第55話53 君がいるから世界は 3

「あんたたち、ひっつきすぎなのよ。毎日一緒にいるくせに!」

 カーネリアは、仲間たちと道の舗装作業を始めたナギを見て顔をしかめた。

 側でレーゼが、色付きの石を一つずつ選んでいる。頑丈な手袋は、ナギにつけさせられたのだろう。

「だって、離れたくない。それにカーネリアだって今、クチバに引っ付いているじゃないか」

「えっ!?」

 ナギの言葉にカーネリアは、しがみついていたクチバから離れた。

「こっ、これはみんなが脅かすからよ! あんたたちとは違うの!」

「俺はできるなら、いつも一緒にいたいけど」

 ナギは何を当たり前のことを、という顔つきで言った。

 彼は夜間の警備もしているし、経験の少ない兵士に体術や剣を教える仕事もあるから、夜も昼も忙しい。それに、二人の宿舎は別だ。だから二人でいる時間は、意外と少ないのだ。

「はぁ!? だったら、さっさと結婚でも、なんでもしなさいよ!」

 カーネリアはやけくそ気味に怒鳴る。

「けっこん? けっこんって、結婚?」

 レーゼが不思議そうに口を挟んだ。ナギは下を向いている。耳が少し赤い。

「そうだ! 思い出した。昔本で見たことある。結婚式って、綺麗なお祭りみたいなものよね」

「あっ、あのねぇ!」

「カーネリア。これ以上は野暮だ」

 レーゼに詰め寄ろうとするカーネリアの肩を、クチバのがっしりした手が止めた。

「そうだぞ。二人のことは二人で考えたらいい」

 たまたま通りかかったブルーまでもが同意する。

「さ、行くぞ。仕事はまだまだ山のようにある。ここは雪が少なくて助かるよ」

「ブルー」

 ナギが呼び止めた。

「なんだ?」

「道路の舗装が一段落ついたら、俺とレーゼで行きたいところがあるんだが、数日留守にしてもいいか?」

「それは構わないが、どこに行くのか聞いてもいいか?」

「ああ。かつて『忘却の塔』と言われたところだ」

「『忘却の塔』? 知らないな? 魔女関連か?」

「いいや、とむらいたい大切な人がいる。ここから一日くらいの場所だ」

「二人で行くんだな」

「ああ。彼女のことを知っているのは、もう俺とレーゼしかいない」

「そうか……わかったゆっくり行ってこい。レーゼはあんな様子だから、お前は苦労するかもだけど。ま、がんばりな」

「……」

 ナギは顔を赤らめてうなずいた。

 ブルーもクチバも知っている。ナギが大切にしたい相手には、どんなことをしても傷つけないということが。

 ナギもまたわかっているのだ。自分達が整うには、まだ少し時間が必要だと言うことを。

 レーゼにはもう少し、世間を知ってもらわなくてはならない。彼女の知識も経験もまだまだ限定的なのだ。

「さ、作業の続きだ」

 ナギは再び敷石に手を伸ばした。

「ふ~んだ。ナギったらでれでれしちゃってさ! 前はもっとかっこよかったのに」

 カーネリアはクチバと並んで歩きだした。彼らにも彼らの仕事がある。

「男なんて、そういうものだ」

「よく言うわよ、元<シグル>だったくせにぃ」

 赤い髪をぽんとたたかれたカーネリアが、口を尖らす。

「だから俺が率先して街の復興をやるんだ。俺が手にかけた人の数は、魔女には及ばなくとも十分罪だ。だから、これは俺の仕事なんだよ。物を作って、人を助ける。お前のこともな」

「……いいこと言うじゃん、クチバ」

「言ったろ? 男なんて、そういうものだ。大切にしたい人の前では格好つけたくても、格好悪くなるんだ」

「へ、へええ~」

 カーネリアは首をかしげながら、大股で歩き出す広い背中を追いかけた。


 その後、レーゼが挑戦したことは色々あったが、その一つが料理だった。

 ナギはそんなことしなくていいと言ったのだが、レーゼは元パン屋で料理上手なカーネリアに頼んで、まずは一番簡単な焼き肉の火の番をかって出た。

 火傷をしないようにナギが、燃えにくい手袋や前掛けを甲斐甲斐しくつけてやる。

 しかし出来上がったものは炭の塊だったのだ。これにはナギも、クチバでさえも呆れていた。

「だって、よく焼いた方がいいのかと思って……ほら、生のお肉は良くないって聞くし」

「だからって、消し炭にすることないでしょう? ね? ナギ。ちょっと目を離した隙にこれなのよ。レーゼに料理は無理」

 カーネリアはもはや食べ物ではなくなったそれを、串ごと捨てた。レーゼはそれを見てしゅん、と肩を落としている。

「でもレーゼ様はやる気はあるんだ。カーネリア、お前だって教えたり工夫するのは好きだろう。ゆっくり教えてあげなさい」

「わかったわよ、あなたがそう言うなら……クチバ」

 その後、レーゼが教えてもらったのは、パン生地の重さを計り、形にすることだった。これは昔かごを編んだ技術が役に立ち、生地を三つ編みにして焼いたパンは、その後ゴールディフロウの名物になることとなる。


 さらに数日後。

 レーゼとナギは、ルビアを弔うために、ゴールディフロウの山奥『忘却の塔』の前に立った。

 いつもは雪が少ない土地だが、今年はやや降り積もっている。もやは結界はなく、道行はたいして辛くはなかった。

 けれど、塔はこの数年の間にますます痛んで、丈夫な蔦がみっしりと絡みついている。きっと内部にも茂っていることだろう。

 扉は、かつてルビアが壊したが、そこにも蔦がびっしり垂れ下がっている。

「静かだね」

「静かだ」

 二人は塔を見上げて行った。

 石でできているのに、蔦と雪を纏った塔は、もうそれだけで美しい墓標だった。

 足元を見ると、割れた土鍋が転がっている。かつてよくシチューを作ってくれていた鍋だ。獣にでも運び出されたものか。

「ただいま、ルビア母さん」

 レーゼは鍋を拾い上げて言った。

「ずっと私を守ってくれて、ありがとう。私、死ななかったよ。魔女も滅ぼした。でも知ってるよね。だからもう、静かに休んでいてね」

「ルビア。あんたが最初に食べさしてくれたシチューは忘れない。いつか俺も作ってみるよ」

「うん。私も!」

「どうかな?」

「あっ! ひどい!」

 怒るふりをしたレーゼの腕を取り、ナギは微笑む。

「さ、鍋を洗おう。そしてルビアの墓をつくるんだ」

 かつての井戸は草や蔓に覆われながらも、いまだ豊かな水量があった。山の水はまだこの下に流れているのだ。地下水は冬の最中でも凍らず、うっすらと暖かい。

 ルビアがよく世話をしていた小さな畑は、うねが微かに残るだけの荒地になっている。

 ナギは丹念に鍋を洗い、二人で耕した畑に杭を立てると、その上に鍋を取り付けた。ルビアの体はもうない。だから墓を立てることもできない。

 だから、これがルビアの墓標で弔いだった。


「ルビア。いつか、ここを再建しに帰ってくるよ。約束する」

「うん。まずは皆と力を合わせて、ゴールディフロウの街をなんとかしないとね。待っていてね、ルビア」

 そう言って二人は『忘却の塔』を後にする。

 これから仲間たちと、やることは山ほどあるのだ。

 しかし、もう忘れられることはないその場所は、いつか二人を迎え入れるのを待って、冬の空の下に佇んでいた。


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