第16話15 デューンブレイド 2

「引き上げるぞ!」

 ブルーが振り返って叫んだ。そこには三十人近くの若者たちがいる。

 ほとんどが二十代の男女で、みな思い思いの防具や武器を身につけている。いわば烏合うごうの衆という出立ちだが、その瞳の光は強い。

 彼ら全てが魔女やギマに親兄弟、友人恋人を殺され、故郷を破壊された過去を持っている。魔女を憎み、滅ぼすことに命をかけている若者たちだった。

 彼らは自分達をデューンブレイドと名乗った。

 仲間は数十人の小集団に分かれ、大陸各地でギマと戦っているのだ。


「ああ、腹が減った!」

 若いサップが大きく伸びをした。すでに陽は傾いている。ほとんど一日中戦いづめだったのだ

「途中でなんか、狩っていくか? ブルー」

「よせよせ、オーカー。陽が落ちる前にここらのギマを一掃できたのは僥倖ぎょうこうだが、暗闇ではギマの方が有利だ。今日のところは残り物で我慢するんだな」

 ブルーはこの集団のリーダーだ。二十代半ばの精悍な男で。固い茶色の髪を短く刈り込んでいる。

「ちぇっ、また干し肉入りのスープと硬いパンだけか」

「次の街に移動すれば何か手に入るさ。ここに長居するわけじゃない。我慢しな」

「わかったよリーダー。じゃあ急ぐとするか」

 彼らが帰る場所は、かつてギマに滅ぼされた小さな廃墟の街だった。

 それほど大きな街ではないが、井戸が枯れずに残っていて、建物もさほど傷んでいない。野営にするにはかなり上等の場所だ。

「クロウ、夕食を持ってきたわよ」

 カーネリアが湯気の立つスープと硬いパンを持って、クロウが見張りに立つ塔に運んできた。ここには昔教会があったようで、この塔はかつての鐘楼しょうろうだ。

 ただし、鐘は地面に転がり落ちて、ひび割れ朽ちている。

 荒廃した廃墟。

 だが、クロウは塔が好きだった。彼女レーゼを思い出すから。

 布で目と頭を覆い、自分は醜いと言っていた誰にも忘れられた少女。だがその瞳は、見えないものを見て、聞こえない音を聞いていた。

 クロウの眼前で今、夕陽が最後の輝きを放って地平線に消えていく。

 その濃い藍色の目は、今は紫に染まって遠い西の空を見つめていた。

「冷めないうちに食べてよ。その間は私が見張るから」

 ぼんやりしているクロウをカーネリアが気遣い、小さなロウソクを灯す。火が落ちると途端に闇が迫るのだ。

「ありがとう」

 クロウは黙って食べ始めた。

 日持ちのするだけが取り柄のパンは、およそ食べ物とは思えないほど硬く、薄いスープに浸すことによって、なんとか食べられる代物だ。

 人が住む街に行けば、もっといい食べ物が手に入るが、その為には街からギマ討伐を依頼されて少ない前金をもらい、守り切ってから正当な報酬を得なくてはならない。

 デューンブレイドの若者たちの憎しみや、復讐心は燃え盛っていても、それだけでは腹は膨らまないのが現実だった。

「美味しい? クロウのスープには多めに具を入れたのよ」

「皆と一緒でいいのに」

 クロウは食べながら呟く。

「だって、クロウはいつも一番危険な任務を、進んで果たしてくれるから……みんな感謝してる。あなたがきてから、犠牲になる仲間がすごく減ったのよ」

 カーネリアは黙々と食事をとるクロウの横顔を覗き込んだ。

 普段は顔の下半分を覆っている口布は、食べる時はさすがに下ろしている。

 しかし、額の鉢金は巻かれたままだ。黒い皮に鉄の板が打ちつけられた鉢金をクロウが外したところを、カーネリアは見たことがない。

 夕陽を横に浴びた端正な横顔。

 体術も武器の扱いにも長けた優秀な戦士のくせに、普段は物静かでほとんど表情や声音を変えることがない。

「だいぶ大陸を北上したわね。夏の始まりなのに、結構冷えるわ」

 カーネリアはそう言ってクロウに身を寄せた。彼女は豊かな曲線を持っている。

「塔の上だし」

 クロウは冷静に言った。

「ねぇ、クロウって確か十七歳だったよね?」

「さぁ。正確な誕生日は知らないから、多分そのくらいだってことだけど」

「それならさぁ、私たちが出会った日を誕生日にしたらどう? それって去年の夏だわね。ジャルマの街」

「いや、俺は」

 彼の誕生日は冬の初め。小さく燃える暖炉の前であの少女から名前をもらった日以外にはない。


『あなたの名前はナギよ』


 彼女へ告げた誓いは、まだ果たされないまま五年の月日が経ってしまっている。

「誕生日は要らない」

 クロウはスープをかきこみながら言った。

「そう? 残念。でも私の誕生日はお祝いしてね。もうすぐなの。二十歳になるのよ」

 カーネリアは明るく言った。

 彼女は弓の名手で、トウシングサを使ってギマを狩るグループのリーダーである。また、勇敢に打って出る良い戦士でもあった。

 しかし、こうして笑っている彼女はそんなふうには見えない。長い赤毛を後頭で一つに括った、綺麗な娘である。

「……ああ。わかった」

 食べ終わったクロウはカップを置いて、懐から<血の種>の入った袋を取り出し、今日探し当てた<種>を確かめるように火に翳す。

「種」はすでに二十近くあり、大きさも透明度も様々だが、今日のものが一番小さく、血黒の色合いだ。ロウソクの小さな火が映り込んで美しいとさえ言える。

「また、<種>なの? 捨ててしまいなさいよ、そんなもの!」

 カーネリアが<種>に手を伸ばそうとしたが、クロウは素早く背後に置いた背嚢リュックの奥に入れた。

「触るな」

「なんで? みんな気味悪がっているわ。クロウだって、それが危険なものだって知っているのでしょう?」

「これは手がかりだ。ゾルーディアにたどり着くための」

「ひ……やめて!」

 その名を聞いた途端、カーネリアは顔色を変えて自分の体を抱きしめた。

「軽々しく、その名を言わないで! 魔女たちは自分を悪くいう者の言うことに聞き耳を立てているっていうわ! あなたに会う以前、酔っ払って魔女の姉妹の名前を読んで罵った仲間が、翌日には惨たらしく死んだのよ!」

 カーネリアは悲痛な声を振り絞る。

「大丈夫だ。この<種>はもう死んでいる。ただ俺に必要な情報、というだけのことだ。嫌なら俺から離れていろ」

 そう言い捨ててクロウは立ち上がった。

「もう! そんなことできるわけがないじゃない! あなたは大切な仲間なのよ」

「……仲間」

「そうよ! 一年前、あなたが助けてくれなかったら私たち、デューンブレイドは全滅していたわ」

 カーネリアは真剣に言った。

「あなたが必要なの。私……私たちには」


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