18 聞かれてた?!

 今、クラウディア様は、え、なん、え?


「な、え、と、どうして、それを」


 クラウディア様はニコッと笑って、


「ベルンハルトから」


 ……ベルンハルトぉ!


「いや、それは、その、仕方なくというか、勢いというか……!」

「詳しく聞いてもいいかしら?」

「っ……」


 王妃の言葉を断れるわけないでしょ……!


「そ、の、抱き締めたのは……」

「うんうん」

「あの方から魂が不安定になっていると聞いて、り、離婚についての話は一旦やめて、私のことを頭から追い出してくださいといったんです。そしたら、あの、方が……」

「うん」

「とても、悲しそうな顔を、したものですから……なんだか、そのままにするのは、気が引けて……少しだけならいいかなって……やりました……」

「なるほどねぇ。それで、キスは?」


 やっぱりそれも聞くんですね! うわあああもう!


「……家族と話がしたくてあの方にその許可を得ようとしたら、あの方はすごく不安がられて」

「ふむふむ」

「何がそんなに不安なのかと、……怖がっているのかと聞いたら……その、苦しそうな顔で、今にも泣きそうな声で、私が家に帰ったら、もう、私と二度と会えなくなるんじゃないかって、言ってきて……」

「それで?」

「それで……自分、でも、よく分からないのですが……あの方に、傷を負っているあの方に、なにか、自分になにか出来ないかと、思っ、たら……して、ました……」

「そっか。リリアちゃんは優しいわね」


 優しいんだろうか、これは。


「好きでもないのに抱き締めてあげて、好きでもないのにキスまでしてあげて。ねぇ?」


 にっこりと言われる。が、ちょっとその言い方はどうだろうか。


「殿下。それでは私はそういった人に、誰もにそうするような印象に聞こえてしまうのですが」

「あら、じゃあ、違うのね。あの子だからしたの?」

「……」


 この人性格悪いぃ!


「あの子のこと、好き? 嫌い?」


 首を傾げて可愛らしく聞かないでください。もうやだ……。

 もういい。もうこの際、言ってしまおう。


「正直に申し上げますと、嫌いではない、が答えになります」

「あら、好きじゃない?」

「……あの方がとても誠実で、皆に好かれる性格で、呪いさえなければもうとっくにどなたか愛し合える人を見つけて愛を育んでいたんだろうと想像できる程度には、あの方を立派な方だと思っております」

「じゃあ、どうして?」


 どうして。それは私が聞きたい。


「……心の中に、なにか、モヤモヤしたものがあるんです。殿下からあそこまで話を聞いても、いえ、聞いたからこそ、かもしれません。三ヶ月放置されたのは、それは本当に嫌でしたけど、その間どれだけあの方が努力を……死ぬ思いをしてきたのか、知って、余計分からなくなってしまいました。どうして私なんか、自分のことばかり考えている私なんかを、あの方が愛してると、そう言ってくれるのか、不思議でなりません。私はそれに、応えたこともないのに……」


 愛されている。私は夫に愛されている。それは何度も実感してきた。実感する度に、心のモヤが溜まっていった。これは、私の心が、汚い証拠ではないだろうか。


「……やっぱり、私は、あの方に相応しくないのだと思います。もっと心の綺麗な、素晴らしい方が、あの方の横に居るべきだと、思います」


 そう、もっと、私なんかよりずっと、あの人に気を使えて、あの人のことを考えられて、あの人のために動ける人。そんな人こそ、あの人の隣にいるべきだ。


「なので、私はここにいるべきではないですね。やっぱり離婚はすべきです。それがあの方のためになると思いま、」

「ならない!」


 ……はて。考え込みすぎたかな。あの人の声が聞こえた気が。


「ベルンハルト、まだ話は終わってないのだけれど」


 クラウディア様が、私が座っている方の、丸く刈り込まれた生け垣の方へ向かって言った。


「すみません。縄で縛り上げて猿轡を噛ませたんですけど、どちらも引き千切られまして」


 縄と猿轡を引き千切るってなに?


「リリア!」


 また、声が聞こえた。まさかと思いつつ、そうっと、後ろへ顔を向ける。

 そして、見えた光景が。


「もういいだろうベルンハルト! その手を離せ!」


 ベルンハルトに腰のベルトを掴まれながら、今にも走り出しそうな体勢でこっちに向かって足を踏み出している夫だった。


「いや、曲がりなりにも王妃殿下のご命令なので。遂行しなければならず……主のお力になれずすみません」


 ベルンハルトはそれに対抗するように、後ろに体重をかけているらしく。


「全くすまなそうに聞こえない!」


 ベルンハルトに顔を向けているので、夫のその顔は見えないけれど。……これは、相当まずいのではなかろうか。


「で、じゃあ動きますか? 僕の握力も大概なので、最終的にベルトが千切れてスラックスが落ちることになると思いますけど」

「……」


 夫の動きが止まった。この期を逃してはならない。


「王妃殿下。申し訳ありませんが一旦失礼いたします」

「あら、そう?」


 そんなクラウディア様の声を聞きながら、私は駆け出した。侍女達には申し訳ないが、たぶんクラウディア様がその後を見てくれるだろう。


「っ?! リリア!」


 夫の声にかまっている暇はない。というか夫から離れるのが目的なので、ぜひそのまま捕まっていてもらいたい。

 このまま玄関ホールに行って、馬車に乗って……帰ったら夫と鉢合わせる! 駄目だ! この案不採用!


「っ……たしか……」


 四阿に案内される途中で、高い生け垣で作られた大きな迷路があった。そこに行けば、少なくとも時間は稼げる、はず。そして頃合いを見計らって、四阿に戻り、夫がいないと確認してから、クラウディア様へ突然席を辞したことを謝る。まあまだ、これのほうがマシだろう。


「リリア!」


 うわあ来た方向から声が聞こえるぅ! ベルンハルト手を離したな?!


「あった! 迷路!」


 幸い迷路の入り口もすぐに見つけられ、中へ入る。結構凝った造りらしく、ずんずん奥へ進んでも出口らしきものは全く見えてこない。

 これなら、なんとか撒けそう……。


「リリア!」


 ひいっ?! 結構近くから声が聞こえたぞ?!


「……リリア、迷路に入ったんだな。けどな、私は子供の頃に何度もこの迷路で遊んだんだ! ベネディクトやエルメンヒルトやフロレンツィアやアルフォンスやコンラートとかとな!」


 ベネディクト様は第一王子でエルメンヒルト様は第一王女でフロレンツィア様は第二王女でアルフォンス様は第二王子でコンラート様はキルンベルガー公爵家の長男! とか分析してる場合じゃない!


「だから! 道も全て覚えている! すぐに見つけ出す……!」


 怖い怖い怖い声から覇気を感じる……!

 ていうかそもそも何?! クラウディア様とベルンハルトのやり取りからして、あの話を聞かれてたってことだよね?! しかも恐らく最初から! 最悪! ていうかなんで聞かせてたの?! そもそも聞かせるために私を呼んだの?! もう何?! ワケが分かんない!


「……」


 ザク、ザク、と短く刈り込まれた草を踏む音が近付いてくる。けど、これ以上下手に動けば即座に見つかる気がして、身動きが取れない……!

 ザク

 音が。

 ザク

 音が近付いてくるぅ……! なんだコレは一種のホラーか?!


「……リリア?」


 ヒィッ! 気付かれた?! うわっ歩いていた足音が駆け足になった! これは完全に気付かれている!


「リリア!」


 うわあ見つかったぁあ!


「リリア……!」


 なんか必死そうな顔をしてますけど! こっちも必死なんで!


「ち、近付かないでいただけますか?!」

「っ!」


 夫の足がピタリと止まる。それにホッと息を吐いたら──


「……やはり、私が嫌いか……?」



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