第45話43 戦いの島へ 2
その島は自然が作ったものではない。
『エーヴィルの塔』の呼び名で、大陸中に恐怖を撒き散らしているそれは、奇岩でできているので、不吉な造形作品にも見える。おまけに
しかし、自然界ではあり得ないその造形、山から吹き降りてくる瘴気が、この島がエニグマの魔力で作られたことを示していた。
「くそっ! ただ見上げるだけで、冷や汗が噴き出るぜ!」
ブルーが忌々しそうに吐き捨てた。
他のデューンブレイドの戦士達も、顔色をなくして不気味な樹海の奥にあるその山を見上げている。
「まだ海上にいるってのに、なんだこの威圧感は!」
「島内の森や山に、一体どれだけのギマが潜んでいるのかと思うと、さっき食った昼飯を吐きそうだ」
歴戦の勇姿であるオーカーでさえ、軽口が冗談に聞こえなさそうな顔つきだ。若いビリディなどはすでに口元を抑えている。
それほどの魔島。
「まぁしかし、ここまで来ちまったからにはなぁ。何にもしねぇで引き返すわけにもいくまいよ」
「その通りだ。若きデューンブレイドの
ブルーの言葉に、クチバが珍しく口を挟んだ。
彼はかつて地下組織<シグル>の構成員として、非人道的な任務をいくつもくぐり抜けてきた経験があるのだ。
彼だけは絶望的な顔で見上げる若者達の中で、普段通りの顔をしていた。
いや、もう一人。
「カーネリアの船に合図を送れ」
ナギが中央帆柱の見張に向かって手を上げる。
皆より高いところにいて、山の影響を真近にうけているはずのイスカの守備隊員は、それでも背後の船団に向かって勇敢に旗を振った。
油をたっぷり詰めて発火装置を備えた砲弾を、島の中央の山に向かって放とうというのである。
最初は発火しやすい紅油の砲弾、次に長く燃えて広範囲を焼き尽くす黄油の砲弾の二段攻撃であった。
「撃て」
ブルーが即席で作ったレジメントの三色旗を大きく振る。
ドン ドドーン!
カーネリアの指揮下の五隻の軍艦は、エーヴィルの塔に向かって最初の砲撃を始めた。
「始まった!」
魔女エニグマとの決戦の火蓋が切って落とされたのだ。
「いいぞ! 山肌が
砲撃は約三十分の間、休みなく続けられた。
数発撃てば、砲身が熱を持って変形しやすくなるため、しばらく覚まさなくてはならない。くみおいた海水を使って冷やすのだが、あまりの激しさに水蒸気で船の周囲がけぶって見えるほどだった。
「打ち方やめ!」
ブルーの合図で、砲撃が停止した。
風で煙幕が腫れる数秒の間、兵士たちは固唾を飲んで攻撃の成果がどのようなものか見守る。
「上! 上を見てください!」
澄んだ声が皆の頭の中に響いた。レーゼだ。
一斉に皆が上空を見上げる。
「ギセラだ!」
空を覆うほどの巨鳥ギセラの大群が沖からこちらへと向かっている。総数百羽はいるだろうか?
彼らの翼は大きく、
「なんでギセラが!?」
ギセラは基本人に慣れない。しかも飛翔能力が高く、捕獲も難しいのだ。レーゼに懐いているカールは、例外中の例外である。
「エニグマに操られている!」
エニグマはなんらかの魔法で、ギセラの脳に働きかけて屈服させたのだろう。ギセラは通常は群れを作ることはないので、その魔力の範囲は非常に広大なものになったに違いない。
「来るぞ!」
先頭の大きなギセラが、中央帆柱の見張台の兵士に攻撃を仕掛けた。
さすがに鳥の力で、人一人は持ち上げられないが、
「目を狙われるぞ! 全員
「くそっ! この怪物め!」
ブルー達、隊長格が必死で叫ぶ。ギセラは十隻の船全てに攻撃を仕掛けていた。遠くから見れば、船は真っ黒に見えたろう。
兵士たちは
「刀子だ! 刀子かクナイで応戦しろ!」
指示を出したのはナギだ。
彼は兜も被らず、鉢金だけで頭を守り、得物を剣から、やや刃の長い短刀に代えて両手に構えている。
ギシェエエエエ!
ナギは帆柱を背にし、襲い掛かるギセラの
たちまちナギの周囲には、ギセラの死体が積み上がった。
「見ておけ!」
ナギは一番大きなギセラの死体の首にロープをかけ、帆柱を駆け上がる。
物見台には気を失った兵士が倒れていたが、ナギは構わずに、帆柱の間を渡っているロープにギセラを吊るした。
「他の船にも伝えろ! 吊るせ!」
効果はてきめんだった。
ギセラは鳥の中では知能が高い。
仲間の死体が吊り下げられているのを見て、恐れを成したのか、一斉に叫び声を上げながら船から遠ざかる。
たちまちその数は半分以下に減っていた。そこへカーネリアの船から弓矢が放たれる。
燃えて海に落ちた鳥は、これまた獰猛な魚達に食いつかれている。小さいが鋭い歯を持つ平たい魚だ。普段はおそらく深海にいる種類だろうが、なぜか海面近くに集まってきているのだ。
「すげぇ……」
サップが真っ青になって海面を覗き込んでいた。
海面が激しく沸き立ち、表層の水が真っ赤に染まっている。人間が海に落ちても同じ運命をたどることになるだろう。魔女の力は魚類にまで及ぶのか。
「空も海も油断できないな」
ブルーが難しい顔で呟く。
「ギセラや魚を操っているのは」
「間違いなく厄災の魔女でしょう」
クチバは、最後に船に残ったギセラの首をへし折りながら答えた。
「しかし、我々は確実にエニグマを追い詰めています。でなければここまで辿り着くこともできなかったでしょうから」
「そういうことだ」
ナギも静かに答えた。
この船の奥の船室にはレーゼがいる。ナギから絶対に出てこないように厳命されたことを素直に守っているのだ。
しかし、もうそれも終わりだ。
『行きましょう。あの島へ』
声はそう告げた。
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