口遊び

 三人は、青鈍あおにび(青みのある薄墨色うすずみいろ)の直衣のうし(普段着)に着替えて、烏帽子えぼしこうぶる。


 青鈍は、忌みの内(喪中)に着る色なので、前帝さきのみかど諒暗りょうあんには、つきづきしい(ふさわしい)か。


 母屋もや本殿ほんでん)と東の対の渡殿わたどの(屋根のある渡り廊下)に、直衣と烏帽子と置かれていた、いい(おかず)の入った破籠わりご(弁当)を食べる。


 食べ終わり、三人は漱(くちすす)ぐと、懐紙ふところがみで口をのごう。紀善道きのよしみちは、から破籠わりごを持って出て行った。

 戻った善道は、しょう(楽器)を持って来た。


「君、がくそうせるのか」

 定省さだみに問われて、善道の口縁くちびるが歪む。

口遊くちすさぶほどには(遊び程度には)」

 歪んだ口縁くちびるがおに変えて、善道は答えた。


 定省は、雅楽寮うたりょうで、楽や舞を見ているだけの善道しか知らない。


 善道は言えばいいのだ、定省に。

 幼い頃から、祖父おおじ紀有常きのありつねに習い、あらゆるがくを上手にそうせる。



 楽も舞も、選ばれるのは、上手や下手ではない。うじ(生まれ)やくらい(身分)で選ばれるのだ。

 自身でさえ、舞の上手でもないのに、選ばれているというのに。ただ藤原基経ふじわらのもとつね異母妹いもうとのお気に入りだというだけで。

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