いのち短し、うたえよ乙女

霰うたかた

INTRO

 退屈の粒子がそこいらにもやった2年B組の教室、後方窓辺の席。

 黒板を掻き叩くチョークのリズムと、窓越しの陽光に温められた空気のブランケットが、

 糖質を補充した午後の脳を微睡まどろみに誘う。


 欠伸を嚙み殺しても結局抵抗はかなわず、こくりこくりとひたいで舟を漕ぐ。

 ときどきビクンと神経ニューロンが跳ねては、刹那の覚醒を得た思考がペンシルを紙上に走らせ、

 けれどもだんだんと力を失い、ミミズののたくり跡をのこす。

 制服ブレザーの上に着た社会性の殻が稼動と休止を繰り返すのを、他人ごとのように眺める。


「じゃあ、次のところを……宮本さん、読んでもらえる?」

「はい」


 教師のよびかけに、机の群れの中心あたりから、シルクで耳をくすぐるような声が応える。

 立ち上がるのと共にさらりと揺れたストレートの長髪が、硬質のように光を弾いた。

 

わたくしはそれから、この手紙を書き出しました。平生へいぜい筆を持ちつけない私には、自分の思うように、事件なり思想なりが運ばないのが重い苦痛でした。私はもう少しで……―—」


 ごしごしとまぶたを擦って、耳を傾け―—唇を薄く噛む。

 聞き取りやすく、かといって主張しすぎない、心地の良い音の集まり。

 なんだよあれ、とはまるで別人すぎるだろ。


「——……だから一旦いったん約束した以上、それを果たさないのは、大変いや心持こころもちです。私はあなたに対してこの厭な心持を避けるためにでも、いた筆をまた取り上げなければならないのです」


 教師が満足そうに頷いて、声の主が静かに座った。

 いつの間にか眠気が消え失せているのに気づいて、なんとなく悔しくなる。


 体は炎を求めていた。ステージに立ったあの日感じた、身を火照ほてらす赤い高揚を。

 心がそこに冷や水をかけた。どうせすぐに投げ出すという、青い失望が脳裏でささやく。


 絹の声の女、宮本みやもと宝良たから——also.known.asまたの名を 『Juwelジュエル』。

 あいつとの激突バトルから2週間が経ったいまも、あたしはまだ敗北を飲み下せずにいた。

 

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