第10話「続いていく線路と物語」
トヒル鉱山、十番坑道。
魔石炭を採掘する為に割られた数あるトヒル鉱山の坑道の内の一つで、今俺達が落ちてきた場所だ。
「ベガリー。灯り、頼む」
「うむ。眼前を照らせ、≪ルームライト≫」
ベガリーの魔法で、周囲は明るく照らされた。
消費MPはなんとたったの一。
MPの少ないベガリーでも使える安心魔法。
目くらましにもならない室内用の灯りだが、暗い坑道内部では有難い。
但し、効果は十分ほどで切れる。
落下ダメージを受けたものの、二人とも致命傷とはならなかったのは運が良かった。
落下時間は体感で数秒、それほど深くはない。
少し気を失っていたか。
「ベガリー、少し休んでいてくれ」
まずは、マップを確認しよう。
アルタが絞首刑になるまで、あと二時間五十分。
それまでにレベルをあと二つあげて、この坑道を脱出しなければならない
『か、改星くん?』
「七姫か? 悪い、心配させて。無事だ」
『本当? よかったぁ……』
七姫には、いろいろ話を聞きたい。
「話したいことが山ほどある。えと、俺をここからログアウトさせる事はできないか?」
沈黙。難しいか、そうだよな。
外部からの操作でも無理か。
「トランスミグレイションギア……TMGごと、俺の身体が消えたって言っていたよな?」
『う、うん』
在り得ない。
ログインしっぱなしなら、ギアはそこにあって然るべきだろ?
電源に繋がっていないんだ、普通は通電しなくなった時点で俺は強制的にログアウトできるはずだ。
それに、リアルでは一年くらい経っているって?
冗談キツすぎる。
こういうVRゲームには、確かに体感時間がゲーム内で伸びるシステムが組み込まれている。
しかし、リミッターが外れてなければ、ゲームで五時間遊んでいる内にうっかりリアルで一年過ぎていたりはしない。
メニュー画面にあったあのコード。
その時差システムに干渉していたのか?
文字化けしていたから、何の意味もないと思ったけど違ったのだろうか。
いや、まずはここから脱出する事に専念しよう。
「七姫。どうやら俺はテルスピア・オンラインに閉じ込められたらしいんだ」
『うん。でも、テルスピアは……』
わかっている。
テルスピア・オンラインは、変わらず運営されている。
七姫が知っているテルスピア・オンラインは、俺が今いるテルスピア・オンラインとはどうも違うようだ。
「一つずつ整理していこう。俺は今、イシュタ村付近にあるトヒル鉱山の十番坑道だ」
行方不明になっている俺の身体とTMGは、ひとまず後回しだ。
「七姫。お前、このゲームのディレクターだったよな?」
『そうだよ。初期から携わっているから』
「マップの構造、頭に入ってるか?」
少し間を空け、七姫のレスポンスを待つ。
『うん。大体は』
頼もしい返事をもらえたところで、俺はとある実験を試みる。
「七姫。今マップデータを送った。届いているか?」
七姫は今、私物のノートパソコンからこちらをモニターしているのが伺える。
ならば、そこにデータやファイルが送れないか試してみるか。
アップローダー、メール、試せるものはすべて使おう。
「待ってね。うん、メールに届いてる」
よし。なら、七姫は俺達の正確な現在位置を把握できる。
「トヒル鉱山の坑道から最短でイシュタ村に戻りたい。どう行けばいい?」
『わかった。とりあえず、そのまま向いている方向に線路に沿って進んで? でもイシュタ村って、廃村の? あそこに何かあるの?』
この違和感、そうだ。
これも気になっていた。
「イシュタ村、廃村じゃなかったぞ。普通に村人がいた」
『村人?』
視界情報はスクリーンショットにして保存できる。
実はいくつか保存していた。
デバッグ作業のついでとばかりに、何十枚か。
これを数枚、七姫のメールアドレスに送ろう。
ベガリーとアルタの件もある。
「今、メールを送った。イシュタ村で起きた出来事と経緯も簡単にだけど書いてある」
『え? これ……』
七姫の口から、戸惑いの声が漏れる。
『ライラ・ベガ? ベガリー? こんな見た目だっけ?』
「知っているのか?」
俺はこのゲーム、システムは理解していてもNPCは把握しきれていない。
『ライラ・ベガ。アークリフォート魔法学院の学長で、プレイヤーを助けてくれるNPCなんだけど……』
魔法学院。
そういえば、テルスピア・オンラインにそんな施設があった。
魔法やゲーム内のシステムを学んだり、鍛えたり、他のプレイヤーと対戦したり、パーティーを探したりできる場所だ。
そう。その施設で初めて『魔法』のチュートリアルが行われる。
そこに登場するのが『ライラ・ベガ』と名乗るNPCだ。
『彼女はかなり大人としてデザインされているはずだよ?』
大人。大人ねぇ……?
確かにデザインが全然違う。
子供と大人。
似ても似つかない、親子でようやく納得が行くギャップだ。
「ん? なんじゃ、何を見ておる?」
「いや、なんでもない。もう少し待っていてくれ。それで、ここをまっすぐでいいのか?」
『うん。道なりに進んで』
とにかく、俺達は歩き始めるしかなかった。
『……改星くん。イシュタ村にいた勇者って、アクィラ・アルタって名乗ったんだよね?』
歩き進めている内、七姫は何か思い詰めるように問いかけてきた。
「ああ、そうだけど」
『やっぱり。もしかすると、なんだけど』
「何かわかったのか?」
今は情報がほしい。
なんでもいいんだ、ここを脱出できなくても。
このゲームの知識を増やしていきたい。
『アルタはプレイヤー達がゲームを始める八百年前、魔王ベガリーと結託して冥王竜を倒したって設定の勇者なの』
……。なに?
『ゲームには、登場しないNPCなの』
「いや、待て。でもアイツは確かにアルタって名乗ったし、俺の前に――」
言葉を紡いでいく内に、気付いた。
廃村であるはずの村が『栄えて』いた。
死んでいるはずの人間が『生きて』いた。
大人であるはずの魔王が『まだ子供』だった。
これらすべてが一つの事象で解決する。
俺は――『テルスピア・オンラインの過去』にいるんだ。
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