◇番外◇ あかね色の山鳥 ~後編~
『
寝殿内にある
かと思うと、目の前に満面の笑顔を向けた暁がひょっこり顔を出した。
「……さぁ、何だろうな」
あからさまにとぼける私に、頬を膨らませ子供のように拗ねる暁。
あの時の山鳥がこんなおてんば娘になろうと、誰が予想しただろう。
溜め息が漏れ呆れる気持ちとは裏腹に、私の口角は無意識に緩く上がっていた。
◇
私を見下ろす父上が驚いているのも無理はない。
丁度近くで占術の依頼を終え寮へ帰路に就こうとしたところ、強い気を察知して様子を見に来たが、そこにいたのが毎日囚われたように屋敷で修行に明け暮れる息子だったのだから。
しかし父上は、傷だらけの私と腕の中の瀕死の山鳥を見て、何となく状況を理解したようで。
「父上、助けてくださいっ!」
最近の自分の態度を棚に上げて、都合良くも私は泣きながら訴えた。
父上はそれを咎めることはなかったが、苦しそうな顔をして首を横に振った。
「残念だがそれは無理だ、陰陽術でも命の蘇生はできぬ。出来るとしても、それが許されるのは都で唯一その資格を持った陰陽師だけだ」
「なら父上は
陰陽寮の御頭で、陰陽連を率いている父上なら当然それが認められていると思った。しかし父上は再び首を横に振った。
「今、陰陽師がその資格を持つことは、帝が停止なさっている。私にも出来ぬのだ」
私は耳を疑った。その間にも腕の中の山鳥の鼓動が、どんどん間隔が長くなっていくのを感じた。普段大人びた顔をして修行に励むのに、今は歳相応に泣きじゃくる息子を、父上はそっと頭を撫でた。
山鳥は腕の中で息を引き取った。分かってはいたが、私は腕の中から山鳥を放そうとはしなかった。折角助けたのに……まだこんなにも温かいのに、何も出来ないなんて。
「だが」
突然呟いた父上の一言に、私はぴくりと顔を上げた。
「精霊として蘇らせることはできる」
期待しただけに返ってきた言葉は、私を落胆させるには十分だった。それはずっと父上に否定していたことだ。
この期に及んでまだそんなことを言うのかと、怒りすら覚えた。
「そんな顔をするな、まぁ聞け。其方の言う通り、これは生き物に対する冒涜なのかも知れぬ。しかし精霊はどんな生き物もなれるという訳ではない。生き物自身が目的を見出し〝なりたい〟と願い、その願いを神が受け入れた者のみが叶えられるのだ」
見よ、と父上が指を向けた先を見ると、腕の中の山鳥が僅かに青白い光を放っていた。その光は徐々に強さを増し、何かをこちらに強く訴えかけているような感覚だ。
これは精霊化が許された証。そしてこの光は、気を感じることが出来る者にしか見えない。
「何故……この山鳥は精霊化を望むのですか?」
「それは、其方自身が本人に聞いてみよ」
まるで母上のような、優しい微笑みを浮かべる父上。父上にもこんな表情ができたのかと一瞬戸惑ったが、この光は時に限りがあると聞くと急いで術の準備に取りかかった。
土に
そして護符を取り出しその上へ静かに載せると、二本の指を立てて初めての陰陽術を唱えた。
「式神召喚陰陽術、精霊
瞬間、護符から青い炎が燃え上がり山鳥を包み込んだかと思うと、炎の中からまるで幻の不死鳥が蘇ったように、羽を広げた鳥の姿が現れた。
それは、明け方に見た朝焼けの鮮やかな色を映したような、茜色の山鳥だった。
長い尾までの濃淡が美しく、精霊であることを忘れるような澄んだ黒い瞳に吸い込まれそうだ。
「君は、精霊になる意味が分かっているの?」
私を見下ろす山鳥に単刀直入に問うた。すると、ゆっくりと羽根を閉じた山鳥の声だろうか、脳に響くように透き通った女の人の声が聞こえた。
『勿論。貴方の式神にならなければ、このまま再び天へ召されることも』
「でも式神になれば、僕が死ぬまで、君は僕に縛られることになる。それでもいいのか?」
山鳥は大きく頷くと、笑った。……否、笑ったように私には見えた。
『私を庇い、私のために涙してくれた貴方に、お仕えできるのなら……喜んで』
――と、こうして私の式神として彼女は再びこの世に蘇ったわけだが。
何だか式神になった理由を上手くはぐらかされた気がして、時折彼女に再度尋ねてみるものの『ご恩返しです』とにこやかに返されるばかりだ。
ぴょこぴょこと屋敷を歩き回る山鳥の姿に、数年前に山道で救った鳥のことを思い出した。罠にかかっていて苦しそうだったので離してやると、その鳥も同じように嬉しそうに飛び回って去って行った。あの鳥も元気だといいのだが。
しばらく歩き回る山鳥を眺めていたが、ずっと鳥の姿で屋敷をうろつくのも不自然だ。そう思った私は式神は自由に人の姿にできることを思い出した。
その姿は主である陰陽師の想像力にかかっていた。子供の豊かな発想を全力回転しながら山鳥に呪文をかけると、彼女は私と同世代ほどの可愛らしい少女の姿へ変身した。
漆黒の長い髪に、白い肌。単は彼女の羽の色のように、茜色の濃淡を配色した。
首の後ろの辺りで結った髪が、彼女の長い尾のようにふわりと揺れる。
ほぼ引き籠もりの私にしては、上出来だ。
「君を今日から、暁と呼ぼう」
『暁……ですか?』
母上から語学を教わっていた私には、輝く茜色の彼女を見て容易にその単語が浮かんだ。
式神にきちんとした名を付ける習慣はあまりなく父上も不思議がっていたが、彼女をこの世に再び呼び寄せた以上、私は彼女と他の式神にはない関係を築きたかった。
君が式神になった理由は分からないが、せめて蘇ったことを後悔などさせはしない。
「よろしく、暁」
差し出した手を、彼女は満面の笑顔で力強く握りしめた。
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