金の無い依頼と便利屋

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




「――私ね。依頼がしたいの。便利屋エストに。【緋刃】に」


「二度も言う必要はない。……高くつくと言っただろう」


 シルヴィは恥ずかしがるように頬を掻いて、それからガスマスクの奥を、エストの双眸をジッと覗くように見つめた。


「だって、上の空だったんだもん。それに私、お金なんてないし。……あー、身体で払えってこと? しょうがにゃあ……♡」


 蕩けるように口を開けて牙が煌めく。鮮やかなピンクのタイツをスッと、半脱ぎして。太もも、白い肌を見せつけるようにスカートを少しだけ翻す。


「……依頼の内容を言え。それが先だ」


「可愛いとか、綺麗とか。言ってくれたっていいのに。パパに言われたってもう嬉しくないがな? 貴様になら言われたら素直に喜べるんだぞ?」


 ゴチャゴチャになった口調でシルヴィは訴えかける。今更態度を変えたり、素直に甘えようとしてみたって、いつもの通りエストは無言を貫くだけだった。


「……コホン」


 空咳。挑発してたのがバカみたいでそそくさとタイツを履き直す。なんとか耳が赤くなるのは堪えた。


「私はね。ううん、私たちは幸福になる薬そのものでもあるし、治すこともできるの。同胞からしてみれば私は人間と親しくする異端みたいな存在になってるわけ」


 エストは反応を示さない。レーヴェだけが馬鹿真面目にこくこくと頷きを示す。


「記憶が戻ったのに、エストのことを所有せずにただ同行するだけなんてあいつらからしたら相当……私はイカレ女。不穏分子でもあるわけだな?」


「……幸せをぶち壊す可能性があるからか」


「酷い言い方だけど合ってるよ。正解のご褒美ぃ……いる?」


「いらん。続けろ」


 一蹴された。シルヴィは僅かに寂し気に睨んでから、話を再開した。


「私ね? ……自由になりたい。自分が人間じゃないからってふんぞり返って劣等種を見下ろしてなきゃいけないの? 私は隣にいたいの。偶然、そう思える人が貴方だった」


 エストが敵意にも等しい苛立ちを滲ませたのが理解できた。――感傷だとか、思い出を作りたくないだとか。散々言われてきたから、エストが嫌がるのは分かりきっている。


 ――妬ましいくらい、全部ルドヴィコの所為だ。


「上でふんぞり返ってエストのことを愛玩動物にして縛りつけちゃえば許してくれるだろうけど、嫌でしょ? ……と言うよりそんなことしたらあの怖い人が何するか分かんないし、レーヴェまで目が怖いよ。冗談だって」


 刺すような睥睨に身を竦ませながら、冷ややかな自嘲で場を誤魔化した。緊張と愉快さが混在している。そのおかげか、恐怖は麻痺していた。


「……まぁ、そういうこと。私が私の望みを叶えたいと思った時、この街にいられないの。だから、守って欲しい。街の外まで連れ出して欲しい。あいつらは、私が今のままでいることを認めないだろうから」


 再び長い沈黙が張り詰めた。ジッと窺うようにシルヴィは緋色の瞳でエストを覗く。蛍光する髪が薄暗い部屋をゆらりと照らした。


「…………もしかして、私が困ってるところ、見るのが好きで黙ってる? そういうSっ気にでも目覚めちゃったぁ?」


「考え事をしていただけだ。忘れるな。依頼をするなら俺とお前の関係は依頼者と便利屋だ」


「はいはい。今はそれでいいよ。エストにとってはぁ? ……だってその方が考えなくていいでしょ? だからさ。い・ま・は……いいよ」


 エストが明確な一線を隔てようとするから。からかうみたいに強調して言ってやった。


 ――街を支配する企業をたった一人でも相手取る便利屋が、報酬を払えもしない小娘の依頼を受ける? それが依頼者と便利屋の関係?


「…………あれ。……あ、えっと。あれぇ……? わ、私ええと。……ああもう、色々言ってやりたいことあったのに」


 ちょっと考えるだけで言葉が出なくなった。シルヴィは気まずそうに頭を抱えて紅潮した顔を咄嗟に隠す。瞳孔が細くなる感覚がした。


「……んと、なんでもない」


 シルヴィが閉口してしまうと静寂が部屋を包み込んだ。レーヴェが僅かに首を傾げるだけ。エストが何を考えているかもわからないし、彼は自分からペラペラ喋ったりしない。……というより喋れない。


「…………」


 沈黙が染み入る。不思議と悪い気分じゃない。ふん、とシルヴィは熱を帯びた頬を手で覆い隠す。牙が欲するみたいに疼いた。


「えへ。えへぇ。エストがすぐ黙っちゃうのも。全く顔を見せてくれないのも。……んっと。むしろ、凄く……すごいよ?」


「訳の分からないことを言う暇があれば報酬の支払い方法を考えていろ。身体以外の方法でだ」


 怒られた。沈黙の糸が途切れて緊張が解ける。


「仕事受けるにしてもまず何か食べない? どうせ師匠、ろくなもの食べてないからモーテルの自販機でマシなの買っておきたいし」


 レーヴェは肩の力をおろしながら提案した。エストは言葉を交わすことなく会釈だけ返す。


「りょーかい。美味しいの買ってくるね」


 レーヴェは慣れた様子で笑みを返すとそそくさと部屋を後にしていった。

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