ソレイユ嬢の花嫁修業編・2
今年の夏は村の作物が良く実ってくれた。
ジャガイモもカボチャも豆類も豊作となっていた。
大麦もまあまあの収量となって村人も喜んでいる。
このあとソバの実を収穫できれば、今年の冬は無事に越せそうだと、村長が笑顔で話していた。
お父様もホッと息をついておられた。
薬草を刈り取って乾燥し、村の薬師がポーションや薬をたくさん作って備えている。
他領ではまだ流行病の抑え込みができていない場所もあると聞く。
あらためてラドクリフ家には感謝しなければと思った。
とりあえず、北の方角に向かってお祈りを捧げていたら、通りかかった弟のリックが不思議そうにしていた。
「何をしているんです、姉上? 獲物の鳥でも飛んでいましたか?」
なんでも食い気に結びつけないでほしいわね!
私は狩人じゃないのよ!?
「でもこのあいだ山に行って、山鳥を捕まえたと喜んでいましたよね?」
それはそれ、これはこれよ!
夏の終わり。
秋の風が吹き始めたころ、お客様の訪いがあった。
とはいえ、私には関りのないことと思っていたけれど、お客様がお帰りになったあと、お父様に呼ばれて執務室に向かった。
そこにはお母様もいらして、なんだかうれしそうにしていらっしゃる。
私は首をかしげつつも、お父様に促されるままソファに腰を下ろした。
あらたまったようすでお父様が切り出したのは、私の縁談話だった。
驚いたけれど、貴族の縁談に本人の意思は関係ないと知っているので、粛々と受け入れるだけだ。
正直、期待などしていないわ……。
「ラドクリフ家より、お前をご嫡男レン様の妻に迎えたいと、申し出があった」
んん?
空耳かしら?
キョトンとしてお父様を見る。
無表情のお父様と、ニコニコとご機嫌なようすのお母様の対比がすごいわね。
返事をしない私にしびれを切らしたのか、お母様が声をかけてきた。
「もう、この子ったら! 自分のことなのですから、しっかりお聞きなさい!」
そう言われても……。
ボンヤリする私に向かって、お父様がもう一度話してくれた。
「お前にラドクリフ家のレン様との縁談が来ている。この件に関して、寄り親のラグナード辺境伯様よりご許可もいただいている。そこまではよいか?」
ゆっくりとその言葉の意味を
私がラドクリフ家の次期様の妻になるの?
脳裏にレン様の美丈夫な姿が思い浮かんだ。
うれしさが込み上げてきたと同時に、私では釣り合いが取れないという、心の声が聞こえた。
喜びのあとすぐに、現実を思い知る――――。
「ですがお父様、私では男爵夫人は務まらないと思います……」
私ではレン様に恥をかかせてしまうだろう。
王都学園も卒園できていない無学な妻では、笑いものになるのがオチだ。
意気消沈する私を見て、お父様は静かにうなずいた。
「お前が落ち込むことはない。学園に入れてやれなかった私の不甲斐なさのせいだ。若い娘の盛りに、満足にドレスの一枚も仕立ててやれない父を許してくれ」
そう言ってお父様は私に頭を下げたのだ!
「お父様、おやめください!」
とっさに大きな声が出てしまった。
ああ、いけない!
こういう粗野なところが私にはあって、貴族令嬢としては失格なのだと思う。
だってお母様がものすごい目で睨んでいるんですもの!
雷が落ちるかと身構えていたら、叱られなかった。
「まったく、あなたという子は。まずはきちんとお話をお聞きなさい!」
ピシャリと注意されただけだった。
顔を上げてお父様を見れば、お母様を宥めながら苦笑していた。
「急な話で驚くのは無理もない。だが、ラグナード家からの許可をいただいている以上、こちらからお断りを入れるのも難しい。もちろん、お前が断固として拒否をするならば、同格の男爵家としてはお断りすることも可能だが……」
お父様はそこでいったん言葉を切って、そして私を正面から見つめた。
「悪い話ではないと思っている。普通の親ならば危険な大森林最奥の領に嫁に出すのは
お父様の言葉に、ちょっと含みを感じたのは気のせいかしら?
お母様も残念なものを見るような目で私を見ているわね?
なぜかしら??
「ラドクリフ家には、昨年の冬に助けていただいたご恩もある。それをお返しできていない上に、この婚姻の条件にロゼット村への支援もお約束いただけるそうだ。さらに持参金は不要とまで言ってきている」
「こんな好条件は二度とないわよ!!!」
お母様が身を乗り出して、目をかっぴらいて叫んだ!
お父様も私もびっくりした!!
控えていたじいやは黙ってうなずいていたけれど。
お父様が咳払いをして続けた。
「ただし条件がひとつある」
ああ、やっぱりうまい話には裏があるのね……。
ちょっとだけ遠くを見つめてしまった。
「ラグナードで一年ないし二年間、花嫁修業をしてほしいそうだ。かかる費用はすべてラドクリフ家で負担してくださる」
「こんな好機は二度とないのよ!!!」
目が血走っているお母様に、ちょっと引いてしまった。
「花嫁修業先は、ラグナード前辺境伯夫人が請け負ってくださった。勉強からマナー、薬学から護身術まで、たたき込んでくださるそうだ」
苦笑交じりのお父様の言葉が引っかかる。
たたき込んでくださる……って。
ええ?
この私にできるのかしら?
「大森林を単騎で駆けた豪胆な娘ならば、耐えられるでしょう。とのお言葉をいただいている」
えぇ……?
「あなたなら『いつかオークも倒せる』と、アンジーさんがおっしゃっていたわよ!?」
「無理ですッ!!」
お母様はアンジーさんと、なんのお話をされていたのよ!!
そんなわけで、元から私の意見など
お父様ももったいぶった言い方をしてひどいわね!
「貴族家に嫁げるだけで御の字よ! ましてや当主夫人なんて、奇跡にも等しいわ!! 何よりも持参金不要!! 神の言葉だわ!?」
お母様はそう言って、廊下で軽やかにステップを踏んでいた。
持参金不要。
確かに魅惑の言葉だけれど、売られていく子羊の気分になるのはどうしてかしらね?
こうして私は春からラグナードで花嫁修業をすることになった。
侍女見習いとして、村で仲の良かったララという少女を連れていくことになった。
ララ本人も「あたしが付いていってあげるから、がんばんなさい!!」と、上から目線で妙にやる気に満ちていたのよね。
気心が知れたララが一緒なら、心強い……のかしら?
大丈夫よね?
この冬のあいだに、私とララはお母様とばあやに徹底的にしごかれることになった。
お母様の目が毎日血走っていて怖いわ!
そしてララは猫を被るのが上手で、最低限の侍女業をそつなく身につけていた。
あれも一種の才能ね。
うらやましい!
「だって、あたし器用貧乏スキル(強)を持っているもの。大成はしないけど、そこそこ世の中を器用に渡っていけるってことよね!」
あっけらかんと笑っていた。
本当にうらやましいわ!!
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