緊急避妊薬

古くからの友人である利佳子の元に、寝起きのようなグシャグシャな髪、そして着衣も乱れた状態でやってきた里美。

メイクも崩れ、只事ではないことはすぐに理解できた。

すぐにイスに座らせ話を聞くと、利佳子は里美の肩に自分が着用していた白衣を掛けてやり腕を摩った。


「怖かったわね…あなたなら相手を攻撃する術もあったでしょうに。それをできないってことは…よっぽどだったのね。」

「利佳子…あのさ、ここの中の病院ってアフターピルなんて出してもらえないわよね…」


利佳子はその言葉にハッとした。


「あなた、まさか?」


コクリと頷くと、利佳子も怒りが込み上げてきた。


「婦人科って診察受けられるのかしら。」

「ここの内科は婦人科も併設してるけど、もっと大きな病院の方がいいんじゃないかしら?行って薬、出してもらいましょう。私が連れて行くから、里美安心しなさい。」


里美たちが勤務するこの研究所は、国際的な大規模施設であり勤務する職員向けの公的機関や施設もあるが、医療関係に至っては現状は外科・内科・歯科のみであり外部の専門病院へ足を運ぶしかなかった。

利佳子の車に乗り込む頃には涙は止まり、ゆっくりと里美は語り出す。


「あの頃、ドイツにいた頃の事ね。フリードは優しかったし、まだドイツに来たばかりの頃から私に良くしてくれたし色々なことを教えてくれた。

私も修二くんと別れた後にどうしようもできなかった寂しい心を埋めたかったのよね…すぐに惹かれて付き合ったのよ。

ただその、どういう時はいつも怖かったの。強引だったし彼、支配する感じが好きなのよね…たぶん。

一年もしないで別れちゃったもの。別れたのはそれだけが原因じゃなかったんだけどさ。」


利佳子は黙って聞いていた。


「今は修二くんもいるし、息子もいるんでしょ。里美、あなたは色々とあったけど修二くんの存在が一番なのよ、これでわかったわね。」

「ホント…そうかもね。」

「彼、いい旦那さんだし、いいお父さんやってると思うわよ。友達の私が言うのも何だか照れ臭いんだけれど。」



ここは息子を出産した馴染みのある、研究所職員も多数利用しておりこの街には欠かすことのできない医療センターと呼ばれる大規模病院だ。

婦人科へ通され先の事情を伝えた後に薬の処方をうけると、三週間もすれば生理が起こるであろうとのこと。

処方された薬を服用し、何となくこれで一安心できた。


「今日はこのまま家まで送るわよ。家、修二くんいるんでしょ、話せる?必要なら私付いてるけどどうする?」

「話さないとダメかな…」

「夫婦なら、伝えておいた方が良いんじゃないかしら。」

「利佳子、いてもらってもいい?」

「わかったわ。」


自宅へ着くと、修二は予定よりも早めの帰宅であったことに若干驚いている様子ではあったが、息子の亮二にとっては母親の帰宅は喜ばしいことであろう。

利佳子が一緒であることに何かを感じているようではあるが、修二は特に何も言わない。


「あれ?利佳ちゃん、今日はどうした?」

「修二くんも子守りお疲れ様。まぁね、今日は色々あったのよ里美。後で話すんじゃない?」


日中、搾乳する時間もなくカチカチに張った胸を解放するために、里美は母乳を待ち侘びていた息子に与える。


「ただいま、亮二…」


あまりにも張り、もう片方の飲んでいない方の乳首からも反射的に母乳が滴り落ちる。

息子の前では不安な表情を見せぬよう普段通りの姿で振る舞うが、自然と流れ落ちる涙は今の心、そのものだった。


「…んくっ、んくっ…んくっ…」


亮二は時折むせながらも両手は握り拳を作り、勢いよく出ているのであろう母乳を一生懸命に飲んでいる。

フワフワな状態にまで戻った両胸を仕舞うと、自分に手を伸ばして求めてくる息子が愛しくて仕方なかった。

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