第3話 分裂少女(3)

 付喪神スペリア──それは物に憑りつき命を宿した存在。


 知能を持ち個体ごとに固有の呪いを用いて人間に不安や苦痛を与え、発せられた負の気を糧に生きる厄災。


 一般市民では太刀打ちできず、戦闘技能を持った人間か吸血鬼ブラディアしか倒せないとされる厄介な生き物だ。


「なんで付喪神スペリアと戦うことになるんだよ」


 自分の体を元に戻すことと頭の中でイコールとして繋がらない。そもそも戦いの経験すらないバークに、付喪神スペリアを倒すなんてできるはずもない。


 一ミリも理解不能な発言に眉を寄せていると、二人の瞳が真剣な眼差しに変化したのが見てとれた。


「自己紹介が遅れました。私はティア。こちらがメル。あなたのお名前は?」

「バーク・マッケンヤーだ。バークでいい。武器職人をしている」


 衝撃的な出逢い方をしたがゆえに遅くなったが互いに自己紹介をする。

 そしてティアは両手をスッと体の前で重ねると、高貴な雰囲気を漂わせながら言った。


「実は私たち、元は一人の吸血鬼ブラディアだったんです」

「は?」


 突拍子もないティアの告白にバークは思わず変な声を出す。


 どこからどう見ても、見た目も性格もまったく違う人物が元は一人だった?


 耳を疑う発言に疑問符が空間を埋め尽くしていく。人間だろうが吸血鬼ブラディアだろうが、人を二人に分割することは当然ながら不可能だ。


「にわかには信じ難いことだと思いますが、私たちはフォンディアック国にいた一人の吸血鬼ブラディアだったのです」


 改まった物言いと聞き覚えのある国名に、バークは驚き半身を引いた。


「フォンディアックって十年前まで吸血鬼ブラディアたちが治めてた国だよな」


 古から吸血鬼ブラディアが統治し、人間たちの侵略も簡単に退けていた強国だ。

 しかし十年前に王族の虐殺が何者かによって行われ、現在は王族が統治する機能を失い、共和国として再出発している国でもあった。


「はい。私たちが一人だったときの名前は、メルティア・ウォズ・フォンディアック。国を統治していた王の娘です」

「王女様だったってことか!? って、吸血鬼ブラディアは子供が産めないんじゃなかったのか?」

「血の繋がりはない、親子の契りを交わした疑似的な家族関係よ。それでも父のことも母のことも敬愛していたわ」 


 バークは王族の名前に興味はなかったので王女の本名など知る由もない。

 にわかには信じ難いがわざわざ嘘を付く理由もない。

 しかし仮に本当だとしても、なぜ元々一人だった人物が二人に分かれたのかの理由にはまだ繋がらない。


 そんなバークの思考を見透かすようにティアは大きく息を吸い込むと、過去の史実を語り始めた。


「十年前、私たちの城を付喪神スペリアの軍勢が攻めてきたんです。突然の強襲で城内は大混乱で、右も左も火の手が上がり……兵も大臣も全員虐殺されました」


 当時の凶行を思い出しているのか、気丈に振舞おうとしているが言葉に詰まるティアの体はわずかに震えていた。


「玉座の間にいた両親と私の前にも付喪神スペリアたちが現れ、血濡れの体を見せつけながら迫ってきたんです。そして……」


 それを見兼ねたメルが短く息を吸い、引き継ぐ形で話を続けた。


「父も母も殺された。それでも残っていた仲間と共にほとんど倒したものの、私も最後には王と名乗る付喪神スペリアに追い詰められたの」


 ティアとメル、性格は違うが元々一人だったために知識や記憶は共有している。

 バークにとって一人の記憶を二人から聞くというのは奇妙な感覚だったが、口を挟まずに静かに傾聴した。


「でもタダで命をくれてやるつもりはなかった。だから相手が近づいてきた瞬間に最大の攻撃を食らわせてやったの」

「お陰で相手に大きなダメージを負わせることには成功したのですが、反撃で斬られてしまったのです」

「もう死んだと思ったわ。でも一瞬気を失った直後に、気がついたらメルティアだった私が二人に分かれてたのよ」


 元々一人だったことを裏付けるかのごとく、二人は交互に流れるように息の合った語りを展開する。


 これが嘘であればとんだ役者だが、作り話には思えない熱の通った言葉と真剣な眼差しに、バークはそれが真実なのだと感じた。


「斬った相手を二人に分ける。そんなこと可能なのか?」

付喪神スペリアの〝呪い〟ならできる、ということですね」


 私たちがその証拠だと言うように、ティアは自身の胸に手を置きギュッと握る。

 自分の身に起きたこと、ましてや斬られて呪いを受けるなんて恐怖と混乱は計り知れない。どれだけ辛く苦しかったか、いくら想像しようとしても他人にはわからない。


 しかし二人の過去の痛みを想像しているだけでは展開は先へ進まない。相手の心中を察し同情しつつも、バークは話を次へと繋いだ。


「つまりそいつの力を使えば、俺の吸血鬼ブラディアの部分を切り分けて、元の人間に戻れるかもしれないってことでいいんだよな?」

「はい、そのとおりです。私たちが混乱していた隙に乗じて王は逃げました。そして呪いが今も有効であることから、王も生き延びているはずです」


 細かい調整まで可能かは不明だが、メルとティアという前例が存在する以上可能性はある。ならば賭けてみるしか手は残されていない。


 自分の夢を捨て去るなら吸血鬼ブラディアとして生きる道もあるだろうが、あいにくバークの中にその選択をするつもりは一切なかった。

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