第28話26 新たな出発 2
しかし、砂金で栄華を築いたゴールディフロウ王家は、よほど良い血脈が流れていたのだろう。
「これはすごいな……」
そこにはただの宝物というよりは、かつての王家の能力者が力を込めたものだと感じる品が整然と安置されていた。
装飾品は無論ある。
また多くの書物、衣装、精密な絵画や陶器、なにに使うのかわからない道具に、薬品らしきものが入った優雅な硝子瓶。
いずれも見たことがないほど優れた工芸品ばかりだ。
魔女もギマの軍団も、ここには入らなかったようだ。いや、入れなかったのか。素晴らしい品々は手付かずで、主の手に取られる日を待っている。そんな日は永久に来ないのに。
慎重に見て回ってるうち、クロウは武器や防具が置かれてある場所に来た。そこにも無論、黄金の武具や防具が置いてある。宝石で飾り立てたものもある。
クロウは試しにやや実践向きの剣を手に取ろうとしたが、できなかった。他にもやってみたが、いずれもその場所に固定されたように動かすことができない。封印が施されているのだろう。
そしてクロウは、あることに気がついた。
「……ここだけなにもない」
一番奥の壁沿いの目立たない場所に、一箇所だけなにも置かれていない場所があった。
高めの台は決して大きくはなく、何か小さなものが置かれていた形跡がある。「武器にしては小さすぎるが、なんだろう?」
そこだけ封印が解かれていて、台にも、何かが置かれていた布にも触れることができた。それが移動したのは、ここ数年内というところだろうか。
もしかしたら、塔がギマに襲われた時期とほぼ同じか?
ここには、なにがあったんだろう?
「……!?」
不意にクロウのそばを何かが通り抜け、この空の台に近づく感覚があった。
「レーゼか!?」
それは懐かしい気配の
「今のは?」
魔女の罠だろうか? しかし、そこに悪意は感じなかった。むしろ、誰かがクロウに、レーゼのことを伝えたかったのかとさえ思える。
そうだ。レーゼは確かにここに辿り着いた。
けど、ここにあった何かを探して、この場所までやってきたんだ!
それは想像というよりも、確信に近いものだった。
王家に捨てられたも同然のレーゼが、王宮の宝物庫を知っているとは考えられない。ましてや、レーゼに宝物が必要だったとも考えにくい。
しかし、ルビアに指示されたのなら別だ。ルビアはレーゼの母である皇太子妃の護衛士だと言っていた。もしかしたら彼女は、皇太子妃から何か聞いていたのかもしれない。
レーゼはきっとルビアの指示に従ったはずだ。
だが、ここでなにを取り出した?
そしてどこへ逃げた?
普通に考えたら、逃げる途中でエニグマに囚われてしまった可能性が高い。
自分の姉を長い間、森に封印していた魔女が、そう簡単にレーゼを見逃すとは思えないから。
それなら、この事態をどう考えたらいいのだろう?
レーゼはここで何かを取り出し、ここから出ていった。
エニグマに捉えられたかどうかは、今の時点ではわからない。
殺されてはいないと信じる。
ここにあった何かは、レーゼを守るためのものだ。塔を守っていた結界のように、昔の王族が力を込めたもの。
でなければ、ルビアが命がけで伝えるわけがない。
今はそれで、納得するしかなかった。
「レーゼ……あなたはどこにいる?」
手がかりはない。しかし、目的ははっきりわかっていた。
エニグマを探す。
それだけだった。
クロウがゴールディフロウ市街へ戻ったのは、夜明け前だ。
廃墟の街には所々灯りがついている。皆はもう働きだしているのだろう。
見張りはクロウの知らない少年だった。ブルーから交代したらしい。
「あっ! クロウさん! お帰りなさい!」
「ああ、俺を知っているのか?」
「もちろんです! あなたを知らないデューンブレイドは今や一人もいません。ジャルマとウォーターロウの英雄ではないですか!」
「英雄?」
クロウは鼻で笑った。
「俺はそんなものではない」
「え、でも」
「疲れた。少し休む、場所はあるか?」
「はい! この道をまっすぐ行かれたら、かつての宿屋があります。デューンブレイドの幹部の方は、そこをとりあえずの本拠地にしています。どうぞそちらへ!」
「お前、名は?」
「俺ですか? ビリディといいます。南から合流した隊のものです」
ビリディはクロウに名前を聞かれたことがよほど嬉しかったのだろう。松明の下でも、頬が染まるのがわかった。
大通りだった道を歩いていくと、かつて大きな宿屋だったことがわかる、大きな建物が見えてきた。もう起き出している仲間もいることだろう。
しかしあえて仲間に声をかけずに、裏へと回り込む。そこには井戸があり、屋根がついている。
その場所は、かつてレーゼと過ごした塔の井戸を思わせた。
クロウはそこに設けられているベンチに横になる。夏場だから風邪をひくこともない。今は一人で眠りたかった。
『ナギ……好き、大好き!』
『私待ってるから』
戸惑う自分にレーゼはそう言って、頬を包み込んでくれた。
小さくて温かい手。
あの頃はもう、俺の方が背が少し高くなっていた。
白いレーゼの顔の中で一点だけ赤い唇だけが目を引いて……中に見えた桃色の舌。
『これは大好きって意味なのよ。キスっていうの』
そして重ねられた柔らかな唇。
忘れようのない、痛みさえ伴う甘い感覚。
「レーゼ……会いたい」
クロウは眠っていた。
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