第28話 パーティー編成

 シェイファー館で宴が開かれていた頃、アルパイスとデイラは王城内でアルパイスとデイラは食事を共にしていた。

 小さなテーブルの角を挟んで、隣り合って座っている。

 料理はヨロイ狼の冷肉、豆のスープに、根菜のサラダ。

 デイラ好みのごちそうだった。

 侍臣や給仕はいない。側近のミリアだけが控えていた。


 アルパイスは淡々と食事をしていたが、デイラはシェイファー館での一件を気に病んで、食事がなかなか進まない。

 デイラは昨日から、自分の失態を母に謝罪しつづけていた。

 失態とはつまり、バルカにメトーリアを我が物にできるような口実を与えてしまったこと。バルカとの取次をメトーリアに全て任せてしまっていたこと……等々だ。


「起きたことを、いつまでも悔やんでいてもしかたない。もう忘れなさい」

「は、はい……」


 デイラは恐縮しながら、切り分けられた冷肉を食べ始めた。

 

「過去よりも、先のことに目を向けるのだ」


 そう言って、アルパイスは果実酒で満たされた杯を手に取り、ゆっくりと飲み干した。


「それでは……お母様。メトーリアと、アクアルの家臣や兵団を本当はどうされるおつもりなのですか?」


 戦功によって領国を勝ち取った初代公王のアルパイスにとって、頼みにできる家臣は少ない。一介の冒険者であった時からの仲間や部下は信頼できる重臣となっているが、それだけではとても足りない。

 そのような状況で、敵性種族と通じた罪を科せられ、レギウラ預かりになったアクアルの家臣団や戦力は小規模ながらも手放せぬものだということをデイラは知っている。

 それゆえに、昨日の会見で、バルカにアクアルの人員を貸し与える発言をしたことをデイラは心配しているのだった。


「あのバルカなるオークと敵対することだけは、絶対に避けねばならないからな」

「お、お母様でも勝てませんか?」

「勝てない」


 かぶりを振って、即答するアルパイスに、デイラは俯く。

 デイラにとって母の戦士としての強さは、憧れであり誇りでもあるのだ。それだけに、母の発言を、もどかしく、悔しく感じているのだった。

 それを見て、アルパイスは笑う。

「フフ、まともにぶつかってはつまらぬ相手というだけのことだ。幾つか手もうっている」

「お母様。それは、どのような……?」


 アルパイスは片手を上げてデイラを制する。


「当面、オークやアクアルのことは放っておきなさい。それよりも“狩り”を急がなければならない」


「は、はい。言われたとおりに、狩猟クエストを発注しておきました。国内の冒険者をほぼすべて動員して、狩り場に向かわせています」

「よろしい」

「あの、国軍の半分以上を待機させ、狩り場に差し向けていないのはなぜですか? フリーの冒険者を使えば費用がかさみます」

「オークの弊害でしばらく狩りができなかったため、何処も魔物の数は増加していようが、王都メルバを手薄にはしたくない。東と南の辺境に潜む敵性種族を警戒してのことだ。それに、お前がアクアルの狩り場で体験した現象も気になる」

「あっ……」


 デイラはアクアルの狩り場でヨロイ狼たちが自分の姿を見つけるやいなや、集中して襲ってきた件を、母に報告していたことを思い出した。


(でも、それが王都に兵を待機させておくことと何の関係があるのだろう?)


 魔物は棲息地域が決まっていて、数が増えてもそこから離れようとしない。

 だから、狩り場というエリアができるのだ。

 腑に落ちないデイラが、質問しようと口を開きかけた時――。

 控えの間から扉をノックする音が聞こえた。

 ミリアが扉を開け、侍臣からなにやら報告を受ける。


「何かあったのか?」

「申し上げます。ギルドハウスのマスターからの連絡です。メトーリア殿がバルカーマナフをリーダーとしたパーティーを編成する許可を求められているとのことです」

「許可する」

「メトーリア……ッ」


 デイラがいかにも苦々しげな表情になるのをみて、


「放っておきなさいと申しておるのに……」


 アルパイスはため息を吐くのだった。



    ×   ×   ×

 


 ギルド同盟は各地にギルドハウスという拠点を設けている。


 冒険者に仕事を斡旋する事務所や宿泊施設、酒宴用のホール、そしてクリスタルの間などがあるギルドハウスは世界各地にあり、当然レギウラの王都メルバにもある。


 レギウラのギルドハウスはリザード族の拠点にあったギルドクリスタルをそのまま利用する形で建てられていた。

 冒険者達はほとんど狩猟クエストに出かけているため、ハウス内は閑散としていた。

 明け方まで経営している酒場も設けられているが、引退した元冒険者の老人達がいるくらいだ。

 その者達は、酔いが一気に覚めて、信じられないモノを見る目で、ギルドハウスにやって来たオークを遠巻きに見つめている。

 窓口の受付嬢や、メトーリアに応対しているギルドマスターも同様だ。


 ギルドマスターは壮年の男で、アルパイスとは知己の間柄である元冒険者だ。

 様々なクエスト任務に付くメトーリアのこともよく知っている。

 その彼女がオークの男とともにギルドハウスにやって来たときも驚嘆したが、王城にいるアルパイスに問い合わせて、オークが冒険者としてパーティーを組むことを許可する返事が返ってきた時はさらに驚いた。


「なんでだ? なんで、アゼルや館にいる家臣達を連れてくる必要がある?」

「いや、今思ったんだが、かなり遠出をすることになる。だから、パーティーに組み込んでおいた方がいいと思ったんだ」


 そして、今メトーリアとオークの男は何やら言い合っている。

 その内容は長年クエストやパーティー編成に携わってきたマスターにとっても、意味不明なものだった。


    ×   ×   ×


 惑乱しているギルドマスターをよそに、メトーリアは噛んで含めるような言い方で、バルカにパーティー編成なるものを説明していた。

 ちなみにフィラルオーク達は、森を出てシェイファー館周辺のハーブ園で待機中だ。


「いいか? 冒険者はギルドクリスタルに肉体と霊体の情報を登録している。クリスタルを介して、冒険者がパーティーを組むことで、メンバー同士の霊体に繋がりが生まれ、様々な権能が発揮されるし、パーティ全体に強化を施す魔法なんかを発動させることができるんだ」

「そんなことは知ってるよ。パーティー編成法は、オークの群れの機能や、強い絆がある者同士で魔法が特殊な働き方をしたりするのを解析して、魔王討伐戦の時に創られた秘術だからな」

「だったら、人数制限のことも知ってるだろ!? 一つのパーティーに組める頭数はせいぜい六人くらいで、多くても八~十人が限界だろうが!」

「エッ?」


 バルカとメトーリアのやりとりを、ずっとニヤニヤしながら見物していたレバームスが口を挟む。


「バルカ、お前が過去に組んだパーティーの最大数ってどれくらいだったっけか?」

「……詳しく数えたことはないが、お前やベルフと別行動になって、軍勢を率いたときは、あ~、八千ぐらいだったか?」

「………………は?」


 メトーリアはバルカの言葉に愕然となって、一声漏らしたまま、しばらくの間、開いた口が塞がらなくなってしまうのだった。

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