ルドヴィコは歪んだ憧憬を師へ向けて

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 今となっては便利屋は不快な仕事だった。エスコエンドルフィア製薬本社から依頼を受けて研究者共を殺したが。気持ちが晴れることはない。


「…………流石に感情的になりすぎましたか」


 ルドヴィコはジッと、遠くに映る赤い荒野を見詰めながら義体ではない部分の顔を撫でた。熱のある、本物の皮膚の感触。こうして手を当てていると冷静さが戻ってくる。


『ルドヴィコ様ッ、敵襲です! アレッシオの部屋にいた治安維持隊メガハートポリスが壊滅状態です!』


 無線から響く非常事態。他の便利屋か別企業が介入したのか? 異常な薬で身体強化を施した治安維持隊を音一つ出さずに一瞬で始末できる奴がいる?


「すぐに向かいます」


 思わず頬が吊り上がった。――悪癖だ。自分の命に関わりかねないことがあると胸が高鳴る。ルドヴィコはすぐに部屋まで駆けた。床に転がる無数の死体。つい一分前まで会話していた奴らがくたばっている。


「…………犯人とは会ったかい?」


「いえ、遭遇したのはこの部屋にいた者だけです。生存者はいませんでした」


 ルドヴィコは死体の一つを注視するように見下ろした。血の一滴すら零れていない人間の身体。


「何があったのかわかりますか? 毒殺でしょうか……」


「毒殺? 違いますよ。斬殺されているようです」


 亡骸を動かすと、思い出したかのように絨毯が血に染まっていった。ほんの僅かに頭部がズレていく。他の死体も例外はない。致命傷となる部分が、傷一つなく両断されている。


「こんなことが出来る人は……僕以外に一人だけですよ」


 ルドヴィコは顔が歪んでいくのを堪えきれなかった。どうしようもなく耳に熱が巡る。恍惚としていた。ドクン、ドクンと強く心臓が打ち付けていく。血が湧いてくる。肉が躍る想いを隠すように胸に手を当てた。


「……嗚呼、師匠。また会えるんですね……。この仕事を続けてよかった。……師匠、師匠。今度こそ決着をつけたいですよ」


 感覚が研ぎ澄まされてくる。途方もない感情をぶつけるように、白い刀を一閃した。死体の頭蓋を両断してしまったが。傷一つ付くはずもなかった。


「僕も同じ境地にまで辿り着きましたよ……。嗚呼、師匠。すぐに会いに行きますよ。きっとそれが、次の仕事になりますからね」


 真っ赤に染まる頬を撫でて、開けたまま放置された隠し扉を一瞥した。

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