合いが入って良いよ」


 ヘコむどころか逆に明るく笑い返すバークに、ティアはフイとそっぽを向き。


「……死んだら許しませんから」 


 ポツリと聞こえるか聞こえないかレベルの一言を漏らすと、付喪神スペリアに追いつくために地面を蹴って駆け出した。


「まったく、素直じゃないんだから……」

「自分が自分に文句つけるって変だけどな」

「バカなこと言ってないで、私たちも行くわよ」


 絶妙なツッコみを華麗に躱しつつ、軽やかに足を運んでいくメルにバークも追随する。

 お陰で張っていた肩の力が抜けた。変に力んで挑んでいたら、ミスを犯して二人の計画の実現を妨げていただろう。

 ティアとメルに託すしか手段がないのが悔やまれるが、自分にできることを精一杯やろうと、バークは付喪神スペリアの巨大な背中を見据えた。


「これぐらい近づけばいけるわね」


 街の外壁近くでティアに追いついたメルが立ち止まり空を見上げる。

 元々大きな街だったが、すでに六分の一が破壊されてしまった。これ以上の進行と被害を止めるには、街の端にいる今が最大のチャンスだ。


「バークさん、お願いします」


 ティアは合図をするとメルと手を繋ぐ。

 その理由は知らないが、バークは二人の背中に期待をかけ永遠の絆ジュナールを掲げ魔力を送る。

 確かに呪具カースが息を吹き返した感覚を捉え、発動の対象をメルとティアに定めると、二人に力を届けるイメージを付随した──すると。


 メルとティアの体が淡く光り一つに繋がる。


 大きな光のドームに包まれた二人で一人の吸血鬼ブラディア

 互いに体を預け寄り添い、境界線が曖昧になって重なるように解けていく。


 そして光がより一層輝きを増し、二人の姿を眩ましたかと思うとパンッと弾け。


「なっ……これは!?」


 光が消えた直後、同じ場所に立っていたのはバークの見知らぬ女性だった。

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